第1665話・その島は久遠諸島・その十三
Side:久遠一馬
派手な旗を掲げ、装飾を施した船が島の周りを周回する。海の神に感謝して島の繁栄を願うんだ。
午後になると個別の墓石などない島の共同墓地にお参りをして、未だに帰らぬ者たちに祈りを捧げる。
信長さんたちには、ゆっくりしていていいと言ったんだけどね。自発的に参加してくれた。
夕方になると花火を見るべく多くの人が港とその近郊に集まる。母島や硫黄島からも集まっているらしく、一万以上の人が見物人として賑わっていた。
「なんとも風情があってよいの」
穏やかな笑みを浮かべて上機嫌なのは晴具さんだ。
港に停泊している船には装飾とランプが幾つも飾られていて、港の石炭ガス灯と相まって幻想的な景色となっている。そんな景色を眺めつつ、料理やお酒に舌鼓を打っている。
料理やお酒は特別なものを用意していない。屋台のものや、島の者たちが作り振る舞っているものを、そのまま好きなように食べる形だ。
場所に関しても見やすい場所を用意したものの、特別警備をするわけでもないので陣幕のような仕切りもない。そんな場所にもかかわらず皆さん楽しんでくれているようだ。
「見たこともない魚のようじゃが、美味いの」
「それは尾張や伊勢ではあまり見かけませんね。島でもあまり頻繁には獲れない魚になりますね」
晴具さんが食べているのは、タマカイのお刺身だ。大型の魚で二メートルオーバーの大物だね。なんでもこの日のために漁をして獲れた魚らしく、美味しいところをお客さんたちに食べてほしいと持ってきてくれたんだ。
大きい魚をお造りのように盛り付けた様子は圧巻で、皆さんも驚いていた。
「内匠頭よ。ひとつ問うてよいか? 何故、この島には暦がふたつあるのじゃ?」
食事とお酒も進み、賑やかな笑い声があちこちから聞こえる。ふと、山科さんが声を掛けてきた。おそらく屋敷の図書室にある書物でもご覧になられたのだろう。オーバーテクノロジーなどのものはないが、表向きな知識だけでも相当なものがあるからね。
「暦とは天文で見るのはご存知でしょうが、主に月と日で見るものに分かれます。日ノ本は月を見て暦を作っており、当家は月と日の双方の暦を作る術を持っておりますので」
いろいろある書物から暦が気になったのか。太陽暦と太陰太陽暦。現在暦としてあるのは、このふたつになる。双方を併記した暦をウチの勢力圏では使っているんだ。
「ほう、左様な理由であったか。ふたつもあると戸惑うのではと思うてな」
「暦は学問でもあるので、双方用いていますね。こういうのは継承してより優れたものを目指すというのが当家の考え方なので」
暦を作れることに驚きはないようだ。薄々というか気付いていたんだろう。
山科さん、朝晩の予定がない時間には図書室の書物を読んでいるようだしね。いろいろと刺激を受けたんだろう。
そんな山科さんの疑問から、島の暮らしや統治に関わる話になる。疑問をいえばキリがないんだろう。根本の価値観も違うし、この時代では最適とは思えないこともある。オレたちの個人の価値観と先を見越した部分とかいろいろあるからね。
まあ、ひとりで抱え込まれるよりは、こうして話してくれたほうがいい。先のことなんて分からないけどね。ただ、深めた誼が消えることはないんだから。
Side:山科言継
王を名乗らぬ王。さて、いかがなものかと思うたが、日ノ本よりも上手くいっておるようじゃの。無論、敵となる者がおらぬことや、小領の島であることを踏まえても優れておるとしか言いようがない。
朝廷や吾ら公卿が政をしておった世は遥か昔、家伝などで知恵と技は出来うる限り伝えておるとはいえ、今更、世を治めるなど出来るとは思えぬ。
吾らの祖先は罪なことをしたものじゃと改めて思う。
「はなびだ!」
「おお……」
辺りが暗くなると、船に飾られた明かりと街灯とやらが一段と辺りを照らす中、花火が上がる。
皆で空を見上げて喜ぶ様は、日ノ本と変わらぬ。
海で生き、海で暮らす。祖先は日ノ本を追われた者なのか、自ら出ていった者なのか。定かではない。とはいえ、日ノ本の民が祖であることに変わりはないようじゃ。
それが救いと言えような。吾らとて同じことが出来ると思える。
「美味いの。この寿司というのもまことに良い」
甘い酢で飯を味付けして魚を合わせたもの。日ノ本のなれ寿司とはまったく違うものじゃが、これがまたいい。
近頃は米も食えるようになったと聞き及ぶが、昔は晴れの日くらいしか食えなんだと年寄りから聞いた。それ故、祭りや祝いの日は米などを多く使う料理を出すのだとか。
鰻もまた獲り尽くさぬように、祝いや晴れの日にのみ食すべく掟があるのだとか。久遠の苦労もまた吾らには見えなんだものよな。
近衛公は朝廷であっても変えねばならぬと考えておられるが、吾らは幾年も変わらぬまま守り伝えることを大事としておったのだ。いかにして変えればよいかと頭を悩ませておられる。
多くの者は変わることなど望んでおらぬからの。古き世の頃に戻りたい。今一度、朝廷が世を治める頃に戻れればとさえ思う者が多い。
今という世と、日ノ本の明日を見ておる者など幾人おろうか。
「あれは……」
あまりの見事な花火に手が止まった。
異なる色の花火が次から次へと上がったかと思えば、異なる色が混じった花火が上がったのじゃ。異なる色の花火は尾張で見たが、これは初めてのものぞ。
「どうやら上手くいったみたいだね」
「ええ、素晴らしい出来です」
内匠頭と大智の様子から分かった。あれもまた新しい技を試したのであろう。新しい技を試し、上手くいったものを日ノ本に持っていく。
……久遠の民からすると、何故、縁も所縁もない朝廷に知恵や技をくれてやるのだと思うておるのではあるまいか?
この地の者は朝廷の民ではないのじゃからの。
素晴らしき花火に思う。院が望む世は確かにあるのだと。されどな。公卿は、朝廷は容易く変われぬ。例え太平の世が目の前にあると知りても、朝廷と公卿が形式だけでも上に立つ世でなくば認めぬ者も多かろう。
分かっておっても変われぬのだ。左様なこと教えを受けておらぬからな。吾らは。
尾張者や武士が羨ましい。心底そう思う。都に倣うのを止めて久遠に倣うのだと言い切れる者たちが、羨ましゅうて仕方ないわ。
久遠は吾らとはまったく異なることをする。民を下賤と遠ざける朝廷と、民と共に生きる久遠。これだけでも天地がひっくり返るほどの驚きじゃからの。
目端の利く者は朝廷を見限り尾張に仕えることもありえよう。院はこの困難な状況をいかがされるのか。
吾もまた覚悟はある。されどな……。
覚悟だけでは変われぬ。難しきことよ。
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