第1656話・その島は久遠諸島・その五

Side:久遠一馬


 午前中は屋敷内に引き続き、港と港町を案内する。


 よく見ると前回や前々回来た時より変わっているところもあるので、信長さんとか来たことがある人でも見る価値はあるだろう。港も拡張しているしね。


「鉄道馬車か。こうしてみると良いものじゃの」


 大型の馬が牽く鉄道馬車に乗ると、政秀さんが感慨深げにしている。豊かさにはいろいろと種類があるけど、こういう利便性向上もまた、尾張では考えられているからなぁ。


「蔵も多いの。やはり商いと備えを考えれば蔵が一番か?」


「はい。そうですね。ここは島なので、ある程度の品は常に確保しておかないと駄目でして」


 港で目立つのは、船と煉瓦製の倉庫と蔵だろう。元の世界でいう明治大正期のような異国情緒溢れる景色だ。この島は台風とかも多く来るので、水などに弱い土蔵よりも煉瓦が倉庫や蔵には最適なんだよね。


 幾つか中を見せつつ、使用目的や備蓄してあるものを見せると大御所様が少し考え込むようにされていた。


「備えか。あれもなかなか難儀をしておる。城の蔵に貯めるのならばいいが、新たに蔵を増やすとなるとな。いずこに増やすかなどいろいろと思案がいる」


 六角家の蒲生さんが、大御所様の言葉に続き近江での備蓄について悩みを口にした。


 ああ、話をそっちに誘導したのか。大御所様は。この前、食料が足りないって話をしていたからなぁ。


「どこかにまとめて蔵を建てるところから始めるべきでしょうか。なるべく水害に遭わないところで」


 北畠も六角も備蓄の必要性は理解してくれるけど、備蓄する蔵をどこに設けるかで悩んでいるんだ。水害が及ばないところがいいけど、かといって運搬に難がある山とかは困るし。諸勢力が入り乱れていて、家臣や寺社の領地も点在している。


 さらに蔵を守る堀や塀がいるので、ちょっとした城を造るのと同じくらい苦労をするんだよね。


「織田ではそれほど米や雑穀を貯めておられるのか?」


「ええ、貯めておりますよ。飢饉は食べ物さえあれば乗り切れるんです。徳があれば飢饉が来ないという方もおりますが、天の意思に人は逆らえません。もっとも有効な手は備えることですから。織田でも信濃や甲斐などで励んでおりますよ」


 やはり幻庵さんが会話に加わってくれた。みんなで考えるような雰囲気を作っていたこともあるけど、こちらの統治や政策を学んで活かそうとしているのは北条が先だからね。


「関東も水害や冷害で飢えることがようあるからの」


「米、雑穀。このあたりは多ければ多いほどいい。余ったら高く売れるところに売ればいいんですから。急に売りたい時は織田でも当家でも買いますよ。敵に奪われる地では難しいでしょうが、伊豆辺りに少しでも多く貯めておくことをされてはいかがでしょう。飢饉への備えもせずに飢饉から戦になるなど愚の骨頂です」


 ちょっと厳しめの言葉で助言すると氏尭さんが少し驚いた顔をした。ただ、織田家の皆さんは少し察したようで、オレが関東に懸念を持っていると理解したみたい。


「甲斐に関しては申し訳ない限りよ。わしで良ければなんなりと命じてくだされ」


「ああ、そうだな。わしも同じだ。信濃など奥方殿がおらねばまとまれぬ始末。申し訳ない」


 ああ、話の例題で出した甲斐と信濃、これに関して信虎さんと小笠原さんが申し訳なさげに謝罪してきた。責める気はないんだけどなぁ。信虎さんは話を進めるためにあえて口を出したっぽい。小笠原さんは釣られただけな気がするけど。


