第1664話・その島は久遠諸島・その十二

Side:久遠一馬


 六日目、今日は朝から賑やかだ。島のみんなの発案で、本来は秋に行われるはずのお祭りをやることになったんだ。


 オレたちや子どもたちに見せてやりたいからと、みんなで相談して支度をしていたらしい。


「よく考えたなぁ」


 無論、この島に古くからの祭りなんて存在しない。ただ、当然あるべきものであることから、妻のみんなで考えた祭りを毎年やっているそうだ。


「基本は自然崇拝ね。前に戻った時にも慰霊祭をしたけど。あれと同じで海に祈るだけよ。ただ、祭りということでいろいろと考えて工夫もしてあるわ」


 細かい情報を頭に入れるべく、アイムから改めて報告を受ける。土着の民族とすると自然崇拝が一番自然か。神道も八百万の神だし。


 お祭りの全容としては屋台や露店は当然あって、イベントというか装飾した船で島の周りを回遊するそうだ。


「あと紙芝居と人形劇もあるわよ。入植した頃の苦労を語るやつとかいろいろと」


 去年の祭りの様子を密かに撮影したものを見せてもらう。みんなで海に感謝して祈る。あとは収穫祭とかを混ぜた感じか。神秘性というよりはみんなで楽しむ形になっている。


 祭りは今日と明日の二日に渡って行われて、今夜は花火もある。


「よし、だいたい覚えたし、いいだろう」


 風に乗って笛や太鼓の音が聞こえる。屋敷の中も賑やかなようだね。


「そういえば、太田殿がいろいろ古いこと聞いて歩いているけど……」


「熱心だからなぁ。まあ、好きにさせていいよ」


 予習も終えたことだし、子どもたちのところにでも行こうとした時、アイムから太田さんについて報告があった。


 ウチの価値観を学んだからだろう。日頃の仕事の合間にも、個人的にあれこれと調べたり学んだりしているんだ。織田家のみならず、ウチの記録も残そうとしていると、だいぶ前に報告があったので知っている。


 きちんと学び考えて行動している以上、止めるべきではない。最終的に記録したものをどうするかはまた考えなくてはならないが、現時点では黙認というところだ。


 さて、オレも島での残り少ない時間を楽しもうかな。たまにはこういうのも悪くない。




Side:エル


「ちーち、はーは、おまつり!」


「はやく!」


 大武丸と希美に急かされるように屋敷を出ると、屋敷の周囲には多くの人がいました。私たちが戻り、大武丸たちが初めて来たことで歓迎しようと集まってくれたようです。


 私たちが創り出した故郷。ここにはすでに多くの人が住んでいて、彼らに対する責任がある。


 でも……、一方的に守り養うのではない。互いに助け支え合う。そんな形が自然と形成されました。これは当然なことなのでしょうか?


「いやはや、なんとも賑やかでよいな」


 若殿はこちらに来て以降、終始控え目でしたが、祭りの賑わいからか今日は笑みをこぼされていますね。


 若武衛様も同様ですが、この地で斯波と織田の名を上げようとせずに、ただ、私たちの帰省がよりよいものになるようにとされております。当然、その心遣いに島の者たちも気付き始めています。


「気を使わずともよいと言うたというのに……」


 町や港のあちこちに斯波家と織田家の旗指物が見られます。島を挙げて主家を歓迎する。その意気込みに若武衛様も嬉しそうです。


「酒は要らんかねぇ。尾張は守山の澄み酒だ。辛口の美味い酒だよ~」


 一際、人だかりが出来ている屋台がありました。なにを売っているのかと思ったらお酒だとは。少し驚きです。


「辛口の澄み酒、評判いいわよ。米のお酒はこの島だと造れないから特に」


 シェヘラザードの説明を皆様も聞き入っておられますね。尾張で買える品は尾張で買うことにしています。貿易の均衡までは無理でも、相互取り引きがやはり必要ですから。


 織田家としても領内と同じ扱いで品物を売ってくれているので、お酒などは手に入りやすい品のひとつでしょう。


「これは美味いの」


「左様でございますなぁ」


 特に警護も必要ない島ということで、客人の方々にもあまり制限を掛けずに祭りを楽しんでもらうことにしています。皆様も少しずつばらけてお好きなように祭りを見物しており、近くでは屋台のものを食べる北条家の駿河守殿と左衛門佐殿がおられました。


 馬鈴薯に酒盗、カツオの塩辛を乗せたものですね。尾張では高価な品となっている馬鈴薯も、ここでは日常で食べる作物ですから祭りらしい一品でしょうか。


「はーは! あれ!」


「かみしばい!」


「ええ、一緒に見ましょうね」


 多くの島民に声を掛けられる大武丸と希美は元気いっぱいです。途中紙芝居を見つけると走っていきます。


 そこでは島の子供たちが、紙芝居が始まるのを待っていて、大武丸と希美も一緒に見たいと輪の中に入っていきました。島の子供たちは少し驚いたようですが、大武丸と希美は孤児院の子供たちともよく遊ぶので慣れているんですよね。


 私と司令も大武丸と希美に誘われて、子供たちの輪の中で紙芝居を見物します。


 紙芝居の内容は、尾張でも人気のおとぎ話を基にしたものでしたが、なかなか面白いものですね。


 平和で穏やかな島。私ですらそう感じます。聞こえてくる人の賑わいと笛や太鼓などの音色。こんなところで司令やみんなと共にのんびりと暮らせたら。そう思わずにはいられません。




Side:織田信長


「ふむ、面白いな。品物の値がまるで違う」


 この島では米は尾張より高価だ。やはり島にない品が高いということなのであろう。ただ、塩などは尾張よりも上質なものが安価で手に入る。


「これは鰻か?」


「はい、そうでございますよ」


 近くにおった山科卿が足を止められたのは、一際香ばしい匂いのする屋台だった。開いた鰻を焼いておる屋台らしい。この島でも鰻が獲れるのか?


「おお、この味じゃ。院も大層これがお好きでな。特に大智殿の鰻を殊の外喜ばれる」


 山科卿の顔が綻んだ。久遠料理はこの地が礎となっておるのであろうな。


 島の者は鰻を肴に酒を飲んでおる者もおる。金色酒や澄み酒もあるが、果実酒というたか。島の果実を漬けた酒も多く振る舞われており、皆が飲んでおる。


 近くでは笛や太鼓で盛り上げる者がおるが、よく見ると形の違う笛や見たことのない楽器も使うておるようだ。時折、すずとチェリーが歌う歌などもあり、この地がかずらの故郷なのだと教えられる。


 オレは罪なことをしたのではないか? 今でもそう思う時がある。かずやエルたちを知れば知るほど、かの者らを尾張に繋ぎとめるのは果たして良いことなのか。その疑問が消えぬ。


「ちちうえ?」


「吉法師、少しあっちを見に行くか?」


「はい!」


 過ぎたことを悔いても仕方あるまいな。この島や久遠の民をもオレは背負っていかねばならぬ。この地を守り、より豊かに繁栄させることこそオレがせねばならぬことだ。


 離島には離島の苦労がある。尾張から売る品の値を少し考えたほうが良さそうだ。米や酒などは今よりも安くしてもよいな。


 考えてみるか。




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