第1580話・海には海の苦労がある

Side:久遠一馬


 歴史、元の世界を知ると、やはりなと思うような問題が起きる。史実の歴史はすでに大きく変わっているものの、統治や政治という意味では今でも大きなアドバンテージとなっている。


 もっとも答えを知っていても、その対処をオレたちで完全にしてしまうのは良くない。また、問題を事前に潰すこともだ。


 ひとつひとつ、みんなと共に歩んでいき、少しだけ方向性を示す。それがオレたちのやり方になる。ただ、それでも悩むことはある。


「城はあったほうがいいか」


 志摩に属する答志島の一件もそうだ。家中に広く意見を聞いていると、やはり城などの防備を整えるべきだという意見が多い。


 仮想敵国をどこにするか。またどういうドクトリンで水軍と海軍を整えるか。これに関してはようやくみんなで考え始めた段階だ。


「脅威となりうる相手はいないのよねぇ」


 メルティが苦笑いを見せた。こちらから畿内に攻めるならまた話が変わるが、伊勢や志摩以東の防衛として考えるなら城の実用性に疑問符が付く。制海権がある地域で籠城というのはあまり考えられない。


 ただ、この件はもう畿内を意識した提言なんだよね。対畿内の抑止力としては費用対効果も悪くない。実際、東山道の領境である関ヶ原城は、戦で使うことはもうないかもしれないけど、あの地にあれだけの城があるという抑止力の影響は今も大きいからね。


「水軍は他にもやることあるんだけどね」


 水軍と一言でいっても違いはある。元佐治水軍だった者たちを筆頭にした古参は、すでに実力重視に変化しつつある。家柄も多少考慮するものの船長クラスは実力で選んでいる。


 ところがだ。伊勢志摩や東三河以東は未だに家や一族単位で動きたがる。無論、元から水軍で生きていた者たちなのでノウハウもあるし実力もある。


 まあ、沿岸水軍として地元で案内や輸送をするなら使えるしね。そういう使い方をしているものの、家柄や血筋に見合う扱いをしないと不満を抱える。さらに有能な人がいて抜擢しようとしても出来ないことがあるんだ。


 今のところは佐治さんが上手くやっているけど、長い目で見ると蟹江の水軍学校で人を育てた方が早いのではと個人的には思うところもある。


 あまりに合わないところは陸に上がれと追い出したらしいし。


 そもそも久遠船にしても、勝手に余所者に見せたり技術を流出させたりした場合は一族郎党すべて厳罰だと事前に言ってある。家柄や血筋、面目だけで貴重な船を欲しがるなんて一番困る。沿岸警備と輸送なら既存の船で十分だというのにさ。


 水軍学校ではすでに専門的な教育をしていると聞いている。指揮官や操船する水夫では学ぶべきことが違うからだ。あと水兵というか、海上戦闘を目的にした人も育てている。


 今後、主力は水軍学校出身者に変わっていくだろう。それまでの辛抱なんだけど。


 正直なところ、大規模海戦を想定するとウチと元佐治水軍くらいしか主力としては考えていない。後方支援や輸送など主力以外の任務には期待しているけどね。


「志摩の水軍衆。あまり仲がよろしくないとか」


 いろいろ言いたいことがあるものの飲み込んでいると、資清さんが察して懸念を口にした。そう、あそこの水軍は良く言えばライバル。悪く言うと疑心と憎しみで仲が悪い。史実でも九鬼家が志摩の所領を失ったしね。歴史にない火種があるようなんだ。


 そういう意味では、まだ今川方だった水軍衆のほうが大人しい。


 ウチはね。もうそんなことに首を突っ込むような立場じゃないんだけど。忍び衆や水軍衆、それと船大工衆などから情報は入る。


「バラバラだった者たちをひとつにしてまとめる。時が必要ね」


 メルティの言葉通りだろう。


「御家の者が従えると大人しゅうございますからなぁ」


 そう。いろいろ問題点を挙げたが、佐治さんやウチで管理してやる分にはきちんと従う。ある意味、力関係で上下がきっちりしているとおかしなことはしないんだ。内心で不満を抱えてもね。


 おかげでリーファと雪乃は尾張に来るたびに水軍の指導をしている。鼻っ柱を折ってやると、あとは佐治さんが上手く使っていくんだ。


 これはもう仕方ないことだろうね。大きな組織に従うという経験がないんだ。向こうも知らない世界で頑張っているとも言える。


 相手がどんな人でも上手く使ってこそ将と言えるだろう。そういう意味では佐治さんは凄いなと思う。




Side:答志島の水軍衆


「おのれ、鄙者が増長しおって」


 またか。案内料が高いと騒ぎ、二言目には鄙者だ東夷だとこちらを愚弄する。


「嫌なら帰れ。これより東は我らの海。畿内の船なんぞ要らぬわ」


 昔からあることだ。畿内者は常にこちらを見下し、値切ろうとする。かつては畿内からの船が運ぶ荷が届かぬと困るということで、こちらは強く出られなんだ。それが今では来ずともよいと言えるようになった。


「ぐぬぬ。覚えておれ!!」


 こちらが鉄砲をすでに構えてあることで騒ぐ以上のことは出来ぬのだ。答志島に連れていって荷を検めて税のぶんだけいただくことになる。


「あれでも尾張に行くと頭を下げるんだからな。畿内者など信じるに値せぬ」


「久遠様を怒らせた堺も畿内。今でも久遠様はお会いにもならぬと聞く。嫌気が差したんだろう」


 我らとて決して褒められた生き方をしておらぬが、こちらは命じられたことをせねばならぬのだ。それを下っ端だからと強気に出て脅す畿内者は、ここらの水軍衆では嫌われておる。


 欲しいのは久遠様の荷だろう。ところが久遠様は畿内者にお会いになられぬ。堺が散々尾張の邪魔をしたからな。お忙しいのに会われるはずがない。


「畿内者など来ずともいい。オレたちは織田様に従うて生きていける。魚と鯨でも獲っているほうがいい」


 尾張から大湊に荷を運ぶ仕事ならいくらでもある。さらにこの地は魚や鯨も穫れる。やつらの相手などしたくもない。


「清洲や蟹江のお城とまでは言わねえけど、やつらがなにも言えなくなるような城がほしいなぁ」


「上申したんだろ? 造ってもらえるだろ」


 答志島は湊に蔵や町は立派だが、防備が心許ないことで畿内者が大きな顔をするんだ。こんなところすぐに攻め落としてやると豪語する奴までいる。久遠様の船なんて見たことない奴に限ってそんなこと言うんだ。


 船はすでにこっちのほうが立派だからな。それがまた面白くねえんだろうけど。


 ほんと、嫌になるよなぁ。




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