第1595話・戦の足音と吉兆?

Side:知子


 季代子たちと相談した結果、私と優子は出羽湊城にいる。安東殿が思った以上に家中の統制に苦労をしていることもあるし、不要な離反者を出さぬように努めていることもある。


 出羽の領地に織田の名を許された私たちがいるメリットは大きい。


「防風林が要るわね」


 戦支度も進んでいるものの、出羽の統治は事実上これからになる。検地や人口調査は尾張から連れてきた文官と武官と警備兵が差配するけど、陳情なんかも当然のことながら上がってくるし、こちらで集めている情報も集まりつつある。


 統治は文官と警備兵、戦支度は武官に任せつつ、私は私にしか出来ないことをする。


 特に海沿いの日本海側は十三湊からここまで全般に言えることだけど、場所によっては森の木々の乱伐により砂が内陸に飛散して被害が出ている。史実で有名な能代の風の松原などもこの時代にはない。


 ただ、生存競争の激しいこの地では、人口は尾張と比較にならないほど限られている。街道も治水も湊もなにもかもが足りない。資金と物資はウチが出すとしても働く人がいないと駄目なのよね。


「お方様、少しよろしいでしょうか?」


「ええ、いいわよ」


「鉄砲は間に合いませぬ」


 遥々尾張からきた武官が申し訳なさげに報告に来た。鉄砲の使い方を当地で集めた者に教えているけど、浅利と戸沢との戦に間に合わせるのはやはり無理か。


「そうね、そっちは北方衆でやるわ。勝手なことをしないならいい。あとは任せる」


「はっ」


 火薬の扱い方は未知の人たちには難しい。まあ、撃つだけならなんとかなるんだろうけど、鉄砲の数を考えるとすでに熟練している者に使わせるべきね。


 火薬の生成自体は問題ない。こちらの敵は戸沢と浅利に離反する者たち。連携したとしてもたかが知れている。あとは安東殿さえ裏切らない限りは懸念もない。




Side:由衣子


 ようやく雪が解け始めたばかりだというのに、戦の話ばっかり。領地が広がったことで、ここ十三湊は後方の安全地帯になる。浪岡家が敵に回るとどうなるか分からないものの、ここまで来ることはまずないだろう。


 雪深い地域は情報としては知っていたものの、中世という時代では想像を絶する苦労があると知った。すでに賦役として十三湊から大浦城までの街道の除雪に取り掛かっている。季節柄まだ積もることもあるが、戦の前になるべく使えるようにしておきたい。


 それとニシン漁。これも始めている。史実では北東北や北海道の日本海側では一大産業となり不漁となる大正期までは貴重な存在だった。


 久遠船があれば、もう少し良くなるんだけど。この地ではあの船を造るだけの設備も職人もいない。一応、久遠船建造のために職人を尾張から連れてきたから、今後に期待かな。


 もっともまだ海は荒れているし寒い季節だ。無理はするなと命じてある。


「お方様、よろしゅうございましょうか?」


 竈オーブンでカステラを焼いていると家臣が報告にきた。こちらを窺うようにしているが、彼の視線は竈オーブンにも向いた。


 カステラの焼ける甘い匂いが気になるのだろう。


「なに?」


「近隣の村の者が魚を献上に上がっております」


 冬の寒さも一段落したことで、天気がいい日にはたまにあることだ。良く言えば慕われている。悪く言えば褒美を期待している。こちらは受け取って褒美を与えることしか選択肢がない。


 まあ、鮮魚でもいいところを持ってきてくれるから助かるのも事実だ。配達分の手数料を多少上乗せして買うと考えると、そこまで高すぎるわけでもない。


 ほぼ自給自足のようなこの地だと、購買層が特定の身分がある者か寺社くらい。市場経済なんて遠い夢の話のような世界だ。


「いつも通りで」


 カステラは後であげるから欲しそうな顔をしないでほしい。


 さて、今日のお魚さんはなんだろう。寒いから温かい料理にしたい。




Side:久遠一馬


 尾張では恒例となっている春祭りだ。


 今年は寒さもあって開花が遅かったので二月中旬、太陽暦だと四月に入っているくらい遅い開花だ。


 桜は年々増えている。清洲城に植えた桜は数年前から綺麗な花を咲かせているし、運動公園や各地にある公園などに植えた桜も花を咲かせているところがある。


 まあ、観桜会と称してはいるものの、春の豊穣祈願も合わさっているので桜がないところでもお祭りをしていたりして賑やかだね。


 桜の種類は天文桜ことソメイヨシノを筆頭に複数の種類を植えているので、割と長く楽しめると評判もいい。


 春祭りの特徴は一か所に集まるのではなく、各地域で分散していることか。数年前に関ヶ原でやったこともあり、領内の主要な町では観桜会と称して祭りをしている。中には桜がないところもあるけどね。


「殿下が焦る理由も分かるな」


 そんな春祭りに合わせて菊丸さんが帰ってきた。観音寺城で年始を迎えて政務をこなしたあと、近江と都付近を少し旅してきたみたい。


「それほど違いますか」


「ああ、尾張に行った公家は落胆しながら都に戻るのだと噂になるほどだ」


 格差は開く一方だ。それこそ経済を理解しない人でも。菊丸さんが懸念しているのも当然だろう。


「それとな、ここに来る前に、白鷺しらさぎがそなたの新しき船の柱に止まっておると騒ぎになっておったぞ」


 白鷺? あれ渡り鳥だから、そこらにいると思うけど。


「恐らく渡り鳥かと。鳥の中には寒さから逃れるように移動する鳥がおります。本領にも冬に来た渡り鳥が、春から夏にかけて日ノ本のほうに来ることがあります」


 エルに視線を向けると説明してくれたが、概ねオレの認識に間違っていない。


「熱田神社の祀る日本武尊の神使が白鷺だ。それが東の海から飛んできて、そなたの船で休んでいたと。熱田の神官であろうが、偶然見たようで騒いでおったのだ」


 えーと。それは……。迷信ですよとも言いにくい。エルも驚いている。そこらは知っていたんだろうけど、そういうことは想定していないと思うし。


 迷信が蔓延している時代だからなぁ。得体の知れない噂はいくらでもある。


「吉兆となればいいのですけどねぇ」


 反応に困るな。まあ、こういう噂は過剰反応しないのが個人的には一番だと思う。



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