第1567話・御前新年会

Side:久遠一馬


 二日のこの日は恒例である年始の宴となる。今年は上皇陛下のご臨席を賜ることで準備も時間を掛けて入念に行った。


 出席者も信秀さんの直臣は、ほぼ全員揃っていると思う。一部体調が優れない者は名代が来ているようだけど。


 斯波と織田の本城である清洲城にて、上皇陛下を迎えて年始の宴をする。これが物語ならば、まるで統一した後のような権勢に見えるのかもしれないと思うと少し可笑しく感じる。


 宴に関して上皇陛下の望みはシンプルだ。例年通りでいい。ありのままの宴に参加したい。突き詰めるとそれに尽きるようだ。


 いつもは賑やかな広間も、この日は少し緊張感がある。無位無官の者たちの宴に出る。これも普通ならばあり得ないことだろう。オレは上から数えたほうが早い席次だ。


 ちなみに今年も男衆と女衆の宴が別々にある。まあ、ここ数年はこの形であることで今年も同じようにした。武芸大会や花火大会の宴などは一緒にする時もあるけど、年始の宴はなによりも参加人数が多いんだよね。


 あと分けたほうが楽しめるのではないかという意見もちらほらとある。この時代の奥方、主に正室は経済的にも自立している場合が多いからね。それに女衆の宴は評判がいいんだ。


 例年では男衆の宴に出ているのは役職がある女性だ。つまりエルたちになる。土田御前は双方掛け持ちで、途中でこちらに顔を出していたね。


 実は上皇陛下のご臨席を賜るに際して、エルたちをどうするかと少し評定でも議論があったんだよね。はっきり言うと、オレたちはどちらでもいいんだけど。


 ただまあ、例年通りという要望なら参加するべきだろうけど、評定衆はむしろ今回は控えたほうがエルたちも気が楽なのではないかという意見があった。


 少しぶっちゃけると、名誉があるから出たいとは思っていないのを察している人が結構いる。評定衆として今回は男だけでと決めると角が立たないし、ウチも楽になると理解して動いてくれた人がいる。


 結果から言うと出ることにした。これは政治的な判断と言っていい。内裏でも京の都でもない尾張の地であるものの、上皇陛下のご臨席の宴で女性が正式に出席するという前例はあったほうがいいということだ。


 武芸大会の打ち上げでも同席していたことも決め手になったけどね。


 あとそれに伴って、今年は土田御前や義統さんのご正室とか、それなりの身分の女衆は男衆の宴に出ている。エルたちだけ出て目立つことで、後で問題が起きないようにと土田御前が動いてくれたんだ。


「面を上げよ」


 義統さん以下、みんな揃ったところで上皇陛下の御成りとなった。蔵人の代わりは山科さんだ。


「かような争いのない国で新年を迎えられたこと喜ばしく思う。尾張、美濃、三河、伊勢、志摩、飛騨、遠江、駿河、信濃、甲斐。それと奥羽であったか。これからも武衛と弾正と共に、争いのない国のため励むことを願う」


 異例の宴だ。最初にお言葉を賜ることになっていたんだけど、その内容は聞いていない。正直、驚かされた。


「ささ、宴じゃ。院は尾張の流儀でよいと仰せである。皆と共に宴を楽しまれる。常と変わらぬ宴でよいぞ」


 しんと静まり返った中でのお言葉だ。人数の関係から席が遠い人もいるけど、ちゃんと聞こえたかな?


 その言葉に周囲が飲まれているのが分かる。ただ、山科さんはすかさず宴にするべしと声を張って盛り上げると、同席している公家衆が酒を飲み始める。その様子に武士の皆さんもいいのかとお酒や料理に箸を付けた。


 元駿河在住の公家衆。ほんと上皇陛下が来られて以降、助けられている。上皇陛下のお相手をしつつ、こちらと橋渡しをしたり行動を以て加減を示してくれたりするんだ。


 まあ、彼らも自分たちの生きる場所をつくるのに必死なんだろうけどね。


 現在も今川家の客分であることに変わりはない。とはいえ織田家でもバックアップはしている。


 ちなみに彼ら、蔵人の暴走とも言えることを我関せずと聞き流していた。ちょっと話をしたけど、騒ぐ以上のことは出来ないからと言っていたね。




Side:安東愛季


 確かに奥羽と聞こえた。院は我らが織田に降り参じたことをご存知なのか!?


「意地を張らずにようございましたな」


「まったくだ。面目も立たぬくらい負けたままでは降れぬと悩んだものだ」


 席次が近い蝦夷衆は安堵した様子で酒を酌み交わしておる。隣の蠣崎殿や大浦殿も同じか。院の御臨席を賜る宴に出られるなど聞いておらぬわ。


「皆、同じか」


「左様かと。家中には戦わずして降った者も多いとのこと。某など一戦交えて降ったと言うと、『羨ましい』と言われましたぞ。もっとも『久遠殿相手によく生き残れたな』とも言われましたがな」


 少し興味深い話を聞かせてくれたのは蠣崎殿か。確かに小競り合い程度はしておったようだが、敗れたと言えるだけ戦った者は多くないと聞き及ぶ。


 確かに羨ましいと思うところはある。わしの場合は、はっきり言えば織田も恐ろしかったが、家中のほうが恐ろしかった。寝首を搔かれて、わしの首と引き換えに和睦を願い出てもおかしゅうなかったからな。


「京の都は遥か彼方かと思うたがな」


 そもそも院が尾張にて新年を迎えられるなど信じられぬわ。聞けば御幸中であるだけだというが、詭弁ではあるまいか? 都を出られたまま年始を迎えるなどあり得るのだな。


 無論、山科卿と先ほどの様子から考えても、院の御意向であることは明白。いかになっておるのかさっぱり分からぬが、敵になるには一族郎党が朝敵となる覚悟もいるのか?


「浪岡殿や南部殿はいかがするのであろうな?」


 南部の名を出すと大浦殿が困った顔をした。致し方なかったとはいえ、旧主であり一族の者もおる。かような相手と戦などしてみろ。蠣崎殿らのように生き残れればよいが、それすら危ういかもしれぬのだ。


 奥羽の戦のつもりで動けば、南部とて末路は変わるまい。


「まあ、なるようにしかなりますまい。幸い、織田は敗れた者にも寛大でございますれば」


 蠣崎殿が大浦殿に酒を注いで声を掛けた。この男、常に周囲の者らを気遣い、上手く盛り立てておるな。能代と土崎を攻めた時も降った者らを面倒見ておったと聞いたが、よう働く男よ。


 にしても、こちらに参って理解したが、武衛様と大殿は奥羽を久遠殿とお方様に任せるおつもりだ。何故、久遠殿を信じられるのかと首を傾げておったが、そもそもこの国では久遠家は別格どころの話ではない。


 家臣であって家臣ではない。同盟者のようでありながら同盟者でもないという。何故信じられるのかとはさすがに問えぬが、会う者は皆、いずれ分かると言う。


 仏の弾正忠。大殿の名は奥羽でも聞かれる。戦をせずに慈悲で国を従え領国を増やすのだと。あり得るわけがないと皆が一笑に付しておったが、ここに来るとそれが事実ではと思える。


 わけが分からぬ。まあ、よいか。わしが裏切らぬ限り懸念はあるまい。いかなるわけか織田と久遠は疑心すらないというのだからな。


 ああ、料理が冷める前に食うか。鄙者ゆえ、知らぬ料理ばかりだ。せっかくの馳走が冷めてはもったいない。


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