第1559話・一馬、子供たちとおやつを食べる

Side:久遠一馬


 師走も半ばを過ぎると年の瀬の様相を呈している。


 奥羽の武士たちは未だに戸惑っているようだ。上皇陛下が尾張におられることはもちろんだが、織田家の体制や統治システムがあまりに違い過ぎるからだ。時間を掛けて学んでいくことになる。


 細かい統治はやはりウチでしないと現状では無理だけどね。それに異を唱える人もいないし。彼らも納得してくれるだろう。


 それと年の瀬を前に菊丸さんが近江に旅立った。年始は観音寺城で迎えるそうだ。将軍足利義輝の権威は高まっている。行啓御幸と続けて行い、譲位もつつがなく済ませた。応仁の乱以降ではもっとも安定して権威がある将軍になるだろう。


 畿内は相変わらずであるものの、義輝さんを頂点として斯波家、織田家、六角家、北畠家。この四家の結束が畿内に与える、経済的、軍事的影響が非常に大きい。有力な勢力が支えるという形は、奇しくも足利体制らしい政権と言えるだろうね。


 畿内の懸案である宗教勢力も石山本願寺と大和興福寺は友好関係にあり、争うメリットもない。比叡山は疎遠ではあるものの、敵対はしておらず近江商人を介してこちらとの商いは盛況だ。


 一番面白くないのは、蚊帳の外になっている細川京兆と畠山あたりだろう。まあこの辺りは三好が対峙しているので、いろいろと便宜を図って少なくとも史実と同程度に戦えるようにはしている。


 あと千代女さんだけど、やはり妊娠していたようで産休に入ることになった。今は細々とした仕事の引継ぎとかしている。


 お清ちゃんもそうだったけど、ウチのみんなはよく働くから抜けたあとが大変なんだよね。千代女さんはエルの補佐をしていて、オレやエルたちに上申する書状のチェックと武士の視点からの助言もしてくれているんだ。


 この役目、結構大変なんだよね。オレたちもこっちの暮らしに慣れたけどさ。やっぱり価値観とか違う時があるからな。


「今年のみかんはなかなか美味しいね」


 おやつの時間となり、子供たちと一緒にみかんを食べる。こういう嗜好品、尾張だとほんと手に入りやすくなった。こっちから買い求めなくても、相手から尾張で商いをするために運んでくるんだよね。


 知多半島でもいくらか植えて試しているけど、主要産業にするほどでもないし。領民も少し裕福な人だと食べられるだろう。


「しゅっぱい」


「ああ、それは酸っぱかったか。こっちを食べてごらん」


 今年は全体として甘いみかんが多いけど、当然ながら酸っぱいのもある。品質のばらつきはこの時代では仕方のないことだ。酸っぱいのに当たってしまい、悲しそうにしている希美にオレのみかんを分けてあげよう。


「ちーち!」


 ああ、ひとりにあげるとみんな欲しがるんだよな。無垢な瞳には勝てない。仕方ない。どんどん剥いてみんなにあげることにしよう。無論、一緒にいる家臣の子たちにもあげる。


「ふふふ、駄目ですよ。それでは殿の分がなくなってしまいます」


 子供たちの口にみかんを食べさせていると、お清ちゃんが止めてくれた。子守りも上手なんだよね。ちゃんとオレたちの教育方針を理解してくれているし。


「あげる!」


「はい!」


 お清ちゃんの言葉に子供たちは、オレの手元にあるみかんの皮にハッとした顔をした。別にいいんだけどね。今度は子供たちがみかんをオレにくれる番だ。


「美味しいなぁ」


 こういう何気ない時間がなによりだ。残念なのはみんなとひとつ屋根の下で暮らせないことだ。この時代だとこれが普通なんだけどね。


 このあとみんなで武孳丸たけじまるの顔でも見にいこうか。兄弟姉妹は仲良くしてほしい。人の親になると、本当にそれが気になるんだよね。




Side:浪岡北畠家の使者


 尾張で大御所様に拝謁し、霧山の御所様のところへと参った。尾張ほどでない模様ではあるが、ここも豊かな地だというのがよう分かる。


「御所様までもが政を変えておられるとは……」


 大御所様のところで少し聞かされたが、本家の本領ですら尾張に学び政を変えておる様子。世が世ならば、足利家ではなく霧山の御所様が日ノ本を治めておったかもしれぬというのに。


「命じるだけで世が治まらぬことくらい、わしも存じておるわ。優れた知恵を持つ者に学ぶことを拒めば北畠家とて先はない」


「久遠家とはそれほどでございまするか」


 正直、半信半疑なところがあった。まことに斯波家所縁の者なのか。銭で名を借りておるだけではとの疑いもあった。ところが、すべてまことのことであったのだ。


 つまらぬ争いをしては斯波家と本家の面目をつぶしてしまうと、控えて良かったわ。


「祖先の名も将軍の権威もない。己が力で日ノ本の外を治めておるのだ。蝦夷とて統べてしまったのであろう? ここ伊勢の海から蝦夷まで久遠に勝る水軍はおらぬ。それだけでもいかに力のある者か分かるであろう」


 口ぶりは恐ろしさを伝えるようであるが、御所様ご自身はあまり不満がある様子もない。少し小耳に挟んだが、もともとは御所様が尾張贔屓だったのだとか。


 御所様の懸念はこちらが面目を潰すことかもしれぬな。


「さらにだ。単に戦に勝つだけの者ではない。あらゆる者を味方としてしまうのだ。久遠はな。現に奥羽でもそうであろう? 降った者らが当然の如く働いておろう。かの者らは謀叛も裏切りもするまい。勝てぬうえに裏切ると損をするからな。これほど恐ろしい相手はおらぬわ」


 久遠と争うならば、本家と袂を分かつ覚悟がいるか。少なくとも本家は争うより上手く付き合う道を選んだと。とはいえ正直いえば、争うだけの口実も利もない。久遠もこちらと争う気などないのだ。


 困るのは久遠の政があまりにも違いすぎて、こちらの民や家臣が騒ぎ出すであろうことだ。あれこれと配慮してくれるのはありがたいが、限度がある。我らは乞食ではないのだ。見返りの出せぬ配慮ばかりは困る。


「当家と織田は、対等に付き合えぬほどの力の差がありまする」


「配慮を受け続けながら変えていくか、これも世の定めと考え降るか。わしとて今は踏ん張っておるところよ」


 降るか。南部家といかになるか次第であろうな。当家も配慮を受けておるうちが華というものだ。いつまでも配慮をするだけの立場で良しとする者などおるまい。


 とすると南部家より先に動くべきか? まあ、それはわしが考えることではないか。


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