第1646話・出立を控えて

Side:久遠一馬


 今回同行する妻たちは、エル、すず、チェリー、マドカの四人になる。仕事もあるし子供もいるので、一緒に帰るのは万が一の際に対応出来るようにするためのメンバーだ。


 子供たちに関しては、大武丸と希美は数え年で五歳になったので、そろそろ船も大丈夫だろうということで本領へのお披露目も兼ねて連れていくことにした。まあ、生まれたのが十一月なので正しくはまだ満三歳なんだけどね。


 ジュリアとかシンディとかは何年も帰ってないんだけどね。その気になればいつでも帰れるからと今回も残るそうだ。


 今後は子供たちを数え年で五歳くらいになったら、一度本領に行かせることにしてもいいだろうね。移動日数が大幅に短縮出来たし、オレやエルたちも今後は帰る機会が増えるかもしれない。


 家臣は主に資清さん、太田さん、湊屋さん、曲直瀬さんが同行する。あと慶次とソフィアさんも連れていく。ソフィアさんは遠慮していたんだけどね。日ノ本の武士だと里帰りという習慣がないから。


 これはオレの命令で連れていくんだ。そもそもウチの関係者には、男女問わず里帰りとか勧めていたし。余所様にどうこう言う気はないけど、ウチでは妻の実家に顔を出して交流するスタイルにしたい。


 あとは信長さん、吉法師君、お市ちゃん、織田信康さん、斯波義信君、平手政秀さん、沢彦宗恩さん、斎藤利政さん、北畠晴具さん、蒲生定秀さん、朝倉宗滴さん、山科言継さん、小笠原長時さん、武田信虎さん、太原雪斎さん、姉小路高綱さん、京極高吉さん、稲葉良通さん、安藤守就さん、不破光治さんなどなど……。


 若い子たちも多い。オレの猶子とした元孤児の子たちとか、織田家の若い有望株の子たち。前田利家君とか、丹羽長秀君とかいろいろとね。


 宗滴さんと山科さんはオレが招いたことにしているけど、残りは家中で相談して打診した人が推挙した人選になる。水軍衆の推挙で志摩水軍の人とかもメンバーに入っているね。


 あと北条にも声を掛けたんだよね。あっちは神津島で合流予定だ。


「天気もいいし、お宮参りにはちょうどいいね」


 今日はそんな帰省前に、武護丸たけごまる武昌丸たけまさまるのお宮参りに来ている。ふたりとも正確に一ヶ月ではないけど、お清ちゃんとかおりさんと相談して一緒でもいいからオレがいる時にしたいということで日にちを選んだ。


「今日までなんの憂いもない。私はそれだけで十分でございます」


「あらあら、武昌丸どうしたの?」


 お清ちゃんとかおりさんは出産以降、屋敷から出たのは今日が初めてだ。産後の体調もいいようで、共に今日の日を喜んでいる。


 ただ、赤ちゃんに慣れているのはやはりお清ちゃんだね。仕事でも赤ちゃんと触れ合うしウチの子たちの面倒もよく見てくれていたから。かおりさんは武昌丸の些細な動きが気になるというか、そういう仕草の意味を考えつつ楽しんでもいるようだけど。


 もちろん他の子供たちもお市ちゃんも一緒だ。こういうことはみんなでお祝いしようというのがウチの流儀となりつつある。


 子供たちとも少し離れることになるから、今日はたっぷり甘えさせてあげよう。




Side:北条氏康


 伊豆諸島を譲ったことが、かように大きくなるのかと驚く。まさか久遠の本領に招かれるとは。


 ただ、此度驚くべきなのは、北畠の大御所や六角の宿老が自ら行くということか。同盟とはいえ、久遠の本領まで招くとは。斯波と織田は、すでに次の世の政を見据えておるのではあるまいか?


