第1596話・退けぬ南部と上皇陛下の桜祭り

Side:季代子


 南部領で兵の動員が始まったと知らせが入った。南部領は広いのでこちらに攻めてくるにはひと月は掛かるかしら。晴政はどうやら春の農繁期前に戦をすることを決めたようね。


「なかなかの将とお見受け致しますな」


 森三左衛門殿が面白げに笑みを浮かべたことで、蝦夷倭人衆と津軽衆の者たちの顔色が僅かに変わった。


 年末年始の帰省で大殿と相談をして派遣してもらった織田家家臣のひとり。森三左衛門可成殿。現在では武官と文官の双方に席を置くひとりで、武功もあって武官として一軍の将も任せられると評価されているわ。


 他にも北畠一族である神戸利盛殿、楠木正忠殿や赤堀景治殿もいる。彼らは南部家と浪岡家対策でもある。南部家との戦が終われば両家の処遇が問題となるけど、浪岡家のことを大御所様からなるべく臣従出来るようにしてほしいと頼まれているのよね。


 もともと南朝方だった両家なだけに北畠の権威はここでは大きい。


 同族がいるということで少しでも降れるようにしたのよ。彼ら自身が伊勢の戦で武功を挙げており、また織田の治世においても十分学んでいるという証でもあるけど。


「慎重なのもよいのでございますが、それで機を逸して戦も出来ぬ者も多うございましたからな」


 神戸殿が苦笑いとも見える笑みで答えた。そう、今川の臣従はいろいろな意味で考えさせられるものだったのよね。結果として上手く収まったけど、ひとつ間違うとまったく違う結果となったと。


「出羽は知子と優子に安東殿で十分ね。こちらは南部よ」


「兵はなりふり構わず集めて八千かと。この城を攻めた戦は物見で見ておるはず。少なくとも五千は集めるかと思いまする」


 各地から入る知らせに大浦殿の顔色も良くない。これほど早く南部の動きが伝わると思わなかったのでしょうね。今回に限っていえば忍び衆ばかりではない。地元の商人や寺社も情報を寄越したわ。


 彼が集まった情報から私見として言及した兵力は正しい。シルバーンからの情報とシミュレートとも一致している。みんな必死ね。新しい治世で生き残ろうと。昨年からの物価統制や物資供給でこちらの力を理解しているわ。


「お方様、海軍は動かすのでございますか?」


「どうしようかしらね。南部方の水軍はこちらを攻めるほどの余力はないと思うけど」


 三左衛門殿が評定を仕切ってくれると楽ね。皆の意見をまとめてこちらが言いたいことを言ってくれる。


 しかし大殿も凄いわね。織田家でもトップクラスの三左衛門殿を寄越すなんて。領地が広がり困るのを理解しているんだから。


「では海軍も動かすべきでございまする。何事も最善を尽くすのみ。情けは戦を終えてから考えるべきこと」


「ふふふ、いいわね。その線でいきましょう」


 さすがは史実の偉人よね。これが奥羽のターニングポイントだと理解している。そのうえジュリアとセレスが指導したこともあってウチの軍略も熟知しているわ。さて、あとは浪岡家に対してもう一押ししておくか。


「ああ、楠木殿。申し訳ないけど浪岡家に使者として出向いてちょうだい」


「畏まりましてございます」


「北畠の大御所様から良しなにと言われているのよ。貴殿たちがこちらにいると理解すると浪岡殿も安堵するでしょう」


「心得ております」


 織田に臣従をして朝敵を解除された楠木正忠殿は使者に最適なのよね。織田の力と臣従後を表しているから。当人も私の意図を理解して自信ありげな顔を見せてくれているわ。


 みんなで蒔いた種は確実に芽吹いている。そう実感するわ。




Side:広橋国光


 桜の花を見る祭りか。この国の恐ろしきところは民から武士まで皆で盛り立てることよの。


 都の真似事かと思えば、元は久遠の習わしとか。この地では畿内を真似ず久遠を真似る。『最早、吾らは先達ではない』と以前丹波卿が言うたことのままか。


 畿内の商人は嫌われ、久遠を皆で倣う。危ういわ。


「あれは……」


「絵を描いておるのでございます。簡素な絵でございまするが、誰であれ絵を描いてもらえるということで評判になっております」


 院の供として身分を隠して市井(しせい)の祭りに来たが、姉小路卿と京極殿が案内しておることで、察する者は察しておろうがな。


 にしてもここは吾も知らぬものが多い。筆と紙でさらさらと絵を描くことをしておるとは。聞けば代金も高うない。


「さあさあ、お立合い。人形劇の始まりだよ!」


 一際、人が集まるところに出くわすと院の足が止まる。人形劇とはいったい……。


 ああ、人の形代をしたもので読み聞かせをするのか。これは面白そうではないか。坊主の絵解きは存じておるが、これはそれをさらに変えたか。


「とある国のとある殿様の話だ」


「ときだ! わるいしゅごだ」


 土岐だと? 幼い童の声じゃが、確かにそう聞こえた。まあ、童のことだ。いちいち問うべきではあるまいが、姉小路と京極殿の顔色が幾分悪い。


 もっとも院が問わぬことで吾らは静かに人形劇とやらを見る。が……その意味を理解した。


 これはあれか。土岐頼芸か。名を出しておらぬが、聞いた話と瓜二つではないか。内匠頭の奥方で慈母の方という女の話だ。幾分誇張されておるようだが、概ね聞いた話と同じ。


「この人形劇は、いつ見てもいいな。さて、慈母の方様に感謝するために久遠様の出店に行くか」


「そんなこと言って美味い飯が食いてえだけだろうが」


「あはは、ちげえねえ」


 人形劇が終わると集まっておった民が銭を出して散っていく。大人は土岐の名を出さぬが皆が知っておることか。


「慈母の方とは内匠頭の奥方であったな」


「はっ……」


「店とやらに行くか」


 院も察したようだ。土岐の話をご存知かまで吾も知らぬが、周囲の者の話と慈母の方はさすがに知っておられたのだ。隠しようもない。もっとも騒ぐような御方ではないがな。このくらいのこと都でもある。陰で人を謗るなど珍しゅうもない。見世物にしておることには驚いたがな。


 吾らが口を出すことではないな。とはいえこの地でいかに久遠が皆に信じられておるか、改めて思い知らされた。


 道理から外れて争うようなことをすれば、土岐の二の舞いではないか。


「あれはなにをしておる?」


 まあいい。院は未だかつてないほど楽しまれておるのだ。吾はそれで十分。


 この地と朝廷を繋ぐことが吾らの定め。それを全うするのみ。




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