第1612話・追い詰められる南部
Side:季代子
面白い知らせが届いた。南部晴政が降伏を許すと書状を出している。これには尾張から来た武官たちも驚いているわ。
確かに戦況と戦力を考えると降伏を前提として動くべき時。それでも実行するのは難しい。この時代では籠城して耐えて撤退をさせることで領地を守ることもある。史実の北条家なんかいい例ね。
勝手に降ったのをあとで不問とするのはあるけど、事前に降伏を許すと南部家が崩壊しかねないというのに。
「私が言うと失礼に当たるのかもしれないけど、敵ながら天晴ね」
「左様でございますか?」
「勝ち方も難しいけど、負け方も難しいと思うわ。先の戦は誰が差配してもあまり変わらないわ。見たこともない武器と戦うんですもの。その後をどうするか。落ち着いて先を見越して皆のためを思い動く。是非とも織田に降ってほしいわね」
前代未聞の状況でどう動くか。史実にはないことで武将として資質を問われている。大浦殿や浪岡殿は私の言葉に驚いているけど、この動きを見ていると死なせるには惜しい。
「申し上げます。海軍衆、八戸根城を落としたとの知らせが届いております!」
私たちは七戸城に入っている。七戸を降伏させた時に朗報が届いた。
城主八戸政栄は城を放棄して退いたようで、ほとんど戦闘らしい戦闘もなく八戸を落としたようね。
「あと一息ね。一番手柄は浪岡殿で決まりかしら」
ここまでも戦らしい戦はない。小競り合い程度に出てくる者はいるけど、蹴散らすと降伏する。浪岡殿が積極的降伏を促していることも大きい。名門とは厄介だけど味方になると頼もしい。
「敗戦の始末をしておるだけじゃからの。意地を張るのを少し止めるように説いておるだけよ。手柄というならば、総崩れに追い込んだ戦で武功を挙げた者であろう」
あまり出過ぎないものの、きちんと存在感を示している。武士として見るべきか公卿として見るべきか悩む人だけど、状況への順応性は高いわね。
「当家でも織田でも戦以外の功は大きいわ。時を掛けず血を流さず降らせるなら大いに結構よ。無益な争いは好まないわ。功が大きくて褒美に悩むけど」
「南部殿はいかがされる? 降伏を促すならば、そろそろ一度使者を出すべきと思うが」
「ええ、そうね。こちらからは神戸殿と楠木殿を出す。浪岡殿の御家中からも人を出してほしいわ」
浪岡殿の進言もあって三戸に使者を出すことにする。南部との戦いも先が見えてきたわね。
Side:南部晴政
目の前におる者らに皮肉のひとつも言うてやりたくなる。わしの命に応えず日和見をしておった分際で、こちらに逃げてくるとはな。
「城を捨てて逃げてくるとは。それでも武士か?」
「病でなかったのか? 使者にそう言うたのは嘘か?」
鬱憤が溜まっておるのだろう。家臣らが仇を見るかの如く睨み問いただす。
八戸が落ちたのだ。やはり海から攻められた。こちらの水軍では戦えぬほどの大船があるならば、それもありえよう。船から金色砲を撃たれ、上陸を許したところで、先の戦と同じく鉄砲や金色砲らしきものが雨あられと撃たれたとか。
無理に籠城せなんだことも理解はする。されど下手を打ったな。
織田が八戸を攻める直前に、こちらの使者に対して病故に兵を出せぬという弁明をしたことが嘘だと露見したのだ。使者が戻ったのは、八戸らが来たのとほぼ同じであったことから、いかになにも出来ずに逃げてきたかが分かる。
「止めよ。一族で争うても仕方あるまい」
苦々しくわしの家臣を睨む八戸らの者が我慢しておるうちに止める。こやつらに責めがないとは言わぬが、相手が悪い。一族の者、しかも元は惣領だった者らだ。粗末には扱えぬ。
「何卒、根城を取り戻すべくお力添えをお願い致しまする」
「無理であろうな。あの鉄砲や金色砲との戦い方が分からぬ。そなたらがいかに考えておるか知らぬが、蝦夷や尾張からさらに兵が来ることも考えねばならぬ。多くの犠牲を出してまで城攻めなど出来るものではない」
厚かましいことこの上ないが、頭を下げるところは見習いたいものだ。されど、今の状況をまったく理解しておらぬことにため息が漏れそうになる。
「なっ、それでは我らを見捨てると仰せか!」
「分からんのか? すでに南部家は存亡の機ぞ。伊勢の本家からの勧めもあって浪岡殿が織田に降った。もう津軽どころではないのだ」
浪岡殿のこと知らなんだらしいな。無理もない。こちらで戦をするならなんとかなると思うておったのであろうが。甘いとしか言えぬわ。
「すでに七戸にも降伏を許した。すぐにここにも攻め寄せてこよう。わしは南部家当主として最後の務めを果たさねばならぬ。死にたくなければ他を頼りいずこなりとも行くがいい」
ようやく事態を察した八戸らは愕然として崩れ落ちた者もおる。事実、七戸らに籠城をしろと厳命すればするやもしれぬ。さすれば織田が攻め寄せてくるのも少し遅くなるはず。
されど、あの戦への手立てがない以上は勝ちなどないのだ。
「よいか。南部の血を残せ。そなたらとはいろいろあったが、同族じゃ。同族はなるべく生かしてやりたいのだ」
落ち延びるなら当座の銭をやるか。最後くらいは名を汚さずにおりたい。
「殿……」
「敵ながら天晴よな。あれだけ大勝しておいて犠牲は多くない。大浦を筆頭に降した者も冷遇せず使うておる。もしかするとこの地も変わるのやもしれぬ。意地を張る気がないのであろう? 落ち延びよ」
久遠と言うたか。会うてみたいものよ。女ながらに見知らぬ地で人を束ねて見事な差配をしておる。
許されるなら降るのもよいかもしれぬ。織田はわしを許すのであろうか? 十三湊が安東に手を貸したことはともかく、謝罪を拒み挙兵して攻め寄せたことは責めを負わねばならぬはずだが。
わしが腹を切っても、三戸南部の家を残すことだけはなんとしても成さねばならぬ。なんとしてもな。
「申し上げます! 七戸殿、織田に降伏したとのこと!!」
ああ、相も変わらず早いわ。
八戸も落ちた。いよいよだな。
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