第1598話・情報格差

Side:久遠一馬


 春祭りが終わると本格的な農繁期になる。清洲や那古野などの町から人が減り、村々に帰る人が増えるのも風物詩となりつつある。


 世の中の変化と共に立場が弱い人から村を離れる問題は、結局、年末年始と農繫期に帰ることに落ち着いた。故郷を離れた者は土産と共に村に帰り農作業を手伝う。村ではそんな者たちを歓迎して一族や村の結束を確認する。無難なところだろう。


 ウチの家臣は農繫期に戻る人はほとんどいない。オレが偉くなったことで家臣のみんなも仕事や立場を得て家臣の家族もほぼウチで働いているからだ。


 まあ、年末年始は故郷の村や本家筋に顔を出す人はいるけどね。ただ、立身出世した影響で本家と分家が入れ替わったところもある。いろいろあったが、落ち着くところに落ち着いたと言えるだろう。


「ああ、大武丸様。そんなに急ぐと危うございますよ!」


 庭でははなの産んだ柿・栗・桃の三匹と子供たちが遊んでいる。一緒にいるのは、金さんの奥方であるお紺さんだ。今ではすっかりウチの侍女のひとりとして活躍している。


 ウチの家中では、一番の立身出世は金さんではないかと言われることもある。なにより真面目で努力家なんだよね。人当たりもよくて仕事を選ばず活躍してくれる。


「すっかり白鷺の船と言われておりますな。近隣から民が集まって見物しておるようでございます」


 子供たちを眺めていると望月さんがやってきた。


 クリッパー船、命名として速鰐はやわに船としたものの、一般的に周知する前に白鷺が止まった船と言われている。分類を速鰐船として、あの船の名を白鷺号とでもしたほうがいいだろうか? さすがに白鷺船というのは、沈んだ時に縁起が悪いとか気にしそうだし。船長が責任を感じて腹を切るとかいう慣例が出来ると困る。


 クリッパー船は帆船の限界に近い。鏡花とも話をしたが、細々とした技術改善はあっても大まかな形は大きな発展を望めない。長く使うことになるだろうから、いずれ沈む船も出てくるだろうからな。


 蟹江は港以外でも温泉があるからなぁ。人がよく集まるんだ。温泉に入って港や船を見物することが領民の楽しみのひとつなんだとか。津島・蟹江・熱田。このルートを辿るのが多い。おかげで三つの町を繋ぐ街道は沿道に店が増えていて大賑わいだ。


「人の噂って、分からないね」


「あまりお気になされぬほうがよいかと。いずれ冷めまする」


 望月さん、あまり過剰な噂になると面倒になると察している。さすがだ。情報操作はウチはこの時代と次元が違うことが出来るものの、それでも噂や流言を完全に制御なんて出来ない。


 そもそも仏の弾正忠とか、忠義の八郎とか、ウチが広めたものではないしね。


「おっと、本題はこちらでございます。伊豆諸島の報告でございまする」


 ああ、望月さんの報告は伊豆諸島か。神津島は、かつての島とは様変わりしているらしい。港と町の整備で本領には負けるが、伊豆下田などから来る船も多く、賑わっている。代官は三雲賢持さん。


「三雲殿もよくやっているみたいだね」


「驚いておるところもありましょう。されど恩を仇で返す男ではありますまい」


 罪人ではなく役目だと派遣する前に念を押して教育したものの、島流しという認識もあったのも事実だ。とはいえ、あの島はウチにとって要所なんだよね。


 僻地の島で面目だけは立たせてもらい、あとは生きるだけと想像した者は三雲家関係者には少なくないだろう。ところが蓋を開けたら一気に開発して要所として忙しい日々だ。困惑はしただろうね。


 神津島では未だ学校というほど整備されていないが、三雲家の者が当初から文字の読み書きなどを島の人に教えたこともあって、驚くほど人の意識が改善したと妻たちからも報告があった。


 狭い離島なので参考程度だけど、生活環境の改善と教育は思った以上の成果があるという実例にはなった。こういう実例を生かしたいね。




Side:戸沢道盛


 わけが分からぬ。その一言に尽きる。斯波武衛家の守護代である尾張の織田が、何故、蝦夷から攻め寄せてくるのだ。


「これは安東の謀ではないのか?」


 そもそも安東が戦わずして降ったというのも解せぬ。西には黒い南蛮船があり、海を制するとは聞いたことがあるが、見たことがある者がおるわけでもない。左様な噂を使うただけではあるまいか?


「それは分かりませぬが、安東の地では塩や雑穀の値が違うと商人が騒いでおりまする。あり得ぬ値で領内に施しておるとか。いずこかの者からの手助けはあったのではございませぬか?」


 その件もよう分からぬ。施さねばならぬほど飢饉が起きておるとは聞いておらぬのだ。


 確かなことは津軽が斯波を名乗る者に奪われ、奪還のために南部が兵を挙げておることか。それは南部の使者ばかりではない。こちらからも浪岡家に使者を出して確かめた。


「まあ、よいか。一当てして駄目なら退けばいい。我らは無理押しなどする必要もない。好機ならば兵を挙げると言うたがな」


 安東とその者が組んでおることも確かか。南部は兵を挙げるならばと兵糧を寄越した。その分だけ攻めてみれば良かろう。




Side:浅利則祐


「いずこまでまことの話で、いかになっておるのやら」


 蝦夷を制して十三湊に入った斯波か。大浦を落としたことは確かか。されど、雷を呼び城を落としたなどあり得ぬ噂もある。


 こちらとしては安東も信じられぬが、南部も信じられぬ。伝手を辿り探っておるが、今一つよう分からぬところが多い。


 安東は海沿いの湊を落とされて降伏したようだが、まことか? 雪が降る前だ。放っておいても一旦引くのは明白。何故、降る必要があったのだ?。


 もっとも、斯波と安東が南部と争うておるのは事実。南部が斯波と戦する故に安東を抑える者がほしいというのがかの者らの本音か。


 まあいい、様子を見て敗れたほうを攻めてもよいのだ。安東を攻める様子を見せて向こうの出方を窺えば分かるであろう。


 無駄な戦にならねば良いがな。こちらは左様な余裕がないのだ。


 困ったものよ。


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