第1609話・反撃に転じる北の地
Side:大浦為則
南部家の総崩れから津軽の地は変わった。南部が津軽の地に戻ることは当分ないと理解したことで、武士も寺社も態度が一変したのだ。
もとより織田に逆らうこともなく南部に内通した者は多くないが、それでも南部が戻っても困らぬ程度に日和見をしておった者は少なからずおる。お方様らは左様な者らを気にも止めておらぬので騒ぎにはしておらぬがな。
ただ、織田に救われた民は自ら戦に出た者も多い。賦役で銭を与え雑穀や塩を領内に安値で売ったことで、飢えずに年を越せたと涙を流して礼を口にする者すらおる。
武士も寺社も、領地召し上げと言うても形ばかりだろう。そう思うておった者らは、この流れに驚いておるほどよ。
そもそも織田の賦役を差配しておるのは久遠の家臣らだ。その者らが村々と顔を繋ぎ、自ら村に
結果として面白うないが、蜂起して勝てる相手でもないことで日和見をしておったのだからな。
「明後日はいよいよ南部領ね。浪岡殿のおかげで海が使えるから楽になったわ」
お方様の言葉にも浪岡殿と家臣らは少し顔つきが険しい。慣れぬうちはかようなものであろうがな。我らはゲルの中で軍議の最中だ。すでに浪岡領に入っており、明後日には南部領へと入る。
浪岡領が使えることで織田の船が数多の兵糧と武具を運んでおり、そのまま南部の湊を攻めるため出陣しておる。
あの黒い大船を見たからか、浪岡家の者らが大人しゅうなったわ。浪岡家はこの辺りでは豊かなほうだが、それでも織田と比べるまでもないということか。
「南部を許せぬとお考えでございますか?」
「そうじゃないわ。ただ、力の差を示して勝敗を決めないと長々と争うことになる。それは困るのよ。私たちは早く領内を整えて飢えぬようにしたいの。南部も降るにしろ和睦するにしろこのままだと無理でしょ」
浪岡殿はまだ織田を知らぬ故によう分かっておらぬらしいな。織田は戦を好まぬという。故に、一旦戦を始めたら雌雄を決するまで動くだけだ。
まあ、わしとて森殿らに教えを請うておる立場だ。理解しておるとは言い難いがな。
Side:季代子
津軽における南部方は石川殿が臣従を確約しており、取りまとめに動いていることで放置することにした。私たちは南部攻めのために浪岡領にいる。総崩れとなった南部方の雑兵の始末がほぼ終わったことで進軍したのよ。
途中、浪岡殿が臣従の挨拶にきた。こちらとしては浪岡家の挙兵はなくても困らないんだけど、浪岡家としては少数だが出したいということで受け入れているわ。
「先に八戸を降すわよ。あそこの水軍は、こちらになんの通告もなく攻めかかってきた。三戸殿とはわけが違うわ。そのあと三戸を降して南部を従える」
「三戸と八戸は、もとは南部家惣領を争うておるところ。おそらく此度の大敗で再び争うと思われるが……」
「漁夫の利を狙うほどではないわね。まとまってくれてもいいわ。さっさと争いを終わらせる。この地で長々と争って得るもののないことは、私より承知のことでしょう?」
浪岡殿と家臣たちが、八戸と三戸を一気に降すつもりだと知ると愕然としている。浪岡殿も攻め入って領地を切り取るくらいは考えていたようだけど。完全に降すとは思ってなかったみたいね。
「大浦殿、八戸までの街道にいる国人と土豪に降伏を促して」
「はっ」
正直、あそこまでの大崩れは歴史を見ても多くない。厳密にはどうなるのか分からないのは私たちも同じなのよね。ただ、尾張や東海と比べて未開の地であるここでは、争うより開拓をしていかないと先がない。
先の戦でも南部方の兵にあまり損害が出過ぎないように気を配ったくらいよ。働き盛りの者たちが大勢死傷するとあとで困ることになるんだから。
「浪岡殿、貴殿の正式な臣従はまだ先になるわ。南部にも義理があるのでしょう。無理に出なくても構わないわよ。北畠の大御所様には当家も世話になっている。義理は通すわよ」
気になるのはやはり浪岡家なのよね。家臣はやる気があるようだけど、浪岡殿はあまり気が進まない様子。そもそも戦もさほど好まないのでしょうね。
「前に出ずとも案内や降伏させることくらいは手伝える。それに皆が働く時に、後方の城にいて良いことなどあるまい。新参者なのだ」
ああ、武功が欲しいと言わないのね。下手に取り繕うこともしないけど、功の稼ぎ方は理解している。これなら大丈夫か。
「分かったわ。こちらも降せるところはさっさと降したいの。当面は客将としてだけど、褒美は私からも出す。あと尾張に行った際には口添えをします。存分に働いていただきたいわ。意見、策。どんどん進言をお願いするわね」
浪岡殿の名前と存在で敵を降伏させてもいいということか。神戸殿が上手く話を付けたわね。
「季代子、支度が出来た」
「さて、難しい話はこれでお終いよ。浪岡殿を歓迎して宴にしましょう。陣中故、浪岡殿をもてなすには少し無作法かもしれないけど容赦してほしいわ」
由衣子が知らせにきたことで軍議を終える。臣従の挨拶とそのまま軍勢に加わるというからこの場で歓迎の宴にする。
「これは……」
「なんとも……」
私たちはゲルの中で軍議をしていた。当然椅子に座りテーブルがある。お盆に乗せて運ばれてきた料理を、お盆のまま皆の前に置いていく。お盆を膳の代わりにしているのよね。ゲルでは。
山菜が採れはじめているので、山菜の天ぷらと魚の塩焼き。昆布とホタテの煮物もあるわ。あとはイノシシ肉の鍋。見知らぬ料理は避けたけど、調味料は私たちが使っているものになる。
日本海航路もあって浪岡家はいろいろ手に入るのよね。ただ、それでもこの料理は初めてでしょう。都の公卿が尾張を懐かしむという尾張料理の味。とくと味わってもらいましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます