第1594話・揺れる南部家

Side:久遠一馬


 海祭りをしたばかりだというのにもう桜が咲き始めている。季節と暦が結構ずれるのは太陰暦の欠点だよなぁ。まあ仕方ないけど。


 農作業も進んでいる。春のこの季節は人々の顔もイキイキとしている。


 桜祭りの準備、これは織田家として行なっているのでウチの負担はそれほどない。消費する資金や物資も経済を考えるとちょうどいいくらいだ。


 農務関連は大変らしいけどね。農業改革と南蛮米などの種籾配布を新領地でしているから。


 作付面積は前年比で確実に増えている。細かい領地制を廃止した影響で面倒な地権に配慮しなくてよくなったことも影響は大きい。


 ただ、抵抗するのは武士や寺社ばかりではない。荒れ地ひとつ開拓しただけで『そこを開拓するな。ウチの村の入会地いりあいちだ』とか、『そこの村の田んぼが増えるとウチの村が廃れる』などと文句を言う人は数知れず。


 極論を言うと近隣に新しい村を作るのを嫌がったり、近隣の村の利益になると知ると邪魔をしたりする人が普通にいる。


 あとは新領地では尾張であった問題が同じく出ている。惣村の変化だ。小作人など村の秩序でさえ低い身分の者たちは、村を出るようになりつつある。また、村によっては小競り合い要員として腕っぷしのある傭兵を置いてあるところもあるが、小競り合いすら禁じると彼らの職がなくなる。


 この辺りは現地に派遣している武官・文官・警備兵が対処している。惣村に関しては変わるように命じて指導するしかない。日頃から虐げていたり非道なことをしていたりしない村ならば、農繁期に戻ることで困らないはずなんだ。


 傭兵なんかは警備兵で預かって鍛えて教育している。個人的には警備兵の負担が大きいのと、ろくでなしは警備兵に要らないと思うのだが、現地でそれなりにやっていると報告があるのであまり口を出していない。


「殿、武官衆と水軍衆と警備兵による海上鍛練の報告でございます」


 ああ、合同訓練の報告が届いた。提言や報告が幾つかあるが、要約すると水軍衆の戦に陸の者たちはついていけていない。船も戦略も変わったからなぁ。当然だろう。


 基本、遠距離攻撃による戦であることに変わりはないものの、帆船の特徴を武官や警備兵は理解出来ておらず、上陸戦などは想定すらこれからだ。ウチで仕切らないとこんなものだろう。


 無論、褒める点もある。多少ごたごたしたようだが、戦として使えないレベルじゃない。とはいえ戦術の研究や訓練は引き続き行いたいというのが総論のようだ。


「敵らしい敵はいないからね。現状でここまで考えてくれると助かるよ」


「そうでございますなぁ。されど紀伊の水軍は味方でございませぬ」


 資清さんも気にしている紀伊水軍。争うメリットがあちらにないんだよね。正直、村上水軍相手に瀬戸内で戦うんじゃなければなんとかなりそう。


 水軍衆は敵がどうとかよりウチの海軍に習い改革しているからなぁ。仮想敵より水軍改革で統一まで突き進むつもりのようだ。


 横のつながりによる交流、これはもっと増やす必要がある。全体を見ると皆さんの頑張りもあって日進月歩で変わっているものの、自分の関わっていないところだと理解度が落ちる。


 まあ、これは元の世界でもあったことだ。地道にやるしかない。




Side:石川いしかわ高信たかのぶ


「厳しき戦となるか」


「はっ」


 織田方の様子を直に知らせに参ったが、三戸の殿の顔が険しい。


「あまり公にしておらぬが、糠部下北半島安渡の海陸奥湾の水軍は手酷くやられておる。さらに大浦ばかりではない。あの辺りの者に内応の密使を出したが、言葉を濁すばかり」


 致し方ないことだ。見たこともない黒い大船と共に現れたかの者らは、我らとはまったく違う者らなのだ。まだ雪も残るというのに、大浦城からは連日鉄砲か金色砲の鍛練と思わしき音が響くと噂だ。


 わしとて寝返りが許されるならば寝返ったかもしれぬ。天を揺るがす音が響く大浦城を攻めるは天に逆らうようなものと怯える者もおるとか。


「八戸は何故、あの黒き大船に戦など仕掛けたのでございまするか?」


「蝦夷を久遠が制したことで、蝦夷と上方からの商いを取られたからな。安東と同じ小競り合いのつもりだったのであろう」


 十三湊が事情を知らぬままに安東を助けたのも悪かったが、愚かにもあの者らが動いたせいで、こちらは大浦城を取り戻せる機を失うた。


「これは他言無用ぞ。斯波と織田は尾張・美濃・三河・飛騨・北伊勢・志摩・信濃・駿河・遠江・甲斐の半ばを己が領地としておるそうだ。浪岡家の使者が伊勢北畠家で聞いたそうだ。間違いはあるまい」


「なっ……」


「さらにだ。昨年譲位された院が何故か尾張で年を越しておる。また伊勢北畠、近江六角は同盟を結んでおり、関東の北条も友誼があるとのこと。この戦、勝ってもすんなりと終わらぬ」


 人払いをした殿から聞いた話に我が耳を疑う。蝦夷ばかりではないというのか?


「いかになっておるのでございましょうか?」


「分からぬ。ただ、尾張で決して怒らせてはならぬと噂なのは斯波武衛、織田弾正、久遠内匠頭だそうだ。こちらが勝てば蝦夷と尾張から船と兵が来ることも考えねばならぬ」


 安東がまさかの降伏で出羽北部が織田に飲まれ、高水寺の斯波もまたこちらに味方するはずもない。孤立しておるのは織田ではなくこちらか?


「和睦も考えねばならぬが、それを口に出せば家中が割れる。是非もなしというところよ」


 西のことは上方からの船や旅の者から漏れ伝わるくらいしか知らぬ。使者を出すこともあるが、内情を正しく知ることさえ難しい。


 いかがなっておるのだ? そもそも何故、院は尾張におる。それに公方様は近江におられるはず。近江の六角が斯波と織田とは同盟を結んでおるとなれば、最悪は公方様さえも……。


「浪岡家が動かぬことは良かったのかもしれませぬ」


「であろうな。和睦の仲介くらいはしてくれよう。和睦を結べる程度で戦が終わればな」


 こうなると大勝や大敗はまずい。大勝すると蝦夷と尾張から兵が来る。大敗すると家中がまとめられぬ。されど織田相手に左様な戦は叶うのか?


「織田の戦は我らとは違いまする。物見によれば、鉄砲や金色砲らしきものを多数使うと。我らとの戦で使わぬと思えませぬ。大きな音がする見慣れぬ武器。戦が始まる前に逃げ出す者が出てもおかしゅうございませぬ」


「分かっておるが、退けぬのだ」


 小勢で小競り合いをするか? 駄目だな。それで大浦が攻められたのだ。三戸まで攻めてくるのが目に見えておるわ。


「西は恐ろしき地でございまするな」


「ああ、まったくだ」


 いっそ八戸の者らを前に出すか? いや、奴らもまた三戸の殿を前に出そうとするか。織田の恐ろしさを知るのは奴らも同じ。


 勝てぬまでも大負けせぬ戦をせねばならぬか。



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