第1599話・停滞した地の大乱

Side:森可成


「尾張とはあまりに違いまするな」


 東の果てとは言いすぎか。これよりさらに東、正しくは北になるのか。そこには蝦夷があり久遠家が有する地となっておる。


 尾張や美濃も鄙の地だと畿内者には蔑まれたが、下には下があったと言える。無論、口には出さぬがな。


 雪深く、人も少ない。手付かずの地も多く、米があまり育たぬ地だという。


「いろいろとやれることはあるのよね。ただ、それ以前の現状よ」


 季代子様らの心中は察するに余りある。


「久遠の知恵も、使えねば絵にかいた餅ということでございまするな」


「上手いことを言うわね」


 久遠家の寒い地でも育つ米などの作物や馬鈴薯ならばこの地でも使えるようなのだが、民を従えて確とやらせることが出来ねば出せぬ。他家に盗まれてはならぬものだ。


「まあ、この地にはこの地の利点もあるわ。畿内からも離れているし、好きにやれる。南部を降せばあとはなんとかなるのよ」


 それはそうであろうが、長きに渡り大きな戦もない地だ。変えるのは言うほど楽ではあるまい。久遠家でなくばやらぬことであろうな。


「やはり鉄砲や焙烙玉を多用して勝つおつもりでございますか?」


「力の差を見せないと駄目なのよね。ただし、相手を根切りにもしたくないわ」


 とすると相手が退くように仕向けるしかあるまい。南部は家中のまとまりに欠けるとある。こちらと戦をして得るものもなく退けば、二度とまとまりてこちらに仕掛けてくるまい。


「南部家の主な居城は三戸と八戸でしたか。特に八戸、あちらの海を使えるまで攻める支度をしておきまする。浪岡殿はこちらが南部を攻めるのも認めるはず。こちらの領地から八戸までこちらで押さえれば、あとはいかようにもなりまする」


「ええ、お願い」


 久遠家の利は海にある。海沿いを制する支度はしてあるが、さらに八戸まで攻めればこの地は織田でまとまろう。


 国人や寺社、この地の者はまだ気を許せぬところがある。寝返ることはあるまいが、こちらの内情を流すくらいはしておるやもしれぬ。


 事は慎重を期するべきだな。蝦夷衆は寝返るまい。かの者らを使い支度をするか。




Side:朝日高義


「御所様、このままでよろしいのでしょうか?」


「左衛門尉、なにが言いたい?」


 城の庭を歩かれる御所様に怒りを買うのを承知で忠言する。


「南部にも斯波にもつかぬ。それが許されるほど世は甘くございませぬ。斯波は御本家の口添えもあり疎かにはせぬと思われまするが、とはいえ日和見をした者がその後いかになるか。お考えくださるように伏してお願い申し上げまする」


 今のところ南部からしか挙兵を求められておらぬ。斯波は動かぬならそれでいいと言うておるが、使者にわざわざ伊勢におる楠木家の者を出してきたことからも、こちらにいかがするのだと迫っておるようにも思える。


 南部にしろ斯波にしろ、落ち着いたら次は浪岡家に目を向けるのではあるまいか。


「そなたはいずれに付きたいのだ?」


「それを決めるのは御所様でございまする。某はただ、戦もせぬままに浪岡家の名が地に落ち、斯波と南部の双方と争うことにならぬかと案じておるだけ」


「言い分、もっともであるな。されど、いかがする? 本家は斯波と同盟を結んでおる。南部はこの地で長きに渡り義理がある。双方の面目を潰し、家を分けてまで動けと申すか? 古よりその手の策で家中が争い、力を失った者も多い。下策に思えるがの」


 それは理解する。されど、このまま日和見をした者を誰が信じるというのだ。


 南部は三戸殿が将として出るという。この一戦で勝たねば先行きは危ういかもしれぬ。水軍はすでに斯波方が勝っており、南部方は怯えておるというではないか。


 仮に勝ったとしても斯波はすでに出羽の安東を降しておる。噂に聞く限りでは大浦城は取り戻せまいな。勝ち馬に乗るならば斯波に思えるが。


 難儀なことになったものよ。とはいえ愚痴をこぼしたところでなにも解決するまい。


 なにか良い策なり知恵なりないものか。




Side:石川高信


「三戸の殿はやはり……」


「いや、ご理解されておるようにお見受けした」


 居城にて戦支度を急ぐも、南部方の国人衆はあまり士気が高くない。三戸の殿は織田の力を理解しておらぬのではないのか? そんな疑念がこの地にある。


 海には黒い船が幾度も訪れ、米や雑穀や塩などを数多く運んでくる。大浦城では鉄砲か金色砲の鍛練と思わしき音が連日聞こえるのだ。噂はすぐに広まる。


 この地には大浦家と縁ある者も多い。伝手を頼みに織田に接触を試みる者もおるであろう。三戸の殿がいかに戦をするか知らぬが、大浦城を取りもどして斯波を奥羽から叩き出すなど出来ることではない。


 大浦城は目と鼻の先だというのに三戸は山を越えるか迂回せねばならぬ。遠すぎるのだ。


「織田方の者が寝返りに応じぬ。よほどのことであろう」


「三戸の殿が勝ったら致し方なかったと謝罪するつもりであろう。何度も態度を変えるよりはいい」


 味方は織田に内通しておるやもしれぬというのに、敵方は崩せておらぬ。向こうは村々にでさえ雪が降る前に塩と雑穀が配られたと、大騒ぎになっておったくらいだ。少なくともこの春は裏切る者は多くなかろう。


「そもそも安東が争うておったはず。何故、安東はさっさと降り、我らが戦をせねばならぬ」


「そうだ! 安東が悪いのだ!!」


 安東への不満と怒りも多い。されど、海沿いを落とされて降伏したのは責められぬ。たしかに巻き込んだのは安東だが、今の世ではようあること。むしろ軽々に織田と争うた南部方の水軍のほうが事態を深刻としたのだ。


「海では勝てぬのであろう? 三戸の殿が陸で勝っても、海で負けてしまえば我らは困窮する」


「この地は畿内からの船が頼りだ。それを制されてはな。安東はまだこちらが飢えぬくらいに利を寄越す友誼もあった」


 そう、懸念は戦ではない。海の商いをすべて奪われたことだ。もともとあの辺りを縄張りとしていた安東にさえ、我らは海では勝てなんだ。ただ、安東も我らも互いに飢えるくらいに締め上げたりはせぬ。


 ところが織田は、蝦夷の民が困窮しておるという理由で蝦夷の産物の値を上げると言うておる。事実か知らぬが、海で勝てぬ以上はあちらの値をのむしかない。


 さらにこちらと敵対しておるとの理由で、露骨なまでに様々な品物の値を変えてしまい、己の領内のみを安くした。


 海で勝てぬという事実に、南部に従うことをためらう者が多い。


 次の戦はいいが、そのあとは……。いかがなるのやら。




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