第1657話・その島は久遠諸島・その六
Side:久遠一馬
港と港町の視察は有意義なものだった。港はどんな様子でなにが必要なのか。そういった具体的なことを話しながらの視察だった。
灯台は蟹江にあるもののまだ珍しく、石炭ガスの街灯なんかは皆さんも少し先の日ノ本を想像しながら見ていたと思う。
争わない国。それを想像出来ないという人は未だに多い。実際、織田家であっても発展途上であり、今オレたちが手を引くと迷走していくだろう。この時代では争わないということはそれだけ不可能に近いことなんだ。
午後は別行動となる。オレとエルは大武丸と希美のお披露目として港町を練り歩くことになったんだ。吉法師君たちとお市ちゃんも一緒だけど。見学する皆さんには引き続き港町と近くにある高炉などを視察してもらう予定だ。
「うわぁ……」
屋敷の門の前から人が沿道にびっしりといる。見られることには尾張で慣れたけど、ここでこんな様子になるとは驚かずにはいられない。
「さあ、大武丸殿、希美殿。民に顔を見せてあげるのですよ。ずっと待っていたのですから」
生まれの血筋というか環境ってあるんだなぁ。オレは少し戸惑ってしまうけど、お市ちゃんは満面の笑みで大武丸と希美に歩くように促した。あと、ふたりが連れている花と種の二匹も慣れているなぁ。
「一馬殿、皆が待っておりまするぞ」
「ああ、そうですね。行きましょうか」
オレたちと同行している政秀さんに促されてオレも歩き出す。
大武丸と希美だけじゃない。吉法師君とお市ちゃんが来たことも、島のみんなは喜んでくれているようだ。主家の若君と姫君が、子供たちと仲良く歩く姿に喜ぶ人も多いようだ。尾張でどんな暮らしをしているのだろうと心配してくれていたと報告も受けているからだろう。
他には慶次とソフィアさんも一緒にいて、ソフィアさんの里帰りを喜んでいる。
ふと思う。始まりはいつだろう。ギャラクシー・オブ・プラネットを始めた時か、この世界に来た時か、それとも信長さんに仕えた時だろうか。
創られた故郷のはずだった。オレとエルたちがこの世界で生きるための拠点として、無人だった島を開拓したところなんだ。
「民と共に生きる。難しきことなれど、その道が見えまするなぁ」
我がことのように嬉しそうな政秀さんの言葉が嬉しい。
ただ、人の上に立つという難しさは、オレもこの世界に来るまで経験がない。政秀さんは知らない。民意というものが決して善意だけではないことを。
オレとエルたちは、もっとも困難で難しい道を選んでしまったのかもしれない。
「ただいま!」
「ありがとう!」
ああ、お市ちゃんが大武丸と希美にアドバイスしているようで、ふたりが沿道に人たちに応えて手を振っている。ああいうこともこの時代では普通しないんだけどね。お市ちゃんはすっかりウチの価値観で育ったからなぁ。
「皆の衆、ただいまなのでござる!」
「私たちも元気なのですよ!」
すずとチェリーがいるからか、子供たちと沿道の島民がどんどん盛り上がっていく。ふたりはこういうお祭り騒ぎ好きだからなぁ。
喜んでくれる人たちの笑顔が嬉しい。守るものが増えるな。単純な武力ならばオレたちの敵なんていない。ただ、生きるということはそんな単純なことではない。
ひとつひとつ積み上げていこう。今までと同じように。隣にいるエルもきっとそう思っているはずだ。
Side:稲葉良通
内匠頭殿の子のお披露目。その賑わいがここまで聞こえてくる。我らは町外れに来ておる。
「あの高い塔は同じですな」
見上げると工業村のものを一回り小さくした高炉がある。あの高炉で造られた鉄が、今では日ノ本の各地に売られておる。久遠が尾張にもたらした技としてもっとも知られておるものだろう。
「現在、鉄は作っておりません。炉の火も昨年、落としました」
「何故、鉄を作らぬのだ? 高く売れよう」
アイム殿という案内役の奥方に真っ先に問うたのは安藤殿だ。一度は失うものがないところまで追い詰められたからか、開き直っておるが、それ故に貪欲に学んでおり家中でもすっかり評判が変わった男だ。
「はっきり申し上げると、この狭い島での製鉄は苦労が多くあります。他の入植地と尾張での製鉄が安定したことで、島での製鉄は止めました。この高炉も取り壊すことになるでしょう」
もったいない。多くの者がそう思うたはずだ。久遠の力の源泉のひとつと誰もが思うこともあろうがな。
「なにを作りなにを売るか。考えねばなりません。土地をいかに使うかはこの島ではもっとも考えるべきこと。ここ数年で増えたのは花火作りでしょうか」
わしが久遠家に倣い真似ておるのは、このやり方だ。出来うる限り相手が納得するまで話そうとする姿には感服する。
わしを含めて、目上の者に詳しく問うことをせぬ風潮がある。理解しておらぬと思われると愚か者と見られてしまうからの。臣下にしても察しろという態度であったこともあろう。内匠頭殿や奥方らは左様なことをせぬのだ。
身分というもの、主君と臣下。その形を変えつつあるのは久遠の生き様や教えがある。
「ここは花火工房のひとつになります」
硝子や鉄器の職人が働く場を幾つか見たあと、他のところと違い、周囲が畑に囲まれた建屋に案内されると皆の顔色が変わる。
打ち上げ花火だけは未だに尾張でさえ作っておらぬ。大殿が久遠でなくば作れぬ品も必要であろうと、作らせずともよいと命じたと聞いておる。
「あまり詳細はお見せ出来ませんが……」
「おお、これがあの花火か!?」
花火として見せていただいたのは、出来上がった花火という丸い玉だった。金色砲の玉より遥かに大きい。とはいえこれが夜空にあれほど見事な花を咲かせるのか。
これは詳細など見せられるものではないな。北畠も六角も北条も味方とはいえ、他家は他家。さらに山科卿に知られれば、いつの間にか都で花火を作っておるやもしれぬからな。
にしても面白きものよな。金色砲のように敵を叩く武器となったかと思えば、花火のように人々に夢をもたらすものにもなる。
戦で争うのではない。法と掟の中で競い、互いに高みを目指す。左様なところか。
戦を喜ぶのは僅かな武士のみ。久遠は本来武士にあらず。故に、多くの民が穏やかに暮らせる世を望むのであろうな。
戦で討ち死にした父上や兄上らは、浅井に敗れたことで弱いと汚名となった。新たな世ならば生きておれば戦に敗れようと汚名などにはならんのだ。
悪うない。少なくともわしはそう思う。
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