第1602話・停滞した地の大乱・その四
Side:南部晴政
ふと気づくと、握り締めておった手が汗で冷たい。
「よし、攻めるか」
諸将の様子は様々だ。石川や八戸の者らは織田の力を承知であり険しい顔をしておるものの、あまり知らぬ者は武功を挙げてやろうと意気込んでおる。
ここまで来た以上、やるべきことはひとつだ。
織田の鉄砲については事前に明かしてある。数多の鉄砲を使うており休む間もなく撃たれるとな。とはいえこちらが思う以上だとは言えなんだ。それが仇とならねば良いが。
「かかれぇ!」
下知を下すと、先陣の兵が歩みを進めてゆく。こちらは七千ほど集めた。見える限りでは織田方より僅かに多いか同数か。唯一の救いと言うても過言ではあるまい。
八戸の者らも続いたか。臆したかと思うたが、そう思われることだけは我慢ならぬと見える。
攻め手はこちらだ。こちらから動かねば、それこそ戦にもならぬわ。
あとは天に祈るのみ。長きに渡り続く南部家にわしが泥を塗らぬようにとな。
Side:大浦為則
まさか南部家を相手に戦をすることになろうとはな。
こちらには数多の弓・鉄砲・弩に、焙烙玉や金色砲とやらまである。織田は弓を射て槍を合わせて勝敗を決する戦などしておらぬのだ。
これでは勝てるはずもない。
「我らは功を挙げねば戻る所もないのだが……」
津軽に残る南部方の者らが、僅かばかりの者を出して寄越した。織田が敗れれば本家なり主家としては勝手をした者として処分し、勝てば馳せ参じさせた者として扱う。そんなところであろう。
かの者らを前に出すようなことなどなく、脇を固めるように置かれた。あまり軽んじると面倒になるが、戦が違うのだ。前におくと飛び道具の邪魔にしかならぬ故、仕方なかろうな。
「勝手なことはするな。功に問わず取り成す故にな」
三左衛門殿からは勝手をさせるなと命じられておる。蝦夷の蠣崎殿が出羽を攻めた際に同じような命を仰せつかったと聞いたが、面倒だったとこぼしておられたな。
ああ、見える。南部家の旗印だ。とうとう来てしまったな。この時が。
南部方はこちらに合わせるように布陣する。三戸の殿はやる気か。味方はすぐに弓や鉄砲を構えて支度が整う。
お方様がたは動じることもなく淡々とされておられる。誰も言葉を発せぬまま南部方の動きを待つ。
「南部、動きましてございます!」
「さあ、やるわよ! 一兵たりとも近寄らせないで。兵さえ無事ならいくらでも矢玉は揃える!」
来たか! 南部方の先陣がこちらに迫ってくる。お方様の下知で味方は騒ぐこともなく弓・鉄砲・弩を南部方に向けた。
「放て!!」
まるで天にも届くかの如く轟音が響き渡る。先手は鉄砲と弓らしい。玉薬の燃える匂いがする。大浦城で連日鍛練として兵らに撃たせておったことで慣れたが、この玉薬の値を考えると恐ろしゅうて敵わぬ。
津軽衆も負けておらぬ。弓が射れる者は皆、弓にて敵を射る。弓矢とて惜しみなく使うのは躊躇するほど高価なものなのだがな。
「なっ!!」
「これが……戦か?」
南部方の動きが止まると金色砲が撃たれる。誰が見ても分かるほどの轟音と恐ろしさに馳せ参じた者らが戸惑うておる。
無理もない。わしとて幾度か鍛練を見たものの、恐ろしゅうてその日の夜は眠れなんだ。
「弩隊、敵左方を狙え!」
尾張者と蝦夷衆は戸惑うことなどない。細かな差配は森殿がしており、お方様らはそれを見ておるだけ。森殿らが来る前は自ら差配しておられたが、差配する者がおれば任せるのを好むのであろうか?
