第1590話・北の地はまだ……

Side:久遠一馬


 クリッパー船の反響が大きい。新型の船は以前にも貨客船型を出したけど、今回は見た目が違うのと、やはり速度の違うことが理由だと思う。


 現在は六隻ある。尾張と本領で二隻ずつ運用して、残りの二隻は補修などもあるので常時使えない船になる。まあ、あの船もオーバーテクノロジーの秘匿装備があるから、実情は違うんだけどね。


 織田家の皆さんも船の運用を知っているので、そういう体制で運用すると教えておく必要があるんだ。


「殿、是非あの船に乗せていただきたく……」


 工業村職人衆の清兵衛さんが職人衆を代表して嘆願の書状を持参してきた。あそこの職人衆がちゃんとした嘆願書を出すのは結構珍しい。内々に報告があると改善とかしているからね。


「いいけど、少し待ってほしい。あちこちから頼まれていてね。職人衆は船大工衆と一緒でいいかなと思ってる」


「承知しております。にしても御家の技と知恵は凄まじいものでございますなぁ」


「工業村とか造船所と同じだよ。あれこれと試しているんだ。船に関してはウチでは一番重要だからね」


 試行錯誤を常にしている清兵衛さんだからこそ、あの船の凄さを理解しているようだ。本当はすでにある知識から設計しただけなんだけどね。まあ、それでも相応にテストはしてあるけど。


 工業村も独自の進歩をしつつある。強化型大八車なんて典型だ。一部を鉄で補強することで全体の強度と部品の交換頻度を改善した。これには木材より鉄のほうが豊富にあるという尾張の事情もあるけどね。


 クリッパー船については早くも乗りたいという声が届いている。水軍、武官は当然ながら評定衆からもあるね。ああ、お市ちゃんあたりは子供たちも乗せたいと言うだろうなぁ。そこも予定を入れておかないと。


 あと武官からは海戦や上陸戦での訓練がしたいという要望が出ている。この時代でいうならそこまで陸と海を差別化してないからだろう。船酔いもある。いざという時のために人員の選定と訓練をしたいようなんだ。


 こっちでは史実の海兵隊のような、上陸戦や海上での白兵戦を想定した部隊の編制を考えていたんだけどね。ジュリアやセレスと相談して、まずは武官・警備兵・水軍による合同訓練の実施を計画している。


 下手に縦の繋がりで組織が完成する前に、横のつながりを持たせたほうがいいだろうということだ。




「ああ、パメラお帰り。丹波卿はどう?」


「熱心だよ。騒ぎも起こさないし、自ら馴染もうとしているくらいだもん」


 清兵衛さんが下がるとパメラが帰宅した。


 丹波さん。あの人、要領いいんだよね。煩い蔵人がいなくなったことで、上皇陛下の許可を得て医術を学びたいと頼まれたんだよね。


 対価は出せないが、それでもいい範囲で頼むと堂々と言われた時には驚いたくらいだ。その代わり勝手に人に教えないことや、上皇陛下と帝のためだけに使うと明言した。


 その結果、ケティやパメラと相談して教えることになったんだ。


 駿河から来ている公家衆もそうだけど、対価や体裁を気にする前に働いている人もいるんだよね。史実だと江戸時代に公家衆が日光に行く際に金品を強請ったなんて逸話もあるが、実情は千差万別だ。


 ああ、そろそろ庭の畑に植える作物も考えないとなぁ。今年はなにを植えようか。子供たちも楽しみにしているし、毎年やると失敗する時もあるけどやりがいがあるんだよね。




Side:南部晴政


「愚かな、奴らは己らの立場を分かっておるのか?」


 出羽の安東家中に促した寝返りの返事が届いたが、総じて断りのものだった。ここで叩かねば余所者が奥羽の地に根付いてしまうのだぞ。


「こちらが勝てば動くのでございましょうな」


 おのれ。わしを矢面に立たせる気か。八戸もまた勝手に水軍で争い敗れたものの、己らの失態を棚に上げるばかりだ。


「浪岡も本家に義理を欠かせぬと動かぬ様子。日和見でございましょうな」


 かような時にも力を合わせることが出来ぬとは。わしが軽んじられておることを踏まえても情けない限りよ。


 津軽の国人や土豪の寝返りも上手くいかぬ。雪の降る前に塩と雑穀を安価で領内に施したようで、義理が立たぬと口を濁して終わりだ。中にはすでに領地は召し上げとなった故、兵を挙げられぬとすらいう者もおるほど。


 銭があれば良いのか? 強ければなにをしても良いのか? これが奥羽武士の本質か。そこらの土豪や賊と変わらぬではないか。


 石川の所領辺りは、ひとつ先の村とあまりに違うことに不満すらあるとか。いかがすればよいのだ? 織田とて楽ではないはず。今にこちらと同じように戻すはずとは思うが。


 ともあれ戦支度をせねばならぬか。おのれ。あとで後悔させてやるわ。




Side:浪岡具統


 積もった雪の如く、春が訪れて消えてしまえばいかに楽かと考えてしまう。西から脅かされるばかりではなく蝦夷からも脅かされるとはの。


 まあ、愚痴を言うても仕方あるまいがな。


「御所様、では動かれぬと」


「動いていかがするのだ? 本家の面目を潰し、南部より先にこちらに攻め寄せてくればいかがする」


 南部からは織田に兵を挙げるべく助力をと求められておる。無論のことあちらにも義理はあるが、本家が斯波と織田と強固な同盟を築いておるとなれば、面目を潰せば双方から恨まれる。


 さらにこちらを敵に回さぬようにと入念に根回しもされておる。ここで南部に味方すればわしが卑怯者にされてしまうわ。


「されど、織田に降れとはあまりに……」


「誰かが口に出して言わねば降れぬやもしれぬという温情であろう。力の差が歴然としておるのは民でも分かっておるわ」


 送った使者は、本家から場合によっては織田に降ることも考えよと諭された。それに怒る者もおるが、あまりに相手が悪い。


 現にあれこれと配慮を受け、贈り物をもらうが返礼に悩むほどじゃ。さらに噂の黒い大船は尾張や久遠の本領にはまだまだあるとか。本家を敵に回して院が年越しをされておるほどの斯波を敵に回せるわけがなかろう。


「南部には領内を通ることは認める。織田にもそれは先に言うておく。これで良かろう。義理があり我らでは通るなとは言えぬとな」


 いずれか勝ったほうに従う。それでいい。双方によい和議でもあれば仲介したいところじゃが、一戦交えずに南部は収まるまい。


 出来れば織田に貸しを作りたいところじゃが、すでに安東は降り、縁ある南部相手ではそれも出来ぬ。日和見に見えるであろうな。とはいえ、それしか手がないわ。


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