 本来ならば、公方様の下で天下に号令を掛けることすら叶う力がある。それをしておらぬのは、偏に今のままでは天下は、いや日ノ本は治まらぬと考えているだけのこと。


 すでに領地を廃し、織田で与えし職も代々だからと引き継ぐことは認めぬという。なんともおかしなものだと思うたが、よくよく知ると羨ましくなるほどだ。


 無論、この数年、我らとて無策に時を過ごしたわけではない。一族と家中の主立った者に織田の治世を理解させ、出来ることから変えることをしておる。


 とはいえ、真似る以上に向こうが変わるのが早いのだ。


「関東を制することに意味がなくなるとは。さすがの父上も思うてもおらなんだはずじゃ」


 旅支度をした駿河守の叔父上の言葉に皆がなんとも言えぬ顔をした。


 駿河・遠江・信濃・飛騨。ここ数年で織田に降った地を見ておると、最早、国人衆や土豪どころか、寺社ですら従わぬのならば今のままでよいと突き放される。所領安堵と言葉こそ寛容に思えるが、なんということはない。従わぬ者には利も配慮もないのだ。軍役を求めぬ代わりに守ってやることもない。


 土地を治め、民を従えて兵とせぬ以上、国人も土豪も要らぬ。織田家中では不要な血縁や家臣を、本来の領地分の俸禄を分け与えることで独立させてしまうという。勝手ばかりして不満を言う家臣や遠縁の一族など不要ということだ。


 織田のやり方に従い働く者は厚遇されて立身出世していくが、一方で働かぬ者は織田が与えた役目の評価次第で家禄が減らされるそうだ。なんとも厳しきものだと思うが、真面目に働けば評価は下がらぬとも聞く。要は働かぬ者に対して、家禄も安泰ではないと示しておるとのこと。


 当主を頂としてすべての力をひとつにまとめる。今まで誰もが願っても出来なんだことを成しておるのだ。


 我が北条も宗瑞公の目指した関東を束ねるという夢はすでに潰えた。いや、これからの世にそぐわなくなったというべきか。関東を束ねれば厄介な坂東武者の面倒を見ねばならなくなり、謀叛でも起こされると責めを負わされかねぬ。


 織田の治世を考えると、なまじ半端者を多く従えて大きな力を持ちすぎるのは危ういのだ。


「わしが行くべきじゃと思うたのだがな」


「殿、ここは某にお任せくだされ」


 久遠の招きにわしは自らいくつもりであった。最早、西だ東だと言うておる時ではない。東国がひとつとなる時かもしれぬのだ。


 決め手は奥州にもある。


 東から立ち寄った久遠の船により、すでに奥州において広大な地を治める南部と羽州の安東を降して確固たるものとしたことが知れておるのだ。このまま一気に奥州を制してしまえば、東西から挟まれ、まとまりのない関東では敵うはずもない。


 わしは斯波と織田が、東国を束ねるために北条を招いたのではないのかと思うておる。北畠の大御所殿が自ら参るなど、そうでなければあり得ぬはずだ。


 ただ、わしの覚悟を駿河守の叔父上が止めた。東国を制するために臣従を求めるのならば相応の話があるはずだと。それを受けて考える時があろうとな。


 織田は我らとは違う。動くのも変わるのも早い。まごまごとしておって良いことなどないと思うのだがな。致し方ないか。


「任せよう」


 実のところ、関東の地も僅かだが変わりつつある。漏れ伝わる織田の強さと豊かさに恐れを抱き羨むのだ。目端が利く者は西がまとまったこの先、いかに関わるべきかと考えておる者もおるであろう。


 織田を狙った里見など、未だに久遠物を筆頭にした尾張のあらゆる品を誰も売らぬことで、絹織物すら手に入れるのに苦労をしておる。


 明日は我が身だ。わしが織田の後詰めを得て攻めるのではと恐れておる者もおるな。遠からず降らねばならぬ身としては、最早、いつ裏切るか分からぬ同盟や家臣など要らぬというのに。


 さらに越後におる関東管領は未だに諦めておらぬようで、長野のように面従腹背で通じておる者も多いがな。


 まあ、関東がいかになろうとも、わしには関わりのないことだ。北条の家を、宗瑞公の残された北条家をなんとしても織田の下で残さねばならぬ。


 北条家存続の機なのだ。わしは叔父上と弟の十郎氏尭に託すことにした。


 頼んだぞ。



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