第1562話・年の瀬となり

Side:久遠一馬


 年の瀬だ。今年も妻のみんなが尾張に集まった。季代子たちのように仕事で尾張に来られず、会うのが久々の子もいる。


 みんなで会える時間を大切にしようということで、今年は早めに揃うことが出来た。


 お清ちゃんと千代女さんとの結婚の時に自然に成長と老化をするように密かに調整したので、少し雰囲気が変わった子もいるなぁ。


 情報交換はオーバーテクノロジーで密かにしているけど、年の瀬ということで一年のまとめとなる書類や報告書も一緒に届く。オレたちはそっちにも目を通さないと駄目なんだよね。


「いや、助かるな。ありがとうね。かおりさん」


 資清さんたちにも見せる書類だけに年々量が膨大になっていたけど、それを優先度や分類毎にまとめて仕分けしてくれたのは万能型アンドロイドのかおりだ。百二十体のアンドロイドの中でももっとも後に創ったタイプで、設定年齢が二十九歳だった子になる。


 ギャラクシー・オブ・プラネットでのプレイ年月とともにオレも歳を重ねたことで、同年代のアンドロイドを創ったんだ。まあ、仮想空間だと見た目と能力はあまり関係がないので、少し落ち着いた年相応の子として設定した。


 容姿は黒髪のストレートのセミロングで、顔立ちは三十路のOLさんをイメージした子だ。


 一応、シルバーンでの所属は司令部になっていたものの、彼女を創ってほどなくギャラクシー・オブ・プラネットはサービス終了となったので実戦経験もあまりなく、シルバーン内の雑用となる庶務を経験しているだけでこちらの世界に来た。


 もう少し経験を積んだら適性を見て所属とか変えるつもりだったんだけどね。


 『かおりさん』というのは通称のようなものだ。見た目設定の若い子たちが元の世界のお局様みたいな立場だと言い出してさん付けをして以降、そんな呼び名で親しまれている。


「いえ、暇だったもので」


「それはいいんだけどさ。何か月?」


「六か月になります」


 にっこりと笑うかおりさん。確信犯だな。妊娠の報告なかったんだけど。ケティに視線を向けると目を背けた。医療部は当然知っていたはずだ。オレやアンドロイド各体の健康管理とか今でもしているから。


 公称年齢は三十七歳か。肉体年齢は三十代前半だと思うけど、彼女だけ初期年齢が高かったから少し妊娠を急いだのかもしれない。見た目年齢はほとんど変わってないけどね。これはオレやエルたちも同じだ。スキンケアや食生活などでこの時代の人とは歳の取り方が違うようにすら見える。


 お清ちゃんと千代女さんも、結婚して以降はほとんど同じ生活とスキンケアをしているのであまり変わっていないけど。


「最近はどう?」


「充実した日々ですよ。発酵食品を試していました。伊豆諸島で独自の魚の干物を作りました。ちょっと匂いがキツいですが、美味しいですよ」


 仮想空間で十分な経験もないまま、この世界に来ただけに気になっていたんだよね。エルにもいろいろと勉強させながら経験させてやってほしいと頼んでいたんだけど。


 無論、定期報告は受けているものの、数年前から発酵食品関連に本人が望んでいたと聞いている。というか伊豆諸島独自の干物って史実の『くさや』か?


 あれも史実と伊豆諸島の歴史が変わったので、作らないと生まれない可能性もあったからなぁ。


 というかオレが聞きたかったのは業務報告じゃないんだけど。まあ周囲には侍女さんと資清さんもいるしね。言えないか。後で聞こう。




Side:とある熱田の商人


「ありがとうございまする」


「それにしても。すぐに預けるのだな」


 馴染みのお武家様から売掛金を回収した。熱田の代官所でだ。わしはそのまま銭を織田様の銀行に預ける。元はお武家様が銀行から銭を払い受けたものだ。なんのことはない。銭は預けている名義が変わっただけにみえる。


 お武家様も左様な様子に少し考える仕草をしておられる。


「割符などを使えればよいのでございますが……」


「ああ、左様なものもあると聞いたことがあるな」


 わざわざ銭を出し入れせずとも商いが出来ればこれほど楽なことはない。割符などは昔から珍しくもないが、織田様は何故かそれを用いておられぬ。この場合は久遠様の御意向であろうが。


 織田手形のように決済を出来る織田割符でもほしいところよ。まあ作らぬわけも見当はつくが。


「尾張ではあれこれと新しいことを始めておられまする。今は出来ぬこともございましょう。それに商いや銭のことを武家がやると寺社がなんと言うか」


 お武家様はあまりご理解されておられぬお方も多いが、銭の価値が織田様の領内では大きく変わることがない。すべては久遠様の差配だ。悪銭や鐚銭も少なく、渡来銭を常にもたらしてくださるおかげであろう。


 さらに塩や米に雑穀や大豆などは、値を織田家で定めており、それを大きく変えることは許されておらぬ。商人も当初は不満を抱えておったが、品物が多いと減らし足りぬと他国から運ばせるのでそれでも商いが成立するのだ。


 大儲けも出来ぬが、大損もない。堅実な商いと言えよう。


 割符もあってもおかしゅうないが、織田様のところも手が足りぬということもあるのかもしれぬ。


 領外の割符を使う者も稀におるが、偽物も多く、なにより価値が急に変わるなど損をすることも少なくないのだ。


 久遠様のことだ。割符を始めるならばあくどい商いが出来ぬように分国法を整えてからとなろう。


「うむ、少し上申してみるか。誰ぞがすでに上申しておろうが。たまにはわしも左様な上申をしておきたい」


「それはようございますな。多くの者が望めば動かれるやもしれませぬ」


 お武家様は功になると踏んだのか、割符についてあれこれとお訊ねになられた。割符というものがあるのはご存知のようだが、詳しく知らぬのは当然だ。自ら銭を数えて商いなどせぬ者ならばな。


 懸念は先ほども漏らしたが、寺社であろうな。商いや銭と品物の流れをすべて織田様はご自身で決めて制しておられる。


 領内はいい。されど……。


 まあ、伊勢も最後の大きな公界であった宇治と山田が落ちた。近隣で懸念となるのは叡山とかの寺を後ろ盾とする商人らか。わしなどでは分からぬ苦労があるのであろう。


 あまり贅沢は言えぬな。徳政令もなく銭や品物の価値を織田様が守ってくださるおかげで我らも安堵して商いに勤しめるのだ。


 それだけでもあり得ぬことだ。他国ならばな。



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