第1611話・八戸の驚き
Side:八戸政栄
三戸から再度の挙兵を促す書状が届いたか。
これは好機なのか、窮地なのか。三戸が将として出陣した戦で、なにも出来ぬまま総崩れとなったのは好機と言えよう。されど……。
「殿、いかがなさいまするか?」
我らとしては誰ぞが討たれたというほどでもなく、雑兵が幾ばくか戻らぬ程度になる。とはいえ、昨年敗れた水軍衆に続く此度の大敗は南部家として危うい状況だ。
「わしは病だ。戦のあと病になって動けぬ」
下手に動くと一連の責めを負わされ兼ねぬ。織田が三戸と今一度戦をするまで大人しくしておるべきであろう。
上手く立ち回って南部家惣領を取り戻したいものだが。かというて、わしとて織田に勝ったわけではない。今のままでは納得せぬ者も多かろう。
「はっ……」
まさか三戸や七戸を通り越して、こちらまで攻めてくることはあるまい。家臣らは面白くなさげにしておる者もおるが、先の戦の様子を見ると織田と争うのは利にならぬ。
「捨て置けばいい。石川とて三戸の者。いかになろうと知ったことか」
いかになっておるのか知らぬが、面倒事は三戸にやらせて頃合いをみて惣領を取り戻せばよい。それでよかろう。
「殿ー!!」
家臣らを下がらせて少し休むかと思うておると、床を踏みしめる音が聞こえるほど慌てた家臣が姿を見せた。
「何事じゃ、騒々しい」
「一大事にございます! 黒い……黒い大船が! 攻め入って参りました!!」
……こやつはなにを言うておるのじゃ?
「まさか、そなた誰ぞにからかわれたのであろう。少し落ち着け」
「某は正気でございます! 湊はすでに騒動となり逃げ惑う者ばかりでございまするぞ!」
何故……、何故ここに攻めてくる。敵は三戸であろう。わしがなにをしたというのだ?
「すぐに兵を……」
なんだ? 今、音がしたぞ。なにか空を打ち鳴らすような音が。
「今のは……、あの時の……」
「兵を出せ! 上陸させるな!!」
「はっ!!」
体の底から震えがくるような音に、思わず逃げねばと思うてしまうが思い止まる。武士としてそれだけはしとうない。
なぜじゃ。なぜここに来る。
南部家惣領の夢が……。奪われた惣領がやっと戻るかもしれぬという時に。
なぜじゃ!!
Side:優子
念のため備えをしてあるようだけど、それどころじゃないみたいね。湊に近寄っただけで騒動となり迎え撃つどころか逃げ出しているわ。先の戦の影響でしょうね。
カルバリン砲で砲撃すると、僅かに船を出そうとしていた者も逃げ始めた。
「蠣崎殿、上陸するわよ」
「はっ!」
私たちは大型大鯨船五隻で攻めに来ていた。千名の兵を乗せてね。このまま上陸して八戸の居城である根城を叩く。
実は私、軍の指揮とかしたことないんだけどね。一応、最低限の知識と用兵に関する訓練は、仮想空間を用いたシミュレーターでしてある。
アンドロイドのタイプによる能力差はあるけど、どのみち人と比べると能力は高いのよね。得意でないことでも。チェリーなんて技能型なのに、すっかり戦闘型みたいな仕事ばっかりしているし。
まあ、私はあくまでも指揮だけよ。技術屋だから前に出るつもりもない。
鉄砲と弓と焙烙玉で攻める。根城と近隣にどのくらい兵力があるか知らないけど、まともに迎え撃つことが出来るのかしら?
