第1640話・熱田祭り

Side:とある警備兵


 東の空が少し明るみ始めた。もうすぐ夜明けだ。


「おい、気を抜くなよ」


 思わずあくびをしてしまうと、共に寝ずの番をしている奴に叱られた。なにかあれば一大事だ。それは分かっているんだがな。


 オレたちがいるのは明日花火の打ち上げをする場で、花火の道具なんかがすでにあることから警備兵でも特に古参のやつらがいる。久遠様の秘伝の技を欲しがる奴は幾らでもいるからな。


「ああ、すまねえ」


「もう少しだ。しかし雨、降らねえで良かったなぁ」


 背を伸ばして眠気を覚ますと、皆で東の空を見る。お天道様が姿を見せ始めたんだ。青い空とお天道様に皆で祈りを捧げる。


 昨日の夕暮れ時は少し曇っていたからなぁ。皆で案じていたんだ。今日だけは雨が降らねえでくれって皆で祈るんだ。


 オレら古参は知っている。花火は久遠様が皆に見せてやりてえって、上げておられるんだってな。あのお方なんだ。尾張で皆が飯を食えるように、病になったら医師に診てもらえるようにって政を始められたのは。


 申し訳ねえが、他のお偉いお武家様や坊様たちとは違う。だからオレらはあのお方のために祈る。


「交代だ」


 そうしていると交代が来た。慣れているとはいえ寝ずの番は大変だ。引継ぎの確認をしたらオレたちは休める。


「気の早え奴らだなぁ」


「少しでも良い所で花火が見たいんだろ」


 奉行所に戻るために歩いていると、早くも花火見物の場所取りをしている奴らに出くわす。道や公儀の土地だと勝手は許されないことだが、花火見物を許している場所なんかだともう人でいっぱいだ。


 ただ、こういう姿を見ると、久遠様が喜ばれているだろうなって思う。


「ああ、ご苦労であったな」


 奉行所で飯を食って一眠りだ。オレの家は熱田じゃねえ。家も役目も那古野だからな。奉行所の中で夜まで寝てまた仕事だ。


 ゆっくりと花火を見られねえのは残念だが、それでもオレたちにしか出来ねえ役目がある。


 皆で豊かになって皆で食い、皆で楽しむ。そんな国なんだ。尾張は。


 さあて、よく寝て、またしっかり働かねえとな。




Side:久遠一馬


 熱田祭りだ。オレたちは昨日から熱田の屋敷に入っているので、ゆっくりとした朝を迎えている。


 家臣、忍び衆、孤児院などの子供たちやお年寄りも前乗りしているので、屋敷は賑やかだ。オレたちもほぼ雑魚寝に近い形で休んだし、他のみんなも同じだ。今も修学旅行みたいに楽しげな声が聞こえる。


「朝ご飯ですよ」


「たくさんあるわよ!」


 熱田在住のリースルとヘルミーナたちと女衆が、みんなにご飯を配っている。おにぎりと味噌汁と漬物と、ちょっとしたおかずだ。


 オレもふたつほど食べるけど、具材は削り節を味付けしたおかかと、海苔の大野煮だ。もちろん知多半島産の板海苔を巻いてある。


 美味しい。塩加減と具材がちょうどいいなぁ。


 オレが起きた時にはすでに働いている人たちがいる。それに改めて感謝する。


「リリー、アーシャ。子供たちのことは頼むよ」


「ええ、任せておいて」


「みんな慣れているから大丈夫よ」


 熱田祭りと花火の見物をする子供たちやお年寄りのことはふたりに任せる。他にも短期滞在中の妻たちとかお年寄りとかもいるし、心配はないだろうけど。それでも多くの人が集まるので相応に混雑するし、警戒も必要だ。


 まあ、オレが改めて言わなくてもみんな分かっているんだけどね。花火も何度もしているし、相応に経験を積んでいる。


「凄い賑わいだなぁ」


 朝食を終えて屋敷を出ると、すでに大きな通りには人でごった返していた。


 熱田祭りは熱田神社のお祭りなので織田家が主催運営するわけではないけれど、すでに領地も手放していて町の運営も織田家に移行しているので、諸々の仕事はある。担当の皆さんが頑張って働いているだろう。


 特に警備兵は大幅増員しており、町と近隣に複数の臨時の陣を設けて対応に当たっている。


 二年続けての花火ということや、昨年は間に合わなかった上皇陛下のご臨席を賜るということで熱田神社でも気合いが入っているんだ。


「ああ、千秋殿。いかがでございますか?」


 まずは熱田神社に足を運んだ。早朝ということもあり、祭りの支度をしたりして忙しく働く皆さんに挨拶しつつ、大宮司である千秋さんたちと話をする。


 織田家として祭りの運営体制も整えている。とはいえ、こういうのは元の世界でも不測の事態や予期せぬことが原因で事故が起きることはある。


 織田家の祭り対策本部も熱田神社にあることから、そこに顔を出して情報を交換しておく必要があるんだ。


「大きな懸念はありませぬな。あちらこちらで昨日から場所取りをしており、煮炊きに火を使うなどして警備兵と火消し隊が動いておりまするが」


 聞いた話はきちんとメモを取ることにしている。オレ自身、エルたちと違って有能でもないしね。二重三重に間違いのないようにする。無論、今日もエルたちが同行してくれているんだけどさ。頼り過ぎないことは大切だ。


 領外の人が騒動を起こすという毎度お馴染みのこともあるようだけど、警備兵ばかりか地元の町衆も協力して通報や対処をしていて死人は出ていない。


 間者対策もきちんとしている。熱田神社やウチの屋敷などの重要な場所は警備を増員しているし、商家なんかにも賊に気を付けるようにと注意喚起もしているしね。


 まあ、密かにオーバーテクノロジーも使っているので、万が一という可能性はだいぶ低いんだけどね。こういうのは積み重ねだから。


「では、私は町を見回ってきます。あとはお願いします」


 上皇陛下がいらして熱田祭りの見物もされるけど、オレは夕方までは仕事をする。各所に顔を出して町の様子も直に確かめたいんだ。


「おいおい、またかよ。こんな所で寝るなよ。まったく尾張じゃなきゃ身ぐるみ剝がされているぞ」


 ああ、さっそく警備兵を発見したけど。酔いつぶれた男を保護しているところだった。


「ご苦労様。酔いつぶれる人って多いの?」


「これは久遠様! 確かに今年は少し多いかもしれません」


 花火の前祝いだと称して飲むんだそうだ。家まで帰れずに路上で寝るとか、飲み過ぎだろう。一年に一度の贅沢のつもりかもしれないけどさ。


 最初の頃は喧嘩で刃傷沙汰が多かったことを思えば、少し良くなってきたとも思えるけどね。とはいえ、こういう人は身ぐるみ剥がされるばかりか殺されたっておかしくない時代なんだ。


「ありがとう。どこか危なくない所まで運んであげて」


「はっ、畏まりました!」


 うーん。これは、お酒を売る店や屋台なんかには注意喚起をしてもらった方がいいなぁ。治安が劇的に良くなったことによる新たな問題となる前に。


 祭りは楽しく、悪い思い出にならないようにしよう。


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