第1579話・投資の波紋
Side:久遠一馬
あちこちから投資に関連して、地元の開発はあり得るのかという問い合わせがある。
街道整備、治水、新田開発、河川に橋を架けるなどなど。城と領地を中心にした統治が過去のものとなったところでは、開発をして豊かにしたいという考えも出ているようだ。
下手に開発をすると攻められると考えていた頃と比べると大きな変化だ。
現状で各地にある武士の居城は織田家に返上して代金を褒美として受け取ったところもあるけど、それまでの武士が住んでいるところもまだ多い。ウチの牧場村のように税を納める側となるなら居城の維持はさほど問題じゃないからね。
そもそも城と言っても天守なんてない時代だ。館か砦といったほうがイメージしやすいだろう。地域の中核となるところは織田家により補助も出ている。その代わり蔵などには織田家の米や雑穀を保管しておくんだ。
その場合、地域に対する影響力は残る。元領地の代官をしている人も多いし。
地元の名士。元の世界でいうならそんな存在に近くなりつつある。陳情なんかは目安箱や寺社を通して上がってくることもあるけど、地元の武士からもあるんだ。
結果としてみんなで領地の開発を考えるきっかけとなった。極論を言うと、そういった末端の声が上がるだけでもこちらとしては大歓迎だ。
中には寺社の建て替えなどもあるね。これも投資次第で賦役として行える。
さて今日は、上皇陛下との昼食会だ。定例評定があったので評定衆と一緒に昼食を摂ることになった。
織田家と上皇陛下の関係もだいぶ落ち着いた。年始の宴と烏賊のぼり大会をお忍びでご覧いただいたことで、これからは無理難題を言われないと理解したんだろう。山科さんが多くの者と積極的に話をしていた。完全にあの人の手柄だ。
「今年の烏賊のぼり大会は盛り上がりましたな」
「左様、民も知恵を絞っておるわ」
ふと話題は烏賊のぼり大会のこととなった。織田家の威信とか言わないけど、やはり盛り上がるとみんなで喜ぶ。いい循環になりつつあるなと思う。
「何故、この地は変われたのであろうか?」
皆さんの楽しげな様子をご覧になりながら食事をしていた上皇陛下が口を開いた。誰かに問うというよりは疑問を口にしただけという感じだが。
実は上皇陛下、新年の大評定を隣室でこっそりとご覧になっておられた。以前、雑談交じりに朝廷の朝議とどう違うのかと問われたものの、こちらとしては朝議の様子が分からず答えられなかったんだよね。それもあって山科さんと相談した結果、密かにご覧いただいたんだ。
他には織田家と他の武士の違いも気になるようだけど、それも一概に言えないしね。知的好奇心としての素朴なご質問だったけど、答えるのが難しいことも多い。
「尾張には久遠がおります。それが一番の理由かと。自らの知恵を教え、皆で利を得られるようにと差配しておりまする故に」
答えたのは義統さんだ。他に答えようがないのかもしれない。
「それを皆で支え、力を合わせる。かようなことがまことに出来るとはな」
不思議なのだろう。そんなご様子だ。実際、ひとりやふたりの偉人クラスが出ても世の中が大きく変わるのは無理だ。ウチはいろいろと違うからね。
共に考え力を合わせる。上皇陛下もその輪に加わりたいのかもしれない。少なくとも同席している皆さんはそう見ただろう。
朝廷は決して融通の利かないところではない。そう言いたいように見えるのは気のせいだろうか?
その後も上皇陛下は楽しげに食事をされて、この日の食事会は終わった。単純に大人数で食事するのが楽しいようにもお見受けする。
一方の評定衆はこういう場に慣れつつあるね。ただ、上皇陛下のお立場に同情的な人もいる。こちらが思う以上に自由がない。それを察しているんだ。
このまま、いい関係を構築していければいいんだけど。道のりは長そうだなぁ。
Side:北畠具教
「『投資』でございますか。されど、あれは織田の地の話……」
大湊会合衆から内々ではあるが、北畠でも織田の投資と同じような手法で大湊内の湊を整えられぬかと嘆願があった。誰が先にこの件で動くかと思えば、やはり大湊か。織田に、いや一馬に従っておったのはあちらが先。一日の長があるということか。
わけが分からぬと言いたげな顔をしておる重臣らに、ため息が出そうになる。父上のおらぬ今、左様な顔をするわけにはいかぬ。
それに厳密にいえば臣従はしたが、大湊の差配すべてを召し上げたわけではない。重臣からすると、大湊のことなのだから勝手に己らの銭でやればいいと考えるのも分かるのだ。
だが、それでは駄目だと大湊は気づいておる。わしに名目を与え、領内を整えるのは北畠の名で行わねばならぬと承知しておるのだ。織田の治世が今後当たり前となると察しておるわ。
「良いではありませぬか。あまり勝手をすると困るのも事実。こちらの面目を考えてのこと。とはいえ我らには湊のことは分からぬ。御所様、尾張に縄張りといかほど掛かるか問うてから返答してはいかがでございましょう」
さて、いかがするかと見守っておると、鳥屋尾石見守が察して話をまとめた。この男も大湊代官をしておったことで織田をよく知る男のひとりか。やはり織田を知る者は違うということだな。
「そうだな。尾張に書状を出しておく」
蟹江を見ると大湊が言うのも分かるのだ。恵比寿船が着岸して乗り降り出来る蟹江は、他の湊とまるで違う。近隣の海沿いは織田の治める地ばかりだ。大湊としては出遅れたくはないのであろう。
湊と街道、一馬がもっとも力を入れておるところだ。遅かれ早かれやらねばならぬことは確かだからな。
ただ、面白いものだなと思う。公界として長きに亘り己らの思うままに治めておった町であるというのに、公界を放棄した今になって湊を整えたいと願い、己らで銭を用立てると言うのだからな。
北畠としても銭を出さねばならぬが、これは好機と見るべきか。
謀叛を起こされたくなければ、左様な政と体制を整えるべきだと一馬が公方様に言うたとか。正にこれこそ久遠の政であろう。国としてひとつとなり、銭のある者が銭を出すことで国が富む。
まさか北畠の地で動くとは思わなんだがな。一馬には礼を言わねばならぬわ。
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