船から警戒しつつ小舟に乗り移って上陸していく。上陸戦が一番気を使うのはこの時代でも同じこと。だけど、みんな逃げ出してしまったわ。見える範囲に敵どころか人すらいないなんてね。
「敵方、城を出てこちらに向かっております!」
「上陸した者を援護するわよ!」
ああ、さすがにこのままとはいかないわね。少数の武士と兵がこちらに向かってくる。だけど、こちらはすでに三百ほど上陸している。私は船の上だけど迎撃は問題ないはず。
味方に当たらぬように大砲の照準を合わせる。敵にも当たらないけど、脅しにはなる。
「撃て!」
幾つか空砲も交えて大砲を撃つと、早くも敵方の武士と兵の足が止まる。その隙に上陸した味方の態勢が整う。
敵方もこのままでは引き下がれないと再度こちらに向かってくるが、見えるところまで来ると鉄砲や焙烙玉が火を噴くと、立ち向かってくる者はいない。
やはり一槍交えることも出来なかったわね。
「よし、上陸急ぐわよ」
「はっ!」
今日中に八戸根城を落とす。あとは野辺地から七戸を経由してこちらに来る本隊が来るまでこの地を押さえればいいだけ。
これでやっと海路が使いやすくなるわ。
Side:久遠一馬
北では南部との争いが続くが、尾張は平穏そのものだ。農作業、賦役共にみんな頑張ってくれている。
三河に新たに作る牧場の候補地も絞り込まれて、ウチから視察の人を派遣した。それと昨年の上皇陛下の穢れ問題の影響で議論があった病院に関してだが、増やす方向で検討が進み始めた。具体的には尾張以外で検討している。
安祥や大垣や井ノ口には公民館と兼用の診療所があるものの、本格的な中核病院をそろそろ増やす頃だったという事情もある。
「うーん。なかなか難しいね」
「少しずつ進めるしかありませんね」
オレとエルたちは、尾張南郡に集中した産業や施設の分散の検討に入った。すでに美濃のわら半紙や三河の瓦や製塩など、いくつかは産業として育てているものの、立地や流通、資金や人材など考えると、そうすんなりとはいかない。
ああ、志摩の答志島。あそこの城は正式に建設が決まった。まあ、城というとあれだけど水軍の駐屯地というほうが適切だろう。別に天守を作って籠城する城を造るわけではない。
あと答志島にある港湾部の防衛施設の整備も計画に入っている。西から来る船に戦っても敵わないと思わせる見た目が必要なんだ。
「領内で上手くいっているから、余所者は歓迎されないしね」
畿内から技術や品物を手に入れないと暮らしていけない。また、力も権威もあり、言うことを聞かないとなにをされるか分からない。そんな時代を生きていた人たちが、畿内に頼らず生きるのは悲願に近いような感じだ。
ただ、長年染みついた地域間の格差からくる対立は、やはり争いの種になりつつある。
まあ、ウチはその件はそこまで大変ではない。大変なのは現場と義統さんだろう。
他国から売りにくる品物に関しては、品質が悪かったり意図的に混ぜ物をしていたりする商品を売りにくるが、尾張だと二束三文になることも珍しくない。ところが、どこそこの権威を持ち出して高く買えと押し売りしようとする。これは何年経っても変わっていない。商いに関する認識が違うんだろう。
義統さんのほうには、あれが欲しいこれが欲しいと頼む書状があちこちから届く。こちらは半ばご機嫌伺いと誼を通じたいという意味もあるので、外交交渉として考えているけど。厚かましい人は相応にいる。
身分がある者、権威を振りかざす者。そういった者が尾張では敬遠される。流民も決して歓迎されていないものの、目立つのは名があり権威がある者だ。尾張の商人の中には他国との商いを止めた者も、それなりにいるくらいだからな。
「高野聖も相変わらずですからね」
余所者の評判を落としている一因は
高野聖。いわゆる高野山の僧侶で、行商をしたりしながら自分たちの教えを広めようとしている者たちだ。
豊かだと知れたからか、年々来る数が増えているんだ。ところが尾張だと三河本證寺や伊勢無量寿院の一件もあって、そもそも知らない坊主が歓迎されることはあまりない。高野聖はこの時代でも以前から評判良くなかったし。
真面目な人は騒ぎなんて起こさないけど、旅の恥は搔き捨てなんて言葉にあるように騒ぎを起こす者が結構多い。
悪質なのは密かに始末しているけど、それでも悪評が広まっているのが現状だ。偉いお坊様だと立てて拝まないと気に入らないんだろうね。
地味で難しい統治が続くよ。
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