第1566話・新年を迎えて・その二

Side:久遠一馬


 年末年始は今年も妻たちと孤児院のみんなと過ごす。人数も多いのでまとまりという意味ではあまりないものの、不思議と馴染んでいて親戚一同が集まるような気楽な雰囲気になっている。


 おせち料理は作ってあるものの、お雑煮とか温かい料理も出している。みんなで和気あいあいと支度をして宴にするんだ。料理の味付けのコツを教えたりしながら支度する様子は、見ているだけでもいいものだなと思う。


「ささ、皆様も遠慮なさらずにお楽しみください」


 お客様と言えるのは宗滴さんと雪村さんだろうか。宗滴さんの家臣も一緒に宴に参加してもらう。まあ、ふたりは日頃からウチの宴に参加するのに慣れているからね。あんまり気を使いすぎることもない。


「今年も無事に新年を迎えられたか」


 宗滴さんはすでに史実の寿命を超えている。それを本人が知っているはずがないけど、自身の限界を悟っている節がある。一日一日を大切に生きる。そんな様子を幾度となく見ている。


 この人の凄いところは、朝倉家の今後に関する不安や懸念を口にしないことだろう。不安もあるし歯がゆい思いもしているだろう。それでも尾張の地で因縁を少しでも軽くするべく静かに生きているんだ。


「そうてきさま、せっそんさま」


 まだ幼い子たちが、ふたりにお酒を注ぎたいとやってきた。孤児院では慕われているんだよね。


 ウチの宴会はこの時代の武士の宴会よりも気楽なものだ。とはいえお酒の注ぎ方などは教えているので、子供たちはそれを思い出しながら注いでいるようだ。こういうところから礼儀作法を学ぶのもいいかもしれない。


 年長さんたちは笛や太鼓、リュートなどで演奏もしてくれる。リリーが彼らに合わせるようにオルガンを弾くと一気に賑やかになるね。


「これは美味いの」


黄金こがね焼きでございます」


 黄金焼きとはハンバーグのことだ。昔、織田家の正月の宴で出して以降、時々振る舞っていて結構知られている。


 胡椒とか香辛料は相変わらず高価な品だ。今でもウチの主要商品になる。生活必需品ではなく嗜好品や薬として出回る品だけに安くする必要もあまりない。


 美味しいなぁ。嚙みしめると肉の旨味と香辛料が口いっぱいに広がる。ご飯をかき込みたくなるね。


 俺にとっては懐かしい元の世界の味だ。まあ、今日の黄金焼きはどちらかというと、ちょっと高級なハンバーグステーキのような料理かな。ただ、脂分はあまり多くない。それは老若男女が食べることや、他にも料理がたくさんあることでバランスを取ったらしい。


 今日の肉は牧場産の豚と牛の合い挽き肉だ。豚は飼育が軌道に乗っているものの、牛は今も肉牛ではなく乳牛メインだ。それでも飼育と食文化のため、肉牛にするべく育てている牛もいる。


「殿様、おいしゅうございますか?」


「うん。美味しいよ」


 ひとりの年長さんの女の子が、黄金焼きを食べたオレをじっと見て感想を聞いてきた。今日のハンバーグは彼女たち孤児院の女の子たちが手伝ったみたい。


「また料理が上達したなぁ」


 この子たちは以前から、料理助手として清洲城の宴にも手伝いに行くことがあるんだ。身元がしっかりしていてウチの料理を作れる人、今でもそんなに多くないし。家臣の奥さんたちか孤児院の子どもたちくらいだ。


「はい! より精進いたします!」


 尾張に来た年の流行り風邪で助けた子たちは、長い付き合いになった。今では同年代の武士の子と比較しても優秀な子たちになる。


 子供が成長するのは本当に早い。この子たちの結婚もそう遠くないうちにあるだろう。無論、父親役はオレだ。それは誰にも譲らない。


 ただ、生みの親が生きている子もいる。いつか、産んでくれてありがとうと言えるような世の中にしたい。そんな甘い時代じゃないんだけどね。




Side:武田晴信


 甲斐は雪が降っておるのであろうか。


 尾張で迎える新年。さぞ銭が掛かるのかと思うたが、それほどでもなかった。無論、高価な品は数多ある。されど俸禄から鑑みると買えぬものではない。


「まさか、領内で出回る品々の値まで考えておるとはな」


 思わず漏らした一言に弟の典厩がいかんとも言えぬ笑みを浮かべた。


 尾張者は質素倹約に励まず、贅沢三昧な暮らしをしておるとの陰口を甲斐では聞かれたが、そのような安易な話ではない。


 武士や僧ばかりか、民の暮らしを考えて領内の商いを差配するとは、詳しく教えを受けた今でも信じられぬ思いがある。


 真面目に勤めれば立場や身分に応じた暮らしが出来る。領外では手に入らず高値になる品も、織田領ではあらかじめ必要な量を確保しておるというのだから驚きだ。


「父上、民が豊かになれば武士はより豊かになりまする。祝いの日は皆で祝えるようにと差配するのが、久遠様の政でございます」


 わしよりも西保三郎のほうが織田の治世をよう知っておる。明の言葉や尾張の治世どころか、久遠家の学問も僅かだが教えを受けておるのだ。西保三郎が尾張に来たばかりの頃、若武衛様に目をかけていただいたおかげとか。


「左様であるな。それを成せるのが織田の強み」


 久遠殿か。我らと違い、権威と武力で武士を従えようなどとは思わぬ御仁だ。民を従えることで国の根幹から変えてしもうた。武士というよりは、まことの高徳な僧侶のような、左様な御仁だ。


 恐ろしい男だ。誰もがあの御仁を失うてはならぬと思うのだからな。武衛様、弾正様と久遠殿がおる今こそ国を整え、争いのない国にする。皆が本気でそう考えて励むのだ。今でも背筋が冷たくなる時がある。


 織田は厄介者と思わしき甲斐ですら、飢えぬようにと賦役をする代わりに飯を食わせておる。さらにこの冬は、山の木々の手入れと炭焼きの技を教えておるほどよ。


 本気なのだ。織田は。日ノ本からつまらぬ戦をなくすつもりなのだ。


 妻や子たちの顔色もよい。皆、先々の憂いよりも喜びを感じておる。この国ならば謀叛や毒殺に怯えることもない。真面目に勤めれば、甲斐ではお目にかかれぬような馳走すら食えるのだからな。


 武田の名を天下に轟かせたかった。わしには左様な思いもあった。されど所詮は甲斐の山国しか知らぬ愚か者の夢であったのであろうな。


 夢は潰えたが、久遠殿が日ノ本にもたらした酒や料理を皆で楽しみ新年を祝う。


 かような日々もまた悪うない。


 かつてと違い、親子や一族で争うた日々を思うとここは極楽のような国だからな。



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