第1601話・停滞した地の大乱・その三
Side:森可成
縁もない地でようここまでまとめたものだ。相も変わらず久遠は我らの先をゆく。尾張、蝦夷、奥羽とそれぞれ違う地より集まった者らがひとつとなりて進軍する。
「申し上げます。幾ばくかの者が馳せ参じております。中には南部方の家の者もおりまするが……、いかが致しましょう」
「無下にも出来まい。大浦殿、そなたが面倒を見よ」
勝ち馬に乗るというほどでないが、こちらに味方しようという者もおるか。こういうところは変わらぬな。大勢に障りあるほどであるまいが、こちらが勝ったあとを考える者はおるとみえる。
ただ、雑兵は要らぬな。そちらは村に帰るように命を出す。すでに戦は変わりつつあるのだ。勝手をする雑兵など邪魔でしかない。
「お方様、布陣致しました」
戦場はこちらで選んだ。鉄砲や焙烙玉を使ううえで懸念となるのは遮るものだからな。敵との間に遮るものがない場所にした。南部方の矢を防ぐ矢盾と兵を防ぐ陣を築く。
「因果なものよね。面目やら意地やら理由を付けて争う。戦場に出ている私が言っていいことじゃないけど。僅かな者のために多くの者が苦しみ傷つく。嫌になるわ」
季代子殿はあまりご機嫌が良うないらしいな。内匠頭殿もそうだが、久遠家には武士の面目や意地を理由にした戦を好まぬ者が多い。
もっとも戦をせずとも国を治められるのは久遠家くらいのもの。他家では理由はともあれ戦をせずに国は治められぬ。致し方ないと理解しておる故、表立って責めることもないのだが。
「弓、鉄砲、焙烙玉。遠慮せずに撃っていいわ。ただし深追いはしなくていい。こちらの陣までたどり着けるかしらね。南部は」
雑兵は逃げようとするはずだ。それをまとめ陣までたどり着ければたいしたものだ。飛び道具の数がまったく違う。これではいかに槍自慢といえど、いかんともしようがないな。
Side:南部晴政
物見を出すと織田の兵がおると知らせが届いた。先に布陣されたか。
「殿、いかがなさいまするか?」
石川ら津軽衆と合流したところで諸将を集めて軍議する。こちらも攻めることを隠す気はない。織田方もまた出てくると考えたのだ。ここまではわしの思うた通り。とはいえ、ここからだ。
正面からぶつかるか。軍勢を分けて背後や側面を突くことを狙うか。奇策というなら軍勢を無視して大浦城を攻めるという手もなくはないが……。
「逃げるわけにはいくまい」
地の利はこちらもあるとはいえ、下手に攻め入ると退路を断たれるのは明白。さらにあまりおかしなことをすると戦後の交渉に障りが出る。
院が尾張におられる以上、なにが起きてもおかしゅうない。都に南部は戦の作法も知らぬのかと言われては大恥どころの騒ぎでなくなる。
「すでに織田に敗れた者は心して掛かれ。二度も敗れるなどという恥をかきたくなければな」
八戸の者らが不快そうな顔をした。戦の前に恥をわざわざ辱めたと思うたのであろう。されど、敗れた責めは己らで負わせる。
「まあまあ、まずは一当てしてみればよいではありませぬか」
戦の前から不穏な様子に久慈備前守治義が間に入った。大浦の祖は久慈の出。攻められた際に後詰めも出さなんだ石川やわしに不満もあったようだが、織田の下で相応の扱いを受けておると聞き及んだからか、むしろそれが己の利になると考えたのであろう。
奥羽から叩き出せるなどありえぬとなると共に生きていく術を考えねばならぬが、意図せず縁が出来たからな。
ただ、八戸とすると久慈に助けられるのもまた面白うないのであろう。苦々しげにしておるわ。
やれやれ。戦の前からこれではな。
Side:季代子
南部方は奥州街道にて進軍してきた。太陽暦にすると四月。そこまで遠くないとはいえ、こちらはまだ雪もちらほらと残る。数千の兵が数日に渡り移動するには少し寒いのよね。士気は必ずしも高くないようだと報告もある。
「由衣子、なに作っているの?」
私と由衣子のゲルに戻ると、由衣子が火を焚いてなにかを焼いていた。
「余ったご飯を五平餅にした」
「あら、美味しそうね。少しちょうだい」
「うん。ちゃんと季代子たちの分もある」
織田の文官が来る前は後方支援も差配してくれていたんだけど、仕事が減った影響で由衣子は衛生兵の指揮くらいしかしてないのよね。
今回、食事は少し余るくらい用意するようにと命じてある。これも地域やその時の状況でいろいろと違いがある。尾張や近隣での戦だと、そんなことは必要ない。それだけ信頼関係もあるし、織田が兵糧をきちんと運び配ることも当然のことだから。
ただ、信濃ではウルザとヒルザが同じく用意する食事の量を意図的に増やしたと聞いている。余るくらい調理して、皆に配ってもまだあると見せたんだそうだ。もちろん、お代わりは認めていないものの、足りないと苦情が出る量ではない。
織田は余裕があると見せる。これが思った以上に効果的らしいのよね。
今回は余った分は寝ずの番の夜食にするのと、こうして私たちが少し頂くことにした。
まあ、戦の食事はすべて織田で用意して、将兵には武功にかかわらず報酬を出すと言ってあるから、それだけでこの地の者たちは驚いているんだけどね。
とはいえ、やれることはしておきたい。
「申し上げます! 南部勢、現れましてございます!!」
由衣子と少しのんびりとしていると、知らせが届いた。
「全軍に伝令! 迎え撃つわよ!!」
「ははっ!」
来たわね。南部晴政。どうするのかと思ったけど、正面から堂々と来た。ちゃんと先を見て動いているのが、こちらからも分かる。
面目を立たせてあげたいけどね。南部に時間をかけていると奥州は泥沼となり、統一とその後の国造りに影響する。奥州を史実のように貧しい地にしたくない。この地に来て私はそんな思いが強くなった。
そのためには手を抜くなんて出来ない。これもまた世の習いというのかしらね。
「由衣子、行くわよ」
「うん」
由衣子の顔つきも少し変わる。貧しく苦しむ人々を見ているのも決して楽ではない。私たちにはやれるだけの力がある。
だからこそ、この戦。勝たせてもらうわ。
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