第1654話・その島は久遠諸島・その三
Side:久遠一馬
たくさんの領民がオレたちを待っていてくれたみたいで驚いたなぁ。
「島民が自発的に行なったことよ」
父島に駐在しているひとりであるアイムから報告を聞く。彼女はテュルク系美人を参考にした技能型アンドロイドだ。黒に近いブラウンヘアの長い髪とブラウンの瞳をしていて、顔は彫りが深く細身のスタイルをしている。
港からほど近い屋敷までの沿道には多くの人が集まって、オレたちの帰りと一行が来たことを喜んでくれていた。さらに屋敷の周りに大武丸と希美を見ようと集まってきたことには、驚いたとしか言いようがない。
実のところ歓迎の宴とかは用意していたものの、あれはこちらで意図したものでなかったらしい。
「そうか。好感度というか忠誠心とかが、ちょっと高すぎる気もするけど」
「人の領民が増えた影響ね。島のまとめ役という形から為政者になる。時代を考慮すると自然な流れだと思うわ。それに私たちの規模だと上下関係は必然ね」
大武丸と希美を見て泣いて喜ぶ人には素直に驚いた。そんな人を見たことがない希美が心配して戸惑っていたほどだ。
領民の思想統制までしてないからなぁ。学校での教育などを通じて指導はしているけど、時代相応に馴染んだ結果とみるべきか。
まあ、なんでもかんでも平等というのもおかしな話だしね。オレたちとしても統治権を手放すのは無理だし。
「明日にでも大武丸と希美のお披露目をするか」
「ええ、手配しておくわね」
人を治めるというのは難しいなと改めて思う。創られた故郷、創られた島であるからこそ尚更ね。
ただ、どういう経緯であれ、オレたちとこの地に住む人にとっては故郷であることに変わりない。
明日以降の予定を確認しつつ、同行した皆さんをどうやってもてなすか考えないとね。
Side:沢彦宗恩
若殿が内匠頭殿を召し抱えたと、嬉しそうに言うておられた時を思い出す。今よりも若さにあふれ、それは時としてやり場のない不満となったこともある頃じゃ。
直に会うて話をすると穏やかでありながら多くの学問に通じ、一介の商人とは思えぬ御仁故に、密かに案じたこともある。
それがまさか日ノ本を離れ、内匠頭殿の本領に赴くことになろうとはの。古より大陸に赴いた僧らもまた、日ノ本と違う地を見て、驚き戸惑うたのであろうか。
「日が暮れるの」
硝子窓という明かり取りのところから外を眺める。西の空に日が沈んでおるのだ。屋敷内は尾張で南蛮行燈と呼ばれるものであろう、それに火が灯ると夜も間近というのに明るい。
屋敷の中は硝子窓や南蛮行燈など用いたものが多いものの、それ以外は贅を尽くしたものは見当たらぬ。とはいえ、ひとつひとつの品々はしっかりとした造りで、見た目の派手さや贅を望まぬ内匠頭殿らしいと言えような。
「和尚様、そろそろ夕餉の支度が調います。広間にお越しくださいませ」
ここ数年、内匠頭殿や奥方殿らと共に歩んだ日々を思い出しておると、日が暮れておった。広間に入ると、待ちきれぬと言わんばかりの者も見受けられる。
程なくして料理が運ばれてくる。清洲城では見慣れたものとなりつつあるとはいえ、白磁の皿が並ぶと皆の顔が引き締まる。
椅子と食卓での夕餉らしい。若武衛様と若殿が久遠の流儀でと望んだからであろう。
「本日は鯨料理となっております」
揚げ物、焼き物、刺身、汁物など鯨料理を揃えたようじゃ。日ノ本ではもっとも上魚とされることもあり、この地では肉より魚や鯨を良う食べると聞いた通りか。確かにもてなす料理としてはこれ以上あるまいな。
おお、竜田揚げがあるの。これは拙僧も学校で天竺殿が振る舞った際に食したことがある。
「おお、なんと美味いものよ!」
思わず声を上げたのは北畠の大御所様か。竜田揚げを一口召し上がると顔色を一変させて喜ばれた。
山科卿が急遽同行されることとなって、あまりご機嫌が良うなかったのだが。
拙僧もつい食いたくなり一口頂くが、確かに美味い。鯨に味が染みこんでおり、肉のような味わいながら臭みなどないのだ。
「ほう、鯨のかつという料理か」
そのまた向こうでは山科卿が酒と料理を楽しんでおられる。酒の好きなお方と聞き及ぶが、近頃は酒を控えることが増え嗜む程度しか飲んでおらんとか。今日もあまり飲んでおらぬ様子。いろいろと噂を聞くが気を使われておるのであろうな。
方々で酒と料理を楽しむ者を眺めるのもまたいい。争い恨むこともあれども、こうして同じ席で宴に加わるとまた違う。
酒は尾張澄み酒もある。久遠家のもてなしに尾張の酒がある。これがひとつの織田と久遠の現状を表していよう。
若殿もまた左様な席に満足げじゃ。長きに渡り教え導いたお方が立派になった姿に、ついつい目頭が熱くなる。
Side:北条幻庵
久遠の地なれば久遠の流儀で。当然のことと思えるが、主家が臣下の流儀に合わせる。なかなか難しきことでもある。誰もがそれに異を唱えることがない様子から、尾張はまた一段とひとつにまとまったように思える。
驚くべきは小笠原殿と武田無人斎殿と太原和尚か。新参者であり因縁もある者らが揃って同行しており大人しゅう従っておる。面従腹背の者らが多い北条と比べると羨ましき限りよ。
小笠原、今川、武田。この辺りがいずこまで確と臣従をしたのか。それは北条のみならず関東でも注視しておろう。織田と久遠を知る身とすると、安易な謀叛や離反はあり得ぬと考えるべきであろうな。
「相も変わらず美味い料理だ。これだけは関東では食えぬ」
十郎氏尭が珍しき料理の数々に役目を忘れたかのように喜んでおる。幾度か使者として尾張に参ったことがあるだけに、織田と北条の差を理解しておる男でもある。
誼を深めることこそ、この場の役目。疑うわけではないが、まさかまことに忘れておるわけではあるまいな?
とはいえ、こうして皆が楽しげな宴に出ておると、わしですら忘れて楽しんでしまいとうなる。それもまたよいかとすら思えるの。
我らはてっきり関東の処遇など今後を話すのかと思うたが、考え過ぎであったのやもしれぬ。事前に聞いておらぬ山科卿が急遽同行することになったとか。北畠の大御所様などはこちらよりも山科卿を気にしておられる。
朝廷と上手くいっておらぬのか? いや、院が今も尾張にご滞在されておるはず。上手くいっておらぬのは公卿とか?
公方様、朝廷、公卿。いずれも一筋縄ではいかぬ方々。斯波と織田は北畠と六角と同盟を結びつつ、畿内と向き合っておると見るべきか。
奥州と関東を統べることも遠からずある。とはいえ今この場で北条に臣従を前提としてなにかを求めることはなさそうじゃの。織田の動きを察するに畿内よりは先にこちらをまとめるのは確かじゃと思うが。
にしても伊豆諸島か。神津島など、かつての面影すら見られぬと言うてもよいほど変わっておった。むしろ伊豆下田のほうが劣っておるとすら思える。その様子にくれてやったことを惜しむ者もおると聞き及ぶが、久遠でなくばただの流刑地にしかならぬ島。
臣従の前に織田と久遠の力を皆に示し、所領をなくすのだと理解させるにはちょうどよい島じゃの。あそこは。
わしも少し楽しむとするか。それもまたひとつの役目よ。
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