第1575話・大評定

Side:久遠一馬


 年始の大評定。これも恒例となりつつある。年始の宴と大評定があることで、信秀さんの直臣は役目で参加出来ない人を除いて参加している。


 織田家において世襲は家禄のみを基本としているので、中堅以下の役職はすでに配置換えを行なっている。それらの人事異動もこの大評定の後にあることから、注目が集まっていることもある。


 今年は新領地である駿河・遠江・甲斐の三ヵ国に対する人選が発表される。代官は甲斐が武田家、駿河と遠江は今川という守護家による継承となっているものの、その部下は織田家から派遣された人になる。


 今のところ上手くいっている。義統さん、信秀さんを中心にオレたちが支えていることもあるし、世襲という段階が発生していないこともあってね。


 あと今年の変更点についてだが、財務総奉行の下に『保険部門』を新設する。保険といっても最初に取り扱うのは船舶の保険だ。増える水運と海運の影響もあって、船舶の事故が増えるようになっているためだ。


 掛け金を払うことで、船の沈没があった際には一定の保険金が下りる仕組みになる。


 ただ、これも悪用する人がいるのは元の世界でもあったことだ。関連する分国法の制定と大湊を傘下に収めている北畠家との調整もあった。現状だと織田と北畠の船に適用される保険制度になる。


 次に軍務総奉行の配下に教導奉行を新設、教導とはいわゆる軍事関連を指導する部署になる。今でも熟練者や武芸・兵法に秀でた人たちが教えているものの、すでに織田家の軍事ドクトリンは旧来の戦と様変わりしている。


 その結果、指導関連も組織化が必要ということになったんだ。教導奉行はジュリアが指南役から横滑りした。指南役という役職は廃止となる。


 この教導部門は初陣も管理する部署になる。これから毎年ウチが初陣の相手をするのも大変なので、教導隊で初陣組の指導から武芸大会での相手をどうするかなど検討することになる。


 次に蟹江迎賓館の管理、これ決まっていなかったんだけど。外務でやることになった。総奉行というかトップは義統さんだ。もともと他国との外交は守護の仕事だしね。現状では配下に姉小路さんとか京極さんなど外交で活躍する人がいるけど、外交施設の維持管理と企画立案も外務担当となる。あと京の都の武衛陣も外務配下となる。


 次にオレの担当する商務に関しても新規部門を設ける。『投資部門』だ。武士、寺社、商人。変わりつつある織田領において一気に裕福になる人も中にはいる。


 使い道がない場合は貯めるか、とりあえず寺社に寄進しておくかという人もいるけどね。少しでもお金を回すために投資ということを始めることにしたんだ。


 リターンは銭ではなく品物にする。貴重な品や高価な品。お金の有無で発言権となるのは現時点では避けたいので、あくまでも織田家に対する投資だ。投資先は選べるようにする。河川整備、港整備、街道整備から軍事、船など。個別に地域も選択肢を用意する。


 投資することで開発が加速すれば、それによって利を得られる人も参加するだろう。さらに地元に投資することでそこが発展するとなると、寺社なども参加してくれるはずだ。


 無論、現状でそこまで領内の経済が停滞しているわけではない。あくまで将来に向けた体制構築の一環だ。正直、今は領外の悪銭鐚銭や流通経済が足を引っ張っているほうが問題なんだけど。


 北畠・六角・北条。ここが友好地域として頑張ってくれているから、争いになっていないけどね。はっきり言うと格差は深刻だ。


 やるべきことは相変わらず多い。




Side:今川義元


 広間に揃う武士を見ておると、かつて都にて守護が世を治めていた頃は、かような様子だったのかと思わせる。


 駿河・遠江・三河半国。これだけでも治めるのは苦労をした。織田もまた苦労をしておるのはわしも存じておる。


「これは今川殿」


「ああ、武田殿か」


 立場も役職もほぼ同じ故、隣は武田殿か。先代の無人斎殿の仲介もあって話せる程度に落ち着いた。まあ、同盟相手だった武田と手切れとしたのはこちらだ。恨まれておるのやもしれぬがな。


「領内のこと、ご苦労をされておったようでございますな。わしは領内をまとめられなんだことで羨む限りだ」


「まとめたことが良いのか。捨て置いたことが良いのか。僅かばかりの面目を保てたものの、臣従は出遅れたとも言える。この先、自ら兵を挙げることがない以上、いずれが良かったのか。わしにも分からぬわ」


 東国一の卑怯者とも日ノ本一の卑怯者とも蔑まれた苦しさはあるか。されど、領内をまとめたことが果たして良かったのか。今になると悩むわ。


「あまり違いはないのかもしれませぬ。こちらとて小山田や穴山が泣きついてきておる。穴山など今川家と当家を上手く渡るつもりが、双方から要らぬと言われたことが堪えたようでな。されど絶縁までは出来ぬ」


 確かに。大差ないのかもしれぬ。織田は各々の武士に領地と兵を持たせることを止めさせた。謀叛の起こらぬ政。それだけでも感服する。


 久遠の知恵というならばそれまでじゃが、それを加味してもここでは新しきことを日々試しておる。戦で勝ち、土地を治めるという我らとは違う政。勝ち負けで勝敗を決められぬ相手がおるとはな。


 雪斎がおらねば、今川などいかがなっておったのか。織田との戦に敗れ、武田にも攻められておったのやもしれぬ。落ち延びる先は北条か? 河東の一件で因縁はあるものの血縁もある。無下にもするまい。


 その北条とて織田には勝てぬ。当人らも承知のことのようじゃがの。結局、回り道をして武衛様と大殿に頭を下げたはず。


 早いか遅いか。所詮は僅かな差でしかあるまい。


 左様な話をしておると、大殿と武衛様が御成りになることで頭を下げる。


 もう慣れたな。今川家のため、わが師である雪斎のため。いずれにせよ、わしの身分では誰かに頭は下げねばならぬ身だ。そう思えば済む話よ。


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