第1576話・正月の動き

Side:久遠一馬


 清洲城では新制度の説明会などを開いている。毎年のように制度と体制が変わっていく現状では概要を覚えるだけで精いっぱいという人も多い。


 制度の穴や盲点を突くのは当然で、そういった対策も含めて幾分細かく規定や分国法があるせいでもあるけど。


 松の内は明けていないものの、すでに賦役は再開されており、清洲城も事実上の仕事が始まっていると言えるだろう。


 正月といえばウチの家臣や忍び衆にいる甲賀出身者。もうほとんど里帰りする人がいなくなった。尾張に来て年月が過ぎていることもある。墓参りなどで戻ることはあるようだけど、正月は尾張で過ごす人がほとんどだ。


「信濃の本家から惣領を譲りたいという申し出がございました」


「そうか」


 望月さんの報告はある意味、当然のことなんだろうね。本人は特別喜んではいないものの、そろそろ頃合いなんだろう。信濃望月家、厳密に言えば小笠原家家臣となっている。信秀さんが国人レベルを直臣にしていないからだ。


 ただ、ウチと尾張望月家が大きく力があり過ぎることで立場が微妙でもある。特にウルザたちが信濃にいることもあって信頼出来る人員として彼らを使っているからなぁ。


「小笠原殿にはオレから話を通しておくよ」


「お願い致しまする」


 断るというのは無理なことだ。恥を忍んで頭を下げた本家を要らないとは言えない。今度は望月さんの風評にも影響する。まあ、大した問題はないだろう。信濃望月家でも小笠原家に根回しをしているだろうからね。あとはオレからも話をする必要があるけど。


「元惣領殿が当家におりますからな」


 資清さんが珍しく苦笑いを見せた。


 信濃望月家の元惣領であった信雅さんは以前にウチの家臣となっているんだよね。現在はウルザとヒルザに付けていて信濃で働いてくれている。特に抜きん出た人ではないけど、真面目に働いていると報告を受けている。


 信雅さん臣従以降、信濃望月家から多くの人がこちらに来た。次男三男などが中心だったが、食えないことや先行きを危ぶんだ結果だ。


 正直、すでに武士の数もこちらのほうが多く、尾張望月家の規模だと吸収してもおかしくはない。むしろ遅いくらいだろう。


 ほとんどウチと望月さんへの配慮で扱われているからなぁ。もう面目とかいう段階ではない。


「当面は現状維持かな。ウルザとヒルザが信濃を離れる時、どうするか決めないといけないけど」


 信濃代官。現状でウルザなんだよね。小笠原長時さんは礼法指南で忙しくて信濃に帰る暇なんてないし。ただ、当然ながらあそこをずっとウチで代官をしているつもりはない。


「織田家中だと時折聞くことでございますがなぁ。正直、喜んでよいのやらなにやら」


 まあ、割と聞く話だ。一番多いのは三河か。松平家なんかはバラバラだった一族を宗家の下でまとめた。これも大変だったと聞いている。広忠さんが武功や先見性があって織田に臣従をしたならいいけど、ほぼ今川と織田の争いの流れでの臣従だからね。


 あと最近では、織田と今川で家や一族で分けた家などの和解の話が出ている。今川と血縁ある前当主を追放して織田に臣従をした鵜殿家などもそうで、前当主と分家筋の和解をさせたいと今川方と調整している。


 因縁や血縁、力関係。そこらで仲が悪い一族や一門だっている。オレはこの手の話にあまり関わっていないものの、ウチではシンディが頼まれて仲介することは割とある。


 力関係で従えてもいいけど、なるべくなら恨みや因縁を残したくないので相応に気を使って動かなくてはならない。一番大変なのは長年斯波と織田と争っていた今川だけどね。


 正月というおめでたい時にこういう話が進むのもまあよくあることなんだろう。




Side:武田晴信


 甲斐から遥々穴山と小山田の使者が新年の挨拶に来た。もう家臣でも同盟相手でもないのだがな。とはいえ、なにをしに来たとまで言えばさすがに言い過ぎか。


 勝手にしろと幾度も冷たくあしらったが、それでも使者を寄越す。身延山久遠寺が織田の荷を運んで働くことや、関税を取らぬことなどで寺領と織田領の暮らしの違いをなるべくなくそうと努めておるからな。出遅れたこやつらは焦っておるのであろう。


 己らの領地を久遠寺の坊主が荷を運ぶことで税も取れず、多くの荷が運ばれるのを見ておるしか出来ぬことに織田の恐ろしさをようやく知ったか。


「よう参られたな。いろいろ思うところはあろうが、正月だ。今日くらいは気が滅入る話はせずとも良かろう」


 悲壮なまでの使者に少し哀れになる。正月の祝いくらいはしてやることにした。


 硝子の盃に透き通る金色酒を見た使者どもは、恐れおののくように口を付ける。甲斐とて穴山と小山田では相応の正月を迎えておろう。とはいえ尾張は比べるのも空しいほど違うのだ。


 織田の大殿は今のままで良いと直臣での臣従をお許しになられぬ。甲斐の守護であるわしが面倒みろと捨て置くくらいだ。その守護職も公方様に返上を申し出ておるがな。しかるべき時が来れば武衛様が甲斐守護となろう。


 こやつらとてそれを承知なのだ。故にわしに許しを請うしか出来ぬ。信濃諏訪家の扱いが甲斐に与えた影響が大きいのだ。


 まさか意地だけで戦を仕掛けるわけにもいかぬしな。織田相手にそれをやると、当主ばかりか主立った家臣とその一族まで罰を受けるのだ。


 こやつらを迎えての宴は皆で遠慮せず楽しむことにした。尾張にいる皆はなんの憂いもなく暮らしており、日々を楽しむ余裕さえある。武田家としても表立って軽んじられることはない。


 もうしばし追い詰めてやれば当主が自ら降りたいと来るであろう。まだ使者を出しておることで面目を気にしておるようだがな。左様なことをしておるから捨て置いたのだということを理解しておらぬ。


 わしを隠居させ追放しようとした者らだ。せいぜい苦しむがいい。家と一族は助けるが、裏切った者を信じるなどありえぬ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る