第1614話・山を越えた先は……
Side:優子
三戸の無血開城。この時代だと英断と言えるでしょうね。もっとも私はそれを喜ぶ暇もない。八戸の暫定統治が急務になる。
海路を使うためにも、十三湊、野辺地、八戸、能代、土崎は最優先で整備が必要になる。ただ、これもすんなりといかない。八戸家は逃げたけど、地元の寺社や商人などは残っている。
特に武士とは異なる権威を持つ寺社は、自分たちの既得権とテリトリーを認めて当然だと思っているわ。
あとは近隣には所領安堵を望む国人や土豪なんかもいる。一々相手をするのも大変だけど、こちらの方針と統治法をきちんと説明する必要がある。
「はぁ……」
「お方様、気分が優れぬならば少し休まれたほうが……」
「ありがと。気分というか、私そこまで政なんかしたことないのよ。季代子とかエルと違って。気苦労が絶えないなって」
思わずため息をつくと侍女に心配されてしまった。
アンドロイドも能力ではなく、性格で合わない仕事があるのよねぇ。まだ工場で油にまみれているほうが楽なのよね。
「お方様。近隣の村の様子を確かめて参りましたが、先の戦のこともあり大人しゅうございます。ただ、あまり豊かとは言えませぬ」
「とりあえず田仕事をするようにさせて。奪いに行くとかしないから。あとこちらの塩を津軽と同じ値にするわ。船に積んできたし。それで従えて。年貢の交渉は後回しね」
蝦夷倭人衆が古参になるのよね。ここだと。結構頑張ってくれていて助かる。近隣はこちらが略奪に行くと警戒しているかもしれないから、余計な心配よりも農作業をしてもらわないと。
そういえばこの辺りは馬の産地なのよね。南部馬。そっちの状況確認もいるか。
「よし、お昼は麦とろご飯にしましょ」
疲れたしお昼は元気の出るものにしよう。そういえば、この辺りだと里芋が育たないのよね。その代わりというわけではないけど、山芋はある。十三湊と大浦などでは今年から試験栽培をしている。
山が多いし探せば手に入るんだけど、食料生産は分散していかないと危ないし。
この時代だと麦も安いから美味しくて経済的なご飯だ。
あとこの辺り、史実だとイカが有名なのよねぇ。漁業のテコ入れも検討しようか。イカは保存も出来るし、販売する商品にもなる。
やることばかりねぇ。
Side:森可成
夏どころか梅雨すらまだというのに三戸が降伏するとは。相も変わらず久遠の動きは早い。
我らは三戸城に入り軍議を開く。お方様と南部殿との目通りはまだしておらぬ。その前に決めねばならぬことがある故にな。
「ひとまずだ。残りの南部領の処遇を決めねばならぬ。こちらから無理に降れと言う気はない。詫びを入れて賠償するなら降らずともよい」
基となるやり方は尾張もここも同じ。南部殿が降ったことで奥羽での戦はほぼ終わりだ。出羽の浅利と戸沢が残るが、急ぐ必要もない。
「三左衛門殿。降らずともよいと言うが、降らぬ者にはあらゆる品物の値は高いのであろう?」
「当然だ。あれは久遠が運び織田が値を決めておる。従わぬ者に利を与える必要がいずこにある。これは寺社も例外ではない」
「なれば降してやらねば荒れるだけぞ」
浪岡殿が思案する様子で異を唱えた。権威があるということもあるが、いささか開き直っておる御仁だ。まあ、勝敗が決まった以上は、降してやらねば立場がないというのはもっともなことなのだがな。
「私たちから声を掛けることはないわ。浪岡殿と南部殿と大浦殿に任せます」
所領安堵がないからな。異を唱える者もおるやもしれぬ。とはいえ、南部の始末は南部にやらせるべきだ。甲斐や駿河・遠江も左様にしておるのだ。
「お方様、三戸城はいかがしましょう」
「南部領の始末が終えるまで今のままでいいわ。私たちは八戸に行く。残る南部勢の処遇が決まるまで兵は残さないと駄目だし、待っている間に八戸湊の整備をするわ」
敵将の城をそのまま敵将に任せるか。常ならばありえぬな。
無論、今は三戸城に入城しており、すでに城を召し上げておる。ただ、城代も置かずに八戸に移るとは。裏切れるなら裏切ってみろということか。
まあ、神戸殿らを残せばおかしなことにはなるまい。
Side:南部晴政
まことに将が女とはな。されど武士も相応におる。神戸殿や楠木殿らとて冷遇されて遠方に出されたわけではなさそうだ。
「今後のことだけど。残りの南部方の者たちをどうするか決めなきゃならないわ。浪岡殿、大浦殿らと話して決めてちょうだい。私たちは八戸に移るわ。兵を遊ばせておくわけにもいかないのよ」
一通り挨拶を済ませると、すぐに話が進んだ。責めることもないか。すぐに尾張送りかと思うたが、一族の処遇をする時をくれるか。甘いのか、寛容なのか。
「はっ、畏まりましてございます。ひとつよろしゅうございましょうか?」
「ええ、構わないわ」
「浅利と戸沢は敗れたと聞き及んでおりますが、いかがなっておりましょう」
「追い返しただけよ。こちらの戦は槍が届かないところから始まる。驚いたみたいね。あとはそのままね。攻め入ってもいないわ」
ああ、取るに足らぬ相手ということか。所領を召し上げる以上、国人はいかようでもいいのかもしれぬな。
「重ね重ねの温情、かたじけのうございます」
浅利と戸沢はいかようでもよいが、わしが巻き込んだ責めがある。少し繋いでやらねばなるまい。さらに久慈や九戸も説得せねばならぬ。幾人かの者はこのままでは降れぬと兵を挙げるであろう。勝てぬのを承知でな。
「南部殿の助命と家の存続は、貴方の評価だと思っていいわ。避けられない戦はしたものの、無駄に意地を張らずに、争いも出来る限り大きくならないようにした。いかなる理由があるのか知らないけど、多分私たちが貴方の立場でも同じことをした。ただね。意地を張られるとこちらも相応に動かなきゃいけなくなる。たとえ相手が土豪や寺社でも。分かるわよね?」
「はっ、けじめは
鉄砲や金色砲ですべて叩き潰すつもりはない。そのことに安堵した。わしが降ったように皆を降らせろということか。
臆病者と謗り、要らぬと首を刎ねてもおかしゅうないというのに。
「大浦殿や浪岡殿に感謝するといいわ。彼らもまた貴方の助命を考えてずっと動いていた。あと安東家とのことも、なるべく恨みつらみは表に出さないように。大本になった蝦夷での争い。あれも仕方なかったのよ。暮らしが違うの。詳しくは神戸殿たちに聞くといいわ」
仕方なかった。その一言であろうな。力あり富める者が領内を食えるようにした。ならば近隣の者は奪うだけ。さすれば、当然戦となる。よくあることなのだ。
ひとつ違うことは、織田と久遠が強すぎることか。
まあ、恨んだところで仕方あるまい。騒ぎを起こさねばよいということだ。そのくらいの分別はある。皆にも厳命せねばならぬな。
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