第1564話・年末のこと

Side:久遠一馬


 年末となり、あちこちに派遣していた猶子の子たちが牧場村に戻ってきた。元気な顔を見るとほっとするね。顔を見て各地の様子を聞くことは必要でもある。


 まあ、そこまで危険な地域には出していないので、美濃の牧場とか知多半島の農業に関する報告が主だね。


 それと京の都から解任された蔵人の処分がこちらにも伝わってきた。家中の反応は可もなく不可もなく。元から期待していないと言えば言い過ぎだろうけど、公家という存在は自分たちとは遠い世界の者だという認識が強いんだろう。


 公家や公卿を自分たちで支えるという認識はほぼないものの、形式だけとはいえ処分をしたという形にしたことで怒るほどの人はいない。


 ちなみに評定衆には口外厳禁としているものの、日ノ本の統一を目指すことはすでに伝えてある。御幸前に道三さんが朝廷の一件で心配していたことで伝えたんだ。奥州に関与したこともあるしね。


 ただし、朝廷や公家をどうするかは明言していない。


 統一自体も、そこまで喜ぶ人はいないだろう。この先、面倒なことが山積みであることをみんな理解しているからね。朝廷に関しては議論もまだ進んでいない。どうするんだというのは皆さん考えているんだろうが、軽々しく議論を出来る相手でもない。


 現時点で言えるのは、公卿や公家がこのままずっと威張っているのかということに対する不安や不満だろう。それは皆さんにあると思う。蔵人は公卿や公家の本質と悪い面を尾張の皆さんに見せてしまったからね。


 そういう意味では、同じ武士である義輝さんのほうが武士としては親近感があるような印象だ。


「奥羽の衆は戸惑うておりますな」


 清洲から戻った資清さんがちょっと苦笑いを浮かべて報告をしてくれた。


 織田家ではすでに仕事納めも終わり、警備兵など一部を除いて年末の休みに入っている。仕事納め。これもこちらで日にちを決めた。放っておくとギリギリまで仕事をしている人が毎年結構いたからね。


 そんなこともあって、資清さんが奥羽の皆さんを連れて那古野を案内していたんだ。


 百聞は一見に如かず。新規の臣従組は尾張を視察してもらうのが最初の役目となりつつある。まあ、毎回そうだけど。知らない人は驚くんだよね。


「仕方ないと思うわ。やはり東に行けば行くほど未開の地となるもの。八郎殿でも困るくらいなにもない地だわ」


 季代子たちは戻って以降、のんびりとしている。特に季代子は斯波代将という肩書きが重かったと言っていたからね。ゆっくり休んでほしい。


「季代子様、それほどでございますか? 甲賀も決して豊かな地ではございませぬが」


「ええ。海路を封鎖したらあの地は詰むわ。私たちの天測では、奥羽は尾張から見たら正しくは北東になるのよね。甲斐や信濃より北にあり寒く雪が多い。また蝦夷や樺太は国というほどの勢力はいなかったわ。従って大陸がある西国と違って知恵も技も伝わらない。そんな鄙の地よ。まあ、だから私たちで動けたんだけど」


 資清さんの言う田舎とは故郷を基準に見ているんだろう。甲賀、確かに貧しい地ではあるんだけどね。地理的な観点から見ると奥羽はもっと悲惨だ。


 寒冷地を考慮した農業をすると生産高は上がるんだけどね。史実でも北海道や東北は農業が発展していたし。だけどこの時代ではそれすら出来ていない。


 外的な要因があまりないので下剋上も起きにくい。典型的な田舎のような気がする。


「良からぬことを考えぬように、某の方で力の差を示しておきましょう」


 報告書では分からない些細な様子を聞いた資清さんは、表情を引き締めて彼らの指導をすることにしたらしい。


 血縁や地縁や権威で物事を見ていた人に、今の尾張の体制と力を理解させるのは意外と大変なんだよね。


 ありがたい限りだ。




Side:リーファ


 年末だというのに、蟹江には今日も船が入港している。遠方の船はさすがにいないようだけど、伊勢や三河なんかの船はまだ荷を運んでいるようだね。


 織田の船と他国の船は一目瞭然だ。織田の船はコールタールを塗ってある黒い船で、帆も白い帆布が標準装備となる。他国は未だに筵帆だ。


 近頃は沿岸用の和船も、人の手があまり触れない外観は防腐剤としてコールタールを塗った船が見られる。


「なかなか様になっているじゃないか」


 港にいるうちは特にやることがない。蟹江の造船所に足を運ぶと、建造途中の船が幾つか鎮座している。すでに仕事納めをしたようで人はいないけどね。


「大型船はいくらあっても足りひんのや」


 暇だったんだろう。鏡花が案内してくれているが、新造船は予算に関係なく建造しているという。水軍と海軍は人員も足りないんだけどねぇ。船も足りない。


 駿河遠江の水軍衆が傘下に収まったが、誇りが高いわりに出来るのは地元の潮流を見極めるだけで、現状の織田水軍としては沿岸警備と漁業しか使い道がないと聞いている。織田でもまだ貴重な久遠船を与えられないと不満を持つ者なんかは、水軍から叩き出した者もいるとか。


「水軍学校が上手くいっているからねぇ」


 人員はむしろ水軍学校のほうが有能な人が育っている。操船や戦術戦闘など、下手に旧来のこだわりがない者のほうが成長は早いそうだ。


 武官と水軍は将官尉官などの階級制を導入しているので、上下関係は定めたんだけどね。それでも旧来の血筋や家柄で増長する者が絶えない。


 水軍は組織形態として、沿岸警備隊、近海輸送隊に分類している。どちらも漁業との兼業で暇なときは漁をしているけどね。指揮命令系統を整えているのに、自分の領海だとか血縁や家臣筋の者に勝手に命令を出す者もいる。


 技量が伴えばいい。ところがそういう奴に限って自分だと船に乗らないという奴もいる。さらに家臣であっても一族であっても、命令の優先順位は織田家の命令が優先されると決めているんだけどね。


 まあ、この辺りは仕方ないだろう。血縁・地縁・権威で生きていた者たちだ。


 海軍は未だにウチが動くための名目程度でしかないから、水軍との差別化もこれからになる。織田の恵比寿船も運用はほぼウチがしている。織田家にはまだ単独で遠洋航海をするだけのノウハウはない。


 指揮命令系統は一応整えたけど、ほとんどウチの私設軍だからね。


 組織として整い円滑に動けるようになるまで何年掛かるのやら。


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