第1597話・一馬の春祭り
Side:優子
津軽と出羽北部はこのままだと駄目ね。作物転換がいるわ。稲作は北限に近い。小氷河期とも言われるこの時代で稲作ばかりに拘るのはリスクが高すぎる。果樹もいいけど、主食となる食糧生産は確実にしないと駄目なのが頭の痛いところ。
馬鈴薯なら適しているけど、こっちに持ち込むと確実に流出する。米と麦の新品種も今年は無理ね。せめて南部との決着がつかないと。
麦・蕎麦・大豆、あとは粟でも稗でも、とにかく耕作地を活用するしかない。とはいっても未開の原野も多い。そう簡単に生産量は増えないけど。
「お方様、寺社と商人の一部が品物の値に関して騒いでおります」
価格と物流の統制。これに反発する者が後を絶たない。今までも散々あったことだ。こちらに従わないところは品物の値を当然変えている。寺社だろうとそれは同じ。ところが配慮を当たり前と考えて文句を言う。
言わないと伝わらない。当然だけど、相手をする身になるとたまったものじゃない。
「またか。以前書状で出した通りよ。従わない者には相応の値になるの。嫌なら買わなくていいって伝えておいて」
こちらと南部で値踏みをしているのは、むしろ寺社や商人だ。奥羽全般に言えるのかもしれないけど、この地は主君を変えるような変化がない分だけ武士の動きは鈍い。南部の誘いに色気を出している人はいても、堂々と寝返る人はまずいないのよね。土豪クラスだと別だけど。
あと塩と雑穀は利がないどころか赤字で領内にばらまいている。それを寄越せというのは領内のみならず近隣の関係ない寺社まである。
いい加減にしてほしいわね。ほんと。
ああ、作物の試験栽培する場所の選定も始めないと。安東殿に聞いておくか。果樹も最初はこちらで苗を持ち込んで育てていかないといけない。秘密を守れて横流しとかしないところがいい。
こうしてみると、知多半島の人たちは本当によくやってくれていると改めて思う。
Side:ヒルザ
尾張では春祭りか。ここはまだ桜咲いていないのよね。春祭りはやるつもりだけど、もう少し様子を見てからね。
信濃ではようやく落ち着いて統治を進めることが出来ている。
「さすがね。永田殿」
「信濃と甲斐はよう歩きました故、この程度は造作もないこと」
そんなこの日、永田徳本殿が報告に来た。実は彼には甲斐と信濃における病の調査を頼んだの。日本住血吸虫症はもとより、迷信じみた風土病や通常の病とその対処法。こういうのは調べるのが大変なのよね。
こちらの人員も貸し出したけど、思った以上の早さと内容だわ。
「こうしてまとめると見えてくることがございますなぁ」
「ええ、それが狙いよ」
日本住血吸虫症は蔓延地域からの移住が進んでいる。ただ。細かく上げると漏れている地域もある。その他の病に関してはほとんど手付かずね。
「手を洗い、身を清め。箸や飯椀などを熱湯につける。それらを教えておきました」
「ご苦労様。褒美はおって与える。なにか望みがあれば聞くけど?」
そんなに難しいことは教えていないとはいえ、こちらが望んだことを確実にそれ以上やってくれる。名前が残るとはそういう能力もあるのかしらね。
「いえ、某はこうして勤めながら学んでおる身。それだけで満足でございます」
医学は地道な積み重ねがいる。いつまで働いてくれるか分からないけど、しばらく働いてくれるなら助かるのよね。
ともかくこれで少しは医療環境を整えられるわね。
Side:久遠一馬
なんか白鷺の話がすでに那古野まで伝わっているんだけど。止まったのはクリッパー船だ。新しい船は日本武尊が守ってくださると評判なのは驚いた。
あんまり過剰な迷信が流行ると後で困りそうだけど、否定も出来ない。
まあ、いい。今日は春祭りを楽しむんだ。家中と忍び衆の独身男女の宴は今年もしているので、そこにも顔を出す。
「ちーち! あれ!」
「ちーち、こっち!」
「とのさま! あのね、あのね」
馬車で清洲まで来て、子供たちと一緒に会場となっている寺や運動公園を歩く。一足先に来ていた孤児院の年少組となる子供たちと合流すると、賑やかで凄い。実の子も孤児たちもみんなオレの子供だ。
「えるさま、あれはなに?」
「舞いを披露しているのよ」
エル、メルティ、リリー、プリシア、アーシャと引率する妻も多い。世話をしている大人と護衛もいるから、大人数での見物となる。
「一馬殿!」
初年度から桜見物をしている寺では、お市ちゃんが姉妹と一緒に見物しているところに出くわす。オレたちを見つけると嬉しそうに駆けてくる姿が、少しずつ大人に近づいていると実感する。
「今年も賑やかですね」
「はい! 皆、楽しんでおります」
お市ちゃんが世に与える影響は結構大きい。一番は船に関してだろう。楽しかったと笑顔で語ったことで船を恐れる風潮が少し変わった。さらに彼女が変わるのを見て学校に通わせようと考えた人が多かった。
お市ちゃん個人の資質も多分にあるけど、エルたちや学校でよく学んでいるのも事実だ。
最近も二日と明けずに顔を合わせるんだけどね。ウチの屋敷も普通に来ているし、孤児院でも顔を合わせる。
「一馬殿、白鷺が新しい船に舞い降りたというのはまことでしょうか?」
「らしいですね。私もさっき聞いたばかりなんですけど」
「うわぁ。それはおめでとうございます。きっと日本武尊様が御守りくださるのですよ!」
何気にお市ちゃんも情報が早い。同年代では交際範囲が広いからだろうか。清洲城にすでに伝わっただけかもしれないけど。
「そうだといいのですけどね」
「きっと守ってくださいます!」
クリッパー船への期待が白鷺でさらに高まったみたいだね。しかし、みんなウチの船の慶事を我が事のように喜んでくれる。それがなにより嬉しい。
「一緒に桜を見ましょう」
「そうですね」
オレたちはしばし、お市ちゃん姉妹と桜を見ながら祭りを楽しむことにする。
織田家の子たちとはよく会うから、孤児院の子たちも親しいんだよね。お市ちゃんたちの会話から、オレは最近の子供たちの話題や注目していることを知ることが多い。
子供は大人が思うよりずっとしっかりしている。それをいつも教えられているくらいだ。
たまにはこんな日があってもいいね。
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