第1574話・烏賊のぼり大会を見て

Side:久遠一馬


 烏賊のぼり。元の世界流に言えばたこ。これも変化している。描かれている文字や絵は年々多様化していて、形も変わりつつある。


「うふふ、学校でね。いろんな烏賊のぼりを作って試しているのよ」


 犯人はギーゼラだ。まあ犯人という言い方は冗談だけどね。試行錯誤という教育の一環でもあるみたい。


 奴凧やっこたこや鳥の形をしたものに角を丸くしたものや連凧もある。面白いのだと糸を複数張って、飛ばすのみならず動かす凧もあるようだ。素材や形が違うものの概念はスポーツカイトだろう。


「おっきい!!」


「おふねだ!」


 子供たちが一段と喜んだのは大凧だ。しかも写実的なウチの船の絵が描かれている。誰が揚げたんだろうと思ったら職人衆だった。工業村職人衆と船大工衆が合同で揚げているみたい。


「ほんとに凄いなぁ」


 忙しいはずなんだけどなぁ。職人のトップ集団だから技術もあるし、資金もあるからなぁ。絵を描いたのは慶次のようだ。


 お金を貯めるという認識あんまりないんだよね。職人って。なのでお祭りとかに使ったり学校や病院とか寺社に寄進したりする。


 付近を見渡すと烏賊のぼりを売っている人や、飛ばし方の指南をするという商売をしている人も多い。人気なのはひとりで揚げられるくらいの手頃なサイズのもののようだ。


 この場で購入して揚げられることから、今年は本当に数が多い。


 元の世界だと生でこういう光景は見たことがなかったなぁ。建物の高層化や電線もあった。それに下手なところに落とすと大事になるし。


 まあ、文化娯楽遊び。それらはその時代に合ったものが流行して普及するのだろう。インターネットもテレビもないこの時代だと、こういう遊びが流行るんだと思う。


 あちこちに見知った顔も多い。子供が生まれた人もいるね。滅多に会わない子だと見るたびに成長したなと思うほどだ。


 奪い合う生き方から変わりつつある人が増えている。決して満足していいものではないけど、それでも人の知恵と力の可能性を教えてくれる。


 今年は穏やかでいい年になるといいな。




Side:山科言継


 空に揚がる烏賊のぼりに夏の花火を思い出す。烏賊のぼりは都にもあるものなれど、形や絵柄はこちらのほうが様々あり見ておるだけでも面白きものじゃ。


「尾張は空を制しておるようだ」


 院もまた同じことを思われたのか。見上げつつ笑みをこぼされた。


「この烏賊のぼり大会は尾張者が考えたのだとか。武士もなかなか励んでおりまする」


 驚くべきは、久遠家が考えた祭りでないということであろう。尾張者が久遠に学んだことを生かして己らで考えたのじゃ。


「ほう。やはりこの地の者は違うか」


 尾張は久遠がおるからこそ変わりつつあるというのも事実なれど、武士や僧侶に商人もまた励んでおる。正直、羨んでしまうわ。


 富める者、力ある者を廃することもなく疑うこともない。力を合わせて学び変わる。まことにこの国は吾らの先をゆく。


 先程は内匠頭と妻子の姿を見かけた。院はその姿を見守るようにしばしご覧になられると、静かに場を変えられた。なにもお言葉はなかったものの、妻子をなにより大切にする内匠頭に気を使わせたくなかったのであろう。


 妻が多いが、本領を離れておることで皆が会えるのは正月だけだという。院からは松の内が明けるまでは内匠頭を召し出さずともよいとわざわざお言葉があったほど。


 子が生まれた際に妻子と会うなと、蔵人らが命じたことに責めを感じておられるのやもしれぬ。


「人はかように笑うのだな」


 お忍びということで院に気付かぬ民も多い。警護の者や女官はおるが、目立たぬようにせよとの命があったことで、いずこかの貴人であろうというくらいにしか見えぬはずだ。


 御前で嬉しそうに空を見上げる者らを直にご覧になられたことで、院は滅多に見せぬほどお喜びのようじゃ。


 民が屈託のない姿で笑う様子を院がご覧になられたのは、尾張に来てからであろう。長きに渡り祈り続けたことが、かような形で実を結んだ。そう思われたのやもしれぬ。




Side:大浦為則


 わしはあまり体が強うないのだが、少し無理をして尾張に参った。他の臣従をする者は当主が参るというのに、わしだけ来ぬとなると懸念が残る。


 幸い、お方様から頂いておる薬を飲んで以降は、幾分と楽になったからな。


「雪が降らぬとはいえ……」


 家臣らが唖然としておる。織田や久遠が豊かなのは理解する。されど、民が貴重な紙を使うて烏賊のぼりを揚げるなど奥羽では無理なこと。


 織田は民を富ませることで武士がより富むのだと、尾張から奥羽に来ておった者が言うていたが、まことであったか。


 世迷い言をという声が密かにあったのだがな。


 そこらで烏賊のぼりや酒、奥羽では見ぬような物売りがおる。民がそれを買うておるのだ。西は豊かであるとは聞いてはおったものの、ここまで違うのだなと見せつけられたわ。


 三戸の殿はいかがされるのであろうか。致し方なかったとはいえ、敵となるのは本意ではない。久慈の本家は怒っておろうな。


「殿、いかがでございましょう」


「なんじゃこれは?」


「はっ、甘酒と饅頭でございまする。そこの物売りから買いました」


 ふと気づくと家臣が物売りから買うておったわ。いかほどかと聞くと安い。おかしなものでも入っておるまいかと案じたくなるが、尾張者が食うておるのを見て要らぬ懸念だと理解した。


「ああ、美味いな」


 かようなものを民が食うのか? 甘酒と甘い饅頭だ。味も確かで、いずこに出しても恥ずかしゅうないものぞ。


 家臣らは初めての祭りに戸惑うどころか喜んでおるわ。三戸の殿への義理も久慈の本家への申し訳なさも、わしのもので家臣はあまり関わりのないことだからか。


 とはいえ意地を張れば討ち死にしておった。逃げても果たしていかな扱いをされておったのやら。三戸の殿と本家への義理は戦の後に助命嘆願でもするしかあるまいな。


 意図したものではないが、敵味方に分かれて家を残すことはあると聞いたことがある。少なくとも織田の大殿には奥羽の者を根絶やしにする気もなければ、因縁があるわけでもない。それどころか因縁ある今川家を召し抱えたほど。


 お方様と内匠頭様は、信義さえ持てば寛容で命を粗末にする者を嫌うことはあっても奪うことはないという。


 織田家と久遠家と南部家と久慈家をうまく取り持てるとよいのだがな。




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