「いえ、武田家も小笠原家も本当によく務めていただけておりますよ。今年の作付けもこちらの想定より良くやっていただきましたし」


 嘘じゃない。両家とも頑張っている。甲斐も信濃のウルザとヒルザが助言してとりあえず作付けを増やすように指示を出したら、急なこととはいえ頑張ってくれたんだよね。


「尾張では土蔵や煉瓦の職人がいつまでたっても忙しいと言われるからな」


「ですねぇ。関東なんて、食料の備えがあれば、飢饉のときに北条家が大きく勢力を伸ばせるんじゃないかなぁ」


 みんなで備蓄や備えの話とか愚痴をする。信長さんも言っているけど、尾張で蔵を建てる職人で暇な人なんていないからね。


 政に対する価値観が、尾張を中心にした地域とその他じゃ違うんだ。話を聞いている山科さんが唖然としている。


 民を飢えさせないようにみんなで考えて実行する。その姿に驚くのは無理もない。




Side:北条氏尭


 これは、我らに対して策を助言してくれておるのではあるまいか。皆で悩みを打ち明けるように話しながらも、こちらの足りぬところを内匠頭殿が教えてくれておるのだ。


「されど、田畑はそう容易く増えませぬ。貯めておくことは当家でもしておりまするが……」


 叔父上に恥を搔かせるわけにはいかぬ。こちらが問うとするならば、わしがするべきだ。


「そのための織田農園です。伊豆で捨て置かれている田畑を復旧させることを始めております。まあ、あれは作物をいかほど買うかどうかを織田が決めてしまうので、そちらにそのまま入りませんが。貯めておかれると言うなら配慮致しますよ」


 ……織田農園。あれは左様なことにも通じるのか。


「隣国を豊かにしようとする。内匠頭殿の強みじゃの」


「今の織田家では隣国が荒れるより、豊かになったほうが得るものが多いんですよ」


「それを理解しておるのは北畠家と六角家、それと北条家くらいであろう。織田は領地などもう広げずとも十分じゃからの」


 穏やかな様子で語る斎藤山城守殿の言葉に、思わず声を上げそうになった。領地はもう十分だというのか? 関東を、東国をまとめるのではないのか?


 異を唱える者がおらぬ。尾張介殿も若武衛殿も、他の重臣らも。顔色が悪いのは山科卿か。あちらもそれは困るということであろう。


「北条家にはこちらが学んだことも多くございますので。伊勢宗瑞公の治世など活かしておりますよ。故に北条家ならばやれるはずです。北畠家と六角家、北条家が安泰となれば、織田は落ち着いて領内を整えて飢えぬ国に出来ます」


 本意か? いや、これはこの場におらぬ武衛様や弾正殿の意を汲んだものか? まったく見当違いのことを言うておるはずはない。この場には尾張介殿や弾正殿の弟である図書権頭ずしょごんのかみ殿がおるのだ。


 背筋が冷たくなる。我らは皆、織田が東国を統べるものだとばかり思うておった。ところが織田は領内を整え、豊かにする策を皆で話して講じておるのだ。


 そうか! この久遠家の本領に来たのも理由はそれか!! 優れた久遠の地で学び、領国をより豊かにするために皆で来たのか!?


 つまり織田は我らを従えることより領内を整えて荒れぬ国になることを望むと。


「買いかぶりすぎじゃの。織田に倣い、国を整えようとしておるが、上手くいかぬことも多い。駿河が織田の地となり、こちらの国が荒れて面倒を掛けぬようにと励んでおるがの」


 無言だった叔父上が口を開いたが。それは……。叔父上がそこまで言うのか?


「織田も同じでございます。久遠が別格というだけ。北条家とは今後も誼を深めて共に栄えるようにしたい。北条家をこの旅に招く時、我が御屋形様と父上もそれを望んでおられた。共に悩みしくじりつつ進むしかない」


「そうじゃの。豊かな隣国があり、暮らしの違いで荒れてしまうなど御免じゃ。我が北畠家も北条家と同じよ。織田に倣い国を整えておるところよ」


「六角家も同じですな」


 尾張介殿が此度の旅に招いた理由を明かすと、北畠家の大御所様と六角家の蒲生殿が続いた。つまり我らは同盟に準じた立場として国を整えることを望むということか。


 分からぬ。いずれ降る日が来るとは今でも思う。ただ、それが今でないのは確かなようだ。


「さて、あちらに参りましょうか。鯨が獲れたようなので見られますよ」


 話が一段落して次の場に皆を案内する内匠頭殿の姿を見つつ、叔父上と顔を見合わせて覚悟を決める。


 兄上の懸念は満更外れてもおらなんだと思う。織田には織田の従え方がある。わしにはそう見える。少なくとも荒れて戦をして従えるというのは望まぬらしい。


 なんとも難しきことを望まれたものよ。


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