永禄二年(1556年)

第1565話・新年を迎えて

Side:久遠一馬


 大晦日も終わると新年を迎えた。今日は子供たちも遅くまで起きていたけど、眠気には勝てずに眠ってしまったな。


 妻たちも新年を迎えると早い子は休んでいる。この世界では夜型の生活というのはまずないからね。ウチは日が暮れてからも起きている時間が長いけど、それでも昼夜が逆転するような生活を送る子は多くない。


「しかしまあ、ここまで変わると元の世界の歴史が役に立たないね」


 お清ちゃんと千代女さんもすでに休んだことで、少し込み入った話をしている。元の世界のSF小説なんかにあった時間の修正力なんてものがないので、些細な切っ掛けで変わってしまう。大袈裟に言うと、オレたちが直接関わっていないところでも変わっているところだってあるはずだ。


「こちらは改革をさらに迅速に進めたいところですが、周囲はもう少し時が必要です。加減が難しいですね」


 エルの言葉に起きている妻たちが同意した。織田家でいえば、尾張・美濃・三河あたりは改革を加速させようとしてくれている人たちも多い。


 それと対照的に、北畠、六角、北条、三好、朝廷、寺社などはようやく現状から変えていこうと、もがいている段階だ。相互理解がまだまだ足りず、急がせると危ういとすら思える状況にいる。


 海外に目を向けると、欧州の海外進出はすでに停滞から衰退気味になっている。宣教師が乗っている船はほぼ確実に沈むし、宣教師が乗っていなくても間引くように沈めていることが原因だ。特にアメリカ大陸行きの船と東アジアでは数多くの船を沈めた。アメリカ大陸と東南アジア以東からはいなくなってほしい。


 地中海や北アフリカなどでの活動は続いているものの、最終的に欧州の世界進出は地中海で繋がる北アフリカを除いて失敗に終わるだろう。


 まあ、数は少ないものの船が戻っているので現時点では撤退していないけどね。それも時間の問題かもしれない。すでにこちらは大陸や欧州に知識や技術を流出させない方針で具体策の検討に入っていて、特にウチに関する情報を得た船は確実に沈めている。


 一方で入植地は増えている。シベリア、北アメリカ西岸、オーストラリア、南洋諸島などでは将来の領有化に向けた下地として動かざるを得ない。


 人類が世界規模で平和的に共存するのは、少なくともオレの知る限りでは無理だ。取れる時代に領地領海は確保しておかないといずれ困ることになる。


「もう史実の歴史がなくてもやっていけるわ。私たちは今の時代を生きているんですもの」


 少し沈黙が支配するものの、そこで口を開いたのはメルティだった。正確にはここが元の世界の過去か不明なんだよね。過去だと推測されるだけで。オレたちはなるべくは血を流さないで統一と日本圏を構築したい。ただ、血を流すことを否定するつもりもない。


 オレは具体策もないのに外交努力とか話し合いで解決などと、夢物語を現実のように語る為政者になる気はない。これはこの時代で学んだことだ。


「今までと同じくみんなで頑張るしかないね。連絡は密に。オレたちはもう多くの味方がいる」


 もっとも自分だけですべてを背負う気はないんだよね。無責任かもしれない。でも織田家の皆さんとか義統さんや義輝さん。北畠家とか六角家の皆さんと一緒に考え進むつもりだ。


 平和な国というビジョンはこちらで見せる必要があると思うけどね。


 妻を持ち子供が生まれ、主君に家臣や同僚がいる。もう元の世界の頃のオレには戻れないし、戻りたいとも思わない。


 一緒にこの世界に来たみんなとの絆だけはなにがあっても守る。たとえそれが第三者にはエゴに見えることになっても。




Side:織田信秀


 穏やかな新年の朝だ。子らの顔を見ると、わしも歳を取ったと感じる。昨年元服をした喜六郎などは、この一年で一端の武士の顔をするようになった。


 三郎の下であれこれと学び苦労をしておるが、ようあることだ。今の家中で苦労をしておらぬ者などおるまい。


「父上、いかがされましたか?」


「いや、よき新年だと思うてな」


 ここ数年で変わったことは多い。まず子らがよう会うようになった。


 同じわしの子とはいえ、母が違えば会うことすら稀であったが、一馬らを見てそれを変えた。妻らに序列を作らず、孤児を育て、実の父や母以上に慕われる様子を見たからだ。幸い、誰も異を唱えることはなかったからな。


 ここ数年は市が一族や重臣の子らを集めて、宴やら共に遊ぶことをしておるほどよ。所領から俸禄に変わったこともあり、これが思うた以上によい結果となっておる。


 立身出世はむしろ増えたであろう。下剋上などせずとも己の才覚で立身出世が叶う体制を作り上げつつある。愚か者や血筋だけの者は飼い殺しになりつつあるが、かの者らの血筋の価値が消えるのもさほど遠くあるまい。


 孫も生まれ、今後はかつての父上のように、わしが子や孫を見守るようになるのやもしれぬ。


 されど、まだまだ隠居は出来ぬな。乱世の始末はわしの役目。武士のみならず、公卿、公家、寺社。少なくともこやつらの始末はわしが付けねばならぬ。


 世の安寧も明日の行く末もいかようでもよい。寺社ですら左様な有り様だ。二度と乱世に戻さぬという断固たる処置が要る。


 本證寺、無量寿院、諏訪神社、それと駿河遠江の寺社らは、寺社とそこにおる者らの本質をわしに教えてくれた。


 あそこにおるは、神仏とは無縁の人の欲と業の者らだ。まことに神仏に祈る者は一握りもおるまい。


 残すべきは寺社であって坊主や神職ではない。寺社から俗物を廃し、まことに神仏に祈る者らに与えねばならぬ。


 政に口を出すのも一馬の申す通り、今後は禁じるべきだな。神仏の名で政に口を出すなどあってはならぬ。あまり甘い顔をすると強訴のような真似をしかねぬからな。


 謀叛を禁じるには、相応の体制がいるとは一馬の考えだ。寺社を正道に戻さねば、必ずや後の憂いとなる。


 まだ道のりは長いな。


「殿……?」


「わしはもうよい。飲み過ぎるわけにはいかぬからな。あとはそなたらで飲め」


 元日ということで祝いの酒を飲んでおったが、ふと手を止めた。祝いの酒を無粋かと思う。されどケティには常にほどほどにせよと言われておるのだ。


 生きねばならぬ。わしには守らねばならぬ者らがおるのだからな。



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