第1600話・停滞した地の大乱・その二

Side:季代子


 二月も残りわずかとなったこの日、南部晴政が三戸城を出陣したと知らせが届いた。


 軍勢は五千から七千。ただし用意している兵糧はそこまで多くないようで、長期戦を考えた陣容ではない。そもそも田畑の種まきが迫っている。武士といっても農業との兼業が当然の者たちが大半だ。農作業に支障が出る戦は無理ね。南部は短期決戦を望んでいるということか。


 軍勢にしても無理をして集めた数だ。豊かではないこの地で食べ物が少ないこの季節だと略奪目的だとしても多すぎる。はっきり言うと、この地にはどこにも奪うほど食べ物がないのよね。


 こちらの村々は総じて飢えないようにしたけど、それでもギリギリだ。南部方が不必要に煽らない限りは略奪を狙うほどないと思っているはず。シルバーンからの情報では略奪を煽るようなことを晴政はしていない。


「こちらも籠城しないと読んでいるわね」


 十三湊に入ってから、こちらは籠城などしたことがない。そもそも必要性がないのだけれど。それを考慮したのでしょうね。


 戦で略奪を出来ればいいけど、こちらも元は南部方の地。さらに軍勢を出す以上の見返りは期待出来ない。なにより長引けば南部方の結束が乱れる。


「御出陣なされまするか?」


「ええ、もちろん。長々と小競り合いをする気はないわ」


 南部方も味方も、大半はこれが争いの始まりだと思っている。ただ、悪いけどそんな時間はないのよ。


 医療型ということもあるし、あまり戦や政治に興味がない由衣子は気乗りしないようだけど、連れていこう。このまま三戸と八戸は落としてしまいたい。


「陣ぶれだ!」


 三左衛門殿の下知で皆が動き出す。ウチの子飼いが三千と津軽衆が二千の計五千。これがこちらの軍勢になる。兵数はほぼ同等。南部方が軍勢を分けて攻めてくることも考慮するけど、はっきり言うと晴政の本隊を叩くとあとは問題にならない。


 場所はこちらと浪岡の領境かしらね。長々と侵略を許す気もない。浪岡家に被害が出るでしょうが、日和見をしている以上、相応の覚悟はあるのでしょう。


 今回の勝敗を握るのは火薬の物量よ。兵数ではないわ。少ないこちらの兵を減らしたくはない。申し訳ないけど、一当てしてやろうという意気込みを利用させてもらうわ。




Side:南部晴政


 今からでも遅くない。織田と話をするべきではないかという思いが頭を過ぎる。味方は口々に久方ぶりの大戦だと血気盛んなことを口にする者が多いが、水軍の大敗には触れもせぬ。


 とはいえ、ここで兵を挙げねば家中で戦をすることになる。津軽を取られたわしに従わぬという口実で勝手なことをする者など、いくらでもおるのだ。八戸など嬉々として争おうとするだろう。もっともかの者らは配下の水軍が大敗したこともあり、今のところ大人しい。わしを責める矛先が己に向くのを恐れておる。


 大敗すれば、わが命も危ういな。浪岡が我らを狙うことも考えねばならぬ。野心多き者らではないが、斯波と織田に己が力と所領を認めさせるには土産が要るからな。最後まで日和見をするかは分からぬ。


 退路すら危うい。かような戦は初めてだ。


 相手方の将は織田季代子。久遠内匠頭の妻。斯波代将を許され織田姓を名乗る者。敵ながら天晴よな。見知らぬ地に攻め入り、一年も経たず盤石なものとした。領内すらまとめきれておらぬ、わしなど愚か者に見えよう。


 尾張にて院が年を越された。あの話を聞いた時、戦にするべきか迷うた。西がいかになっておるか分からぬが、少なくとも敵に回してよい相手ではない。


 津軽を任せた石川が大浦を軽々に動かしたこと。八戸方の水軍が敵を見誤り大敗したこと。そのふたつがなければ違った道もあったはずだ。


 すべてはわしの失政であろうがな。


 此度の戦はやり過ぎてはいかん。故に敵を罵るようなことはしておらぬし、褒美でたきつけてもおらぬ。


 せめて面目ある終わり方を出来れば……、他に望むものなどない。


 にしても東の蝦夷から攻められるとはな。わしは攻められるとすると西だとばかり思うておったわ。分からぬものよな。




Side:安東愛季


「浅利、戸沢。動くようでございます」


 両家が動員をかけておると知らせが届いた。湊城にすぐに報告にくるが、ここはもう織田の城と言うても過言ではないな。


 多くの人と物があふれておる。


「分かった。すぐに兵を集めて。こちらの兵を二手に分ける。蝦夷衆と奥羽衆、二千ずつならいけるわね。優子、戸沢を任せるわ。無理に攻め入らなくていいから。安東殿は優子と一緒に戸沢を。弟殿は私と一緒に浅利に当たる」


「了解。任せて」


 知子様が矢継ぎ早に軍勢を言い渡す。尾張から来た者も蝦夷衆も顔つきが変わった。


「両家ともあまり懸念はないかと思われまする。南部が動かしたと思われまするが、小競り合い以上に攻めてくるとは思えませぬ」


「でしょうね。こちらに入った話だと、安東殿が降伏したのは偽りだという噂もあるわ。安東殿は斯波と同盟を結んだ。そう見ているそうよ」


 なんとも返答に困る話よ。それはわしも聞き及んでおるが、蝦夷の戦や土崎と能代を攻められた戦を知らぬからかようなことを言えるのだ。


「今は守れればいいから。攻め入れるなら攻め入ってもいいけど。どのみち南部と決着が付いたら浅利も戸沢も謝罪がなくば攻めることになる」


 知子様の言葉に奥羽衆がざわついた。あの南部と決着と口にするとは思わなんだのであろう。


「決着がつくのでございまするか?」


「付けるわよ。織田の戦。皆にもお見せしたはずよね。手を抜くなんて失礼なことしないわ」


 皆の顔が青ざめる。南部領は東の果てから南の八戸まで海に囲まれておる。海では相手にもならぬとすでに示しておるのだ。当然か。


「早く終わらせないと後が大変なのよね。この地も飢えないようにしないと」


 勝ち負けでないその先を語る優子様に、心底恐ろしさを感じる。蝦夷の民を飢えぬようにしておるように、この地の民も飢えぬようにするという。属領など捨て置くのが当然というのに。


「兵糧、矢玉。一切惜しまないこと。これは厳命するわ。与えた分は使い切りなさい!」


「ははっ!」


 惜しむなとは異な仰せだ。故に織田の恐ろしさを皆が痛感する。


 されど、これで家中から寝返る者は出るまい。父上より譲り受けた領地と家臣。すでに領地は失うたが、出来るならば家臣だけでも家を残せるようにしてやらねばならぬからな。




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