第1561話・山科さんのお仕事
Side:久遠一馬
織田家では銀行業務が忙しくなっている。買掛金を支払う武士などが銭を引き出していく事も多く、年の瀬は莫大な銭が動いている。
中には俸禄だけでは足りなくなって借りる人もいるようだけど。この時代にしては利息を低く抑えているものの、あまり借金が増えると返せなくなる可能性もある。借金体質の人や借金が増えすぎた人の対応は今後の課題となるだろう。
商人にはまだ貸付業務は行なっていないものの、預かり業務と織田手形の交換は利用出来るのでメリットも大きい。なにより貨幣価値が安定していることと、徳政令をしないことなどもあって商いのしやすさで言えば織田領は別格だろう。
商人組合も機能しているので、織田領では商業も安定して発展している。
宇治山田の一件もほぼ影響がなく、一部の商人は未だに逃亡したままだが、最早勝ち目はないと理解して北畠家に出頭している人すらいるほどだ。
伊勢近江から東海甲信地域までは確実に変わりつつある。もっとも畿内以西と関東以東は未だに乱世のままで、粗悪な銅銭が多いなど相変わらずだけどね。
そうそう、銀行業務は今年の年始に正式始動をするに際して、ウチの屋敷から場所を変更している。那古野では那古野城で行なっているし、津島や熱田でも役所となる代官屋敷で銀行業務が行われている。
医療活動もそうだけど、当初はウチでやってもやはり拡大して正式に始めると不特定多数の人が毎日来るのって良くない面もあるからね。まあ、未だに細々とした相談事や困った時にはウチに指示を仰ぎに来ることもあるけど。
「いろいろと難儀を掛けて済まぬの」
「お役目ご苦労様でございます。こちらの願いを聞き届けていただき感謝しております」
この日は清洲城にて、京極さんと姉小路さんと共に山科さんと年末年始の打ち合わせだ。正直、オレは担当じゃないんだけどね。ウチの事情を考慮してくれていて、割と頻繁に細かい相談があるから担当の京極さんたちと一緒に話すことにしたんだ。
山科さんとは蔵人解任後は割とよく会う。上皇陛下とこちらの橋渡し役としてオレの意見やウチの風習を自ら聞きにくるんだ。双方に無礼とか慣例破りなどがないようにと配慮をしてくれている。
年末年始もウチや織田家の風習と予定などを聞き、上皇陛下にどうしていただくべきかと下交渉をしている真っ最中だ。
「では、年始の宴に御臨席を望まれると?」
「無位無官の者も
こちらとしては別に上皇陛下を中心とした宴を開くことで調整していたけど、上皇陛下はこちらの宴に参加したいということか。
同席するにしても、正直、同じ人間と思ってはいけないお方だ。オレを含めて直に受け答えをするのは本来ならば難しい。そういう慣例や常識の扱いをどうするかや、避けるべき会話に食事や酒の内容などなど。話をするべきことはいくらでもある。
まあ、ちょっとしたことで無礼だと言わないならオレは構わないと思う。この件は基本、受け入れる形で進めるべきだろう。上皇陛下に対する家中の雰囲気もあんまりよくないからね。この機会に変えたいのかもしれない。
宴会だからねぇ。どうしても羽目を外す人はいるし、楽しくなって騒ぐ人もいるんだ。実は尾張に来た公家衆なんかも形に拘らないで楽しんでいたので、蔵人たちが騒ぐまでは家中でもそこまで壁はなかったんだけどね。
「では、その方向で話を進めましょうか」
現状でも重要な宴の料理は城の料理人とエルで決めるからなぁ。そっちはエルたちを交えて話をしてもらおう。
あと年始にある烏賊のぼり大会。これもご覧になっていただく方向で調整することになった。護衛やご覧になっていただく場所の用意とか、準備もいろいろ必要だからね。非公式ということで質素でもいいと山科さんは言うけど、どんな形にするかは別途検討がいるだろう。
Side:安東愛季
「降って間違いはなかったな」
障子を開けると時計塔なる時を刻むものが見える。今の刻限が見て分かるものだ。あれには驚いたわ。
我ら奥羽から参った者らは清洲城にて滞在しておる。
織田弾正様に家臣として召し抱えていただいたが、尾張に所縁もないうえ、年の瀬の忙しい時に屋敷を与えても困るであろうということで、年明けまで清洲城にて客人として遇されることになった。
あと驚いたのは同じ城に御幸中である院の下には、武衛様や織田の大殿のみならず、内匠頭様もよく参っておることか。それを聞き背筋が冷たくなった。
特に当家は久遠家と諍いを起こしたからな。いかになるかと案じておったが、織田の大殿は遺恨なしということを明言してくださり安堵したわ。
「蠣崎殿。こちらはそなたらとも遺恨はない。要らぬことをして睨まれぬようにしたい」
「こちらこそよしなにお願いしまする」
かつて従えておった者らが同輩となったが、これも致し方ないことであろう。年が明ける前にと、蝦夷倭人衆の者らと直に会うて遺恨がないことを伝える。
尾張に来る前に大浦城で話したことであるが、互いに立場と身分が決まったことで改めて始末を付けねばならぬ。
「人は生きておれば様々なことがございますな。わしもかつては甲賀の少領の出。皆々様も今まで以上に功を上げる場はございまする。過ぎたることより先を見る日々となりましょう」
同席しておる男の言葉に思わず息を呑んだ。滝川八郎殿だ。久遠家筆頭家老として、こちらに来てからはあれこれと世話になっておる御仁だ。因縁を終わらせる場を持ちたいと話すと同席してくれたのだ。
織田家直臣となったことで吾らの立場は上回ったが、この御仁は無位無官の陪臣ながら織田家中でも一目置かれるとか。家老衆や一族衆とも親しげに話しておる姿を幾度か見かけたほどよ。
我らは内匠頭様の与力となり、また東の地に戻ることになった。内匠頭様のお方様がかの地に戻り差配するということで、今までとあまり変わらぬということだ。
「さて、では今宵は酒宴といたしましょうか。今日は寒いので鍋物などようございますな。某にお任せくだされ」
八郎殿に見届けてもらい皆安堵しておる様子だ。互いに疑うわけではないが、確かな者が仲介したとなると偽ることも裏切ることも難しくなる。
思うところはある。されど、海を制されたうえに、かような大国相手に逆らうわけにはいかぬ。
奥羽の争いとは訳が違うからな。
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