第1613話・使者

Side:神戸利盛


 三戸城は物々しいな。戦を前にした城の様子そのものだ。


 南部家。所領の広さだけでいえば奥州で一番だという。とはいえ、豊かな地と言えぬのは来てみると分かる。軽んじる気はないが、伊勢や尾張とはまったく違う。


 田畑のない地も多く、かような地で織田と争うのはあまりに無謀というものだ。


「降伏をしていただけませぬか?」


 ひとつ間違うと我らの首が飛ぶ。まあ、左様な相手でないからこそ、我らが来たのだが。


 南部家の家臣らの顔つきは一戦交えると言いたげだな。されど、当主右馬助晴政殿はこちらをじっと見ておられる。戦ではいいところがないが、そもそも久遠家相手にいい戦をした者などわしも知らぬ。


「伊勢から遥々、東の果てに来られたとは難儀なことよな」


 返答ではない。こちらの本意を知りたいのであろうか。まあ、当然であろうな。


「我らはすでに所領がありませぬ。今は俸禄として仕えておりまするな。故に、遠方であろうと役目として参ります。代わりというわけではございませぬが、所領に一喜一憂することもなければ、臣下に気を使い疑うこともない。働けば俸禄や褒美として暮らしが良うなる。親子や一族で争い、寝首を搔かれることを案じるよりはよほどいい」


 浪岡家でも問われたな。奥羽まで来て苦労をしておると。いかに説明しても冷遇されておるとでも思うておるのやもしれぬ。


 そもそも我らはこの地を拝領したわけではない。役目が終われば尾張に戻る。清洲や伊勢には屋敷もあるのだ。


「わしには分からぬな」


「尾張に参ればご理解されるでしょう。所領は召し上げになりまするが、俸禄として家を残すこと。すべての者の助命をすることで、いかがでございましょう」


 周囲がざわついた。まだ城も落ちぬうちから、かような条件受けぬと突っぱねて当然だ。尾張を知らぬ者からするといささか厳しき沙汰なのは承知なれど、知ると寛大な沙汰だと理解するが。


「それは我が殿も助命するということで確かか?」


「無論でございます。皆々様には尾張に参っていただき、織田の治世を学んでいただくことになるかと。南部家は甲斐源氏と伺っておるが、甲斐源氏の嫡流である甲斐武田家も昨年御家に臣従をしており、尾張で学んでおるところ。安東殿など幾人かはすぐに戻ってまいりましたが、今後は尾張で学び新しい政の下で働いてもらうことになるかと存じまする」


 ああ、懸念はそちらか。なかなかよい主君とお見受けする。己の所領より主の助命を気にするとは。


「降られたほうがよい。御所様も口添えすると仰せだ。尾張や伊勢ではすでに国の在り方が変わっておる。時世が変われば世に習うのが人の務め」


 居並ぶ重臣らが顔を見合わせておると、浪岡家から同行した使者が諭すように口を開いた。昨年、伊勢に使者として参った者だ。あまりの違いに家中を説き伏せておったと聞く。


「少し考える時をいただきたい。皆と話さねばならぬ」


 じっとこちらを見ておった右馬助殿が静かに返答をすると、わしの役目は終わった。




Side:南部晴政


「殿の助命以外の条件は、思うた通りということでございますかな」


「使者が殿の助命まで約するとは……」


 土地は与えぬ。これは徹底しておると聞き及ぶまま。家臣らもいかにするべきか思案するものの、異を唱えて戦うべしという者はおらぬ。


 あとは意地を見せるか、素直に降るか。それだけになる。


「世が変わるというのは、かようなことなのかもしれぬ。力を得た者が新たな世をと願う。まさか関東を通り越して奥羽の果てに先に来るとは思わなんだがな」


「殿……」


 西からの海路はすでに織田が制しておる。噂の黒き大船相手に取り戻せまい。さらに一旦降った浪岡が安易に裏切るとは思えぬ。


 唐物や絹など珍しき品を制するくらいならば、まだこちらも相対することが出来よう。されど塩や米や雑穀まで制されてしまい、値が明らかに違うというのはいかんともしようがない。


 この命で収めるつもりだったが、織田は甘いのか。なにか考えがあるのか。さもなくば生き恥を晒せということか?


「遅いか早いかの違いでございましょうな。籠城して撤退に追い込めたとしても八戸は取り戻せませぬ。周囲を織田に囲まれ辛き日々となるかと」


 そう、海なのだ。三方を海に囲まれたこの地では海を制されると先行きがない。


「降伏する。最後だ。盛大に宴をするぞ。三戸南部の最後の宴だ」


 無念さから涙する者もおる。とはいえ先の戦で大崩れを止められなんだわしの不徳。あれでは誰もわしに従わぬ。


 さあ、最後の宴だ。




Side:久遠一馬


「矛盾してますよねぇ」


「致し方あるまい。それはオレとて同じだ」


 観音寺城から書状が届いたことで菊丸さんと相談する。朝廷のことだ。


 官位がほしいと献金する者がいるけど、尾張と比較して金額の桁が違う。これを受け取って官位を与えていいのかという内々の相談が、朝廷と幕府の間でされている。


 これ本来は武士が将軍を通り越して官位もらうのは駄目だったんだけど、ウヤムヤのうちに既成事実化したんだよね。黙認というかなんというか。


「我らが口を出すことではありませぬな」


 義統さんならそう言うよね。実際、口を出しても嫌われるだけだし。朝廷に残る数少ない資金源であり力の源だ。


 正直、朝廷としては義統さんに更なる官位を与えて、献金に相応の官位にしてしまいたいんだろう。そんな裏側が透けて見える。無論、そういう議論は起きてないようだけど。


 もう献上品は要らないと突っぱねるくらいしたら権威も上がるし、朝廷の意地を見せられると思うけど。まあ無理だろうね。


 代々与えている官位は、今のところ代替わりがあると与えているようだ。ただ、違う官位を求めたり、上位の官位を求めたりすると面倒になる。


 信秀さんも信長さんも義信君も、この件に口を出す気はないか。


 デリケートな問題だからなぁ。


 虫型偵察機などの情報だと、稙家さんは朝廷を変えていこうと動いているものの、現状だと見える形で進んでいない。


 蔵人の件も良くなかった。あれで帝と公卿の関係に微妙な隙間風が吹いている。


 尾張を羨み妬みつつ、変えるという経験がない故にどうしていいか分からない感じか。


 まあ、官位の件も現状を鑑みて、どうするか考えているという意味では一歩前進した。畿内ばっかり見ないで世の中を見てどうするか考える。


 朝廷はここからが始まりなんだと思う。



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