「近寄ることすら許されぬとは……」
誰かのつぶやきが聞こえた。前に見える兵が倒れ戸惑うのが見える。それでも前に進みこちらを攻めようとする者もおるが、次から次へと鉄砲・弓・焙烙玉・弩・金色砲などが撃たれると進む者が途絶える。
一人が逃げだすと雑兵は我先にと逃げ出し始めた。武士はそれを止めようとするものの、多勢に無勢。最早、いかんとも出来ぬ様子だ。
「勝ったのか?」
「いえ、これからよ。私たちはこのまま南部方を攻めるわ」
一槍も交えておらぬのだ。一兵も欠かすことなく勝ったことに、ただただ恐ろしいとしか思えぬ。
だが、織田はこれで終わらぬのだ。それがまた恐ろしい。
「大浦殿、石川城を筆頭に津軽一円の南部方に降伏を促して。城と領地は召し上げるものの、家の存続は許す。ただし、返答次第ではすぐに城を落とすわよ。あと海軍は先に南部領を攻める。八戸がいいかしらね」
総崩れとなった南部方を追撃することもなく、我らは次の役目を命じられる。石川殿は降るのであろうか? 三戸の殿はいかがするのであろうか?
Side:浪岡具統
「御所様! 南部、総崩れにて敗走しております!!」
「なにがあった!?」
「南部方、およそ七千。こちらと織田方との領境にて布陣する織田方を攻めたものの、多数の鉄砲や金色砲と思わしきものに手も足も出ずに雑兵が逃亡。そのまま敗走したと思われまする!」
伊勢で教わった通りということか。織田の戦はまったく違う。鉄砲や弓矢で近寄ることすら難しいとのこと。一槍交えただけでも武功ものだと言われたというが。
「御所様! 兵を出しませぬと、総崩れの雑兵がこちらの領地を荒らしまするぞ!」
「南部に兵を挙げるのか!? 義理もあるのだぞ!?」
「かようなことを言うておる場合か! 南部が通るのを黙認したのだ。織田が南部を追い打ちすることも止められぬ! 南部が領内で立て直してみろ! 織田に南部ごと攻められるわ! 義理だのなんだのと言うておる余裕すらないのだ!!」
織田が勝つかとは思うた。されど、南部も意地を見せるとおもうたのだが。意地すら見せられぬほど苛烈な戦をしたのか?
家臣らが言い争うのを聞きつつ、ため息が出るのをなんとか押しとどめた。
「兵を集めよ。ただし南部に手出しは無用だ」
兵は集めねばならぬ。三戸殿はこちらを攻める意思などあるまいが、南部方の者がすべて同じとは限らぬ。日和見をした、わしを恨む者もおろう。
「御所様!」
「わしは織田に降る。伊勢の本家の口添えがあるのだ。すでに内々に話は付いておる」
伊勢に送った使者は『南部は冬まで持つまい』と本家で言われたそうだ。さらに『周囲を織田に囲まれる前に、意地を張らずに降れ』という書状もある。
先日使者として参った楠木殿とも話したが、楠木殿は夏までに南部は降ることになるであろうと言うておった。最早、戦の仕方も国の治め方も違うのだとな。
そもそも斯波と織田は、院や帝、公方様の覚えもめでたいのだとか。事実、朝敵であった楠木家が臣従早々許されたというのだ。尋常ではない。
「なっ、ならばこそ、せめて我らの武威を!!」
「義理を捨てたと言われとうない。南部がこちらの領内を荒らさぬ限り手出しはならぬ」
「それでは我らは……」
「皆の忠勤。分かっておる。されど織田には配慮ばかりされておる。もう手遅れぞ。織田から降れと言われる前に降りたい」
領内に出回る塩や雑穀は、すでに織田領に準じたものになっておる。利などない。施しのような値だ。他ならぬ本家の口添えがあればこそ。
織田の地では、武士も坊主も所領を召し上げ俸禄となる。そのうえ皆で領地を治めるなど世迷言をと思うたが、尾張ではすでにそれが当たり前となっておるという。
散々配慮ばかりされて、本家の同盟相手に意地を張るほどの覚悟はない。南部が一槍も交えずに総崩れとなった相手に武威など役に立たぬわ。
「無念でございます」
「終わりではない。始まるのだ。東の果てから東国がひとつになる。皆にも働き場はあろう。そんな気がする」
本家からの書状には恐ろしきことが書いてあった。本家も遠からず織田に降るであろう。故に恥と思うは一時であるとな。かようなことを書かれてはなにも言えぬ。
ただ、これが終わりでないことは確かであろう。長きに渡り西に見向きもされぬこの地に西の者が来る。これが東国を纏めることでなくてなんとする。
必ずや世が動く。それがせめてもの慰めだ。
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