第1666話・その島は久遠諸島・その十四
Side:久遠一馬
花火の翌日のお祭りも楽しかった。子供たちは島の開拓時代の紙芝居などに瞳を輝かせていたな。
夜には日ノ本の皆さんと島の人たちで別れの宴もした。
そして今日、出航だ。
「尾張でさえも道半ばじゃというわけが分かったわ」
港には見送りの人たちが大勢いた。そんな人たちを見て、晴具さんが少し名残惜しそうに声を掛けてくれた。
信長さんは初めて来た時より変わった島に発展というものを感じてくれたようだし、義信君とか他の人たちも少しは平和な日常というものを理解してくれたと思う。
ああ、子供たちやお市ちゃんは、一緒に祭りを楽しんだ島の子供たちとの別れを惜しんで手を振っているな。
島と尾張の移動日数も減ったことだし、帰島する間隔を短くしてもいいのかもしれない。今回来られなかった
帰るたびに愛着が増していく。いつかここに帰ってくるんだと強く思うようになった。
山科さんや上皇陛下には申し訳ないが、オレは朝廷のことより、この島と勢力圏、尾張など織田家の領地のほうがずっと大切なんだと噛みしめるように思ってしまう。
島で生まれ育った子供たち。彼らはなにも知らない。本当の領民なんだ。あの子たちと触れ合うことで、オレはもっと強く、ずる賢くなっても守らないといけないという使命感も生まれたのかもしれない。
「リーファ、出航だ」
本当に名残惜しいなぁ。島でエルたちみんなとのんびり暮らして子供を育てる。そんな未来もあったはずなんだ。
でも、後悔はしていない。そうしていたらお清ちゃんと千代女さんと出会えなかったし、結局は荒れ狂う世界で生きる場所を確保するために戦うことになったはずなんだ。
人はひとりでは生きていけない。たとえどんなに技術が発達しても。今ならそう思う。
だから、今一度、尾張に行こう。
他の誰でもない自分と大切な人のために。
Side:斯波義信
遠ざかる島を見つめる一馬に声を掛ける者はおらぬ。この時を邪魔したくないと尾張介が願った故にな。
一馬という男は幼き者、弱き者を大切にする。己の配下や民は尚更。民など信じず、税を取り従えることしか考えぬ、日ノ本の者と正反対の男と言うても過言ではあるまい。
ふと思う。斯波家は一馬に奉公されるほどの御恩を与えておるのかと。与えておらぬはずだ。一馬は己の配下や民、己や民の子や孫のために斯波家を立てておるのだ。
勘違いしておるのは朝廷か。口先だけでも従えてしまえばいいと官位を与え、朝廷の下に置こうと今もしておる。父上や弾正がいざとならば戦も辞さずと言うのは、ある意味当然のことなのかもしれぬ。
与えた御恩以上の奉公をされておるのだ。最早、朝廷とて譲れぬ一線まで来ておると見ればそうなろうな。
「ちーち、うみ!」
「おふねでどこいくの?」
「尾張に行くんだよ。みんなも帰りを待っているからね」
楽しげな大武丸と希美の姿に心が温かくなる。
一馬は娘を日ノ本に出す気はない。父上や弾正にそう言うておるとか。同時に大武丸らも島を継ぐ身なれば、日ノ本にて武士の身分を継がせる気はないとな。
父上や弾正は好きにすればよいと認めたそうだ。臣従という形を取ってはおるが、同盟相手。そこに異を唱えることは出来ぬのであろう。
日ノ本に常に敬意を払う一馬であるが、心底信じておるわけではない。この件でそれがはっきりした。父上はむしろ当然だと言うておられたがな。
一馬に見捨てられぬようにと考えるは朝廷も我らも同じなのやもしれぬな。一馬とて必死だが、皆も必死だ。
政とて戦と同じだ。今の尾張ではそう言われるようになった。かつては文官などと軽んじる者もおったが、文官の役目もまた命懸けだ。
わしももっと精進せねばならぬな。
Side:北畠晴具
船は伊豆諸島の神津島へ行くという。そこで北条の者らを下ろして、かの地を見聞することになっておる。
数年前まではなにもない孤島の流刑地だというのに、今では立派な湊と町があるというので皆も楽しみにしておるところよ。
「おお、これは島の魚じゃの。こうして食うと戻りたくなるの」
昼餉は島で用意してきたものか。伊勢では見かけぬ魚の煮つけがある。上魚だ下魚だというのはもう古いのかもしれぬの。いかなる魚とて美味く食う術があるのやもしれぬ。
「良き地でございましたなぁ。戻りて皆に理解してもらうのが難儀でございまするが」
蒲生殿がしみじみと飯を食いながら、島に思いを馳せておる。
「所領の件。もう少し急がせたほうがよいかもしれぬの」
「某も同じことを考えておりました」
互いに似た立場である北畠と六角じゃが、目下の懸案は家がまとまれぬことか。皆も分かっておるが、所領を召し上げるとなるといい顔をせぬ。
織田農園は上手くいっておるが、あれは家臣や国人衆の利にはならぬからな。
あとは蔵をさっさと増やすべく動くか。内匠頭は飢饉を随分と気にしておる。ちょうどよいので霧山から御所を移すべきか? まあ、戻りて倅と話してからじゃが。
「すべて捨てられたら、いかに楽か」
思わず出る本音に蒲生殿が驚いた顔をした。名も権威も地位も。使いどころがあるもの。領地も家臣もじゃがの。されど、面倒ばかり目立つと要らぬと言いそうになる。
「ふふふ、戯れ言じゃよ」
おっと、誤解を受けぬように言うておかねばならぬな。あまりおかしなことをすると矢面に立つのは都と近い六角故にな。配慮がいる。
「されど、またあの島に行きたいものじゃな」
「左様でございますなぁ」
鄙者と見下し、血で血を洗うような都はもう行かずともよいのかもしれぬ。北畠は久遠に倣い変わる。そのくらいは倅と話をして決めてもいいのかもしれぬな。
ひとつ言えるのは、あの島での僅かな日々で変わることが楽しみに思えるようになったことか。
知恵を絞り、国を豊かにして争いをなくす。戯れ言としか思えぬはずが、いかに変わるのかと待ち遠しくなった。
ああ、よいの。いかに変えていかになるのか。倅に土産話が山ほど出来たわ。自ら行けぬことで悔しがるであろう倅の顔を見るのも楽しみで仕方ないわ。
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