第1558話・遠き地にありて

Side:久遠一馬


 遥々蝦夷と奥羽から尾張まで来る。この時代だと相当な長旅だ。隣国は敵だという世の中で遠出して臣従をする。精神的に大変だろうと察するところはある。


 故に温かく迎えている。史実で名を残した人、残せなかった人。様々だけどね。教育や環境次第では史実にない活躍をするからね。扱いを間違えることは出来ない。


 梅酒とかあんまり安くないもので歓迎したら、逆に困るような顔をしていた。こちらが力を示していると思っていそうだ。まあ、否定はしない。力ある者は力を見せないと誰のためにもならない。これはこの時代で学んだことだ。


 資清さんたちがいろいろと説明をしているけど、価値観の違いに驚いているそうだ。まあ北畠や六角の皆さんも説明を聞くと驚いたからね。ある意味、当然の反応だ。


 北畠家のほうだけど、あちらも使者は戸惑っていたそうだ。よく分からないうちに隣にいた得体の知れない武装集団が斯波家の名で暴れている。根回しもしたので相応の対応をしたけど、あまりに違う統治と力の差に、どうしていいか分からないというのが本音のようだね。


 晴具さんとは浪岡家について相談をした。こちらは独立したまま北畠家と同じように改革をして同盟相手になるなら、協力する意思はあると言ったんだけど。


 無理だろうと言われたね。南部家との決着が付き次第、織田に臣従する方向で考えてほしいと言われた。南部が和睦を望んで勢力をある程度維持するなら、独立したままという可能性もあるけど。


 使者には暮らしと経済格差で苦しむとしっかりと教えておくそうだ。


 浪岡家は南部頼りなところもあるので、南部の処遇が決まればあとは降るだろうとも言っていた。


「うーん、なかなか難しいね」


 一方、季代子たちの報告から今後の戦略を考える必要がある。これは資清さんたち家臣のみんなも交えてだ。オレとエルたちなら通信で連絡が取れるからいいけど、家臣とか織田家の皆さんはそうもいかない。


 この年末年始で奥羽領の方針を織田家として正式に決める必要がある。信秀さんとも話しているけど、織田家からも文官と武官を数人出すそうだ。


 なによりも経験を積ませる必要があるし、領地制を止めた織田家において日ノ本の中でウチの領地とするわけにはいかないからね。


 ただ、あそこもウチがバックアップしないと停滞した現状から抜け出すのは難しい。


「蝦夷と樺太、それと大蝦夷の海路を使うしかないのではございませぬか?」


 積極的に発言してくれたのは湊屋さんだ。領国の開発もお金が掛かるとみんな理解しているからね。どこからその資金を出すかということだ。蝦夷辺りは日ノ本の外になるので、季代子たちがオーバーテクノロジーも隠れて使いつつ開発をしているけどさ。


 国内だとみんなが理解出来る方法でやる必要がある。


 ちなみに大蝦夷とはユーラシア大陸のことだ。蝦夷と樺太はそのままで、シベリアからウラジオストクあたりを大蝦夷と呼称している。『北大蝦夷』とはシベリアで『西南大蝦夷』というのはウラジオストクだ。


「まあ、そうなんだけどね。あっちの海は、冬は荒れるみたいでさ。陸地も雪が深くて大変らしい」


 食料生産は増やす必要がある。開拓も必要だし、寒冷地向けの品種とか作物を持ち込むしかないだろうな。あそこに限らず東北は史実でもだいぶ苦労をした土地だ。


 ウチの領地は基本的に僻地だからね。田舎だと侮ることは誰もしないけど、その分苦労があることはみんな理解している。


 まあ、日本海航路の利益は思った以上に出そうなのは朗報だ。あと未開の地が多いので開拓をすればするほど食料生産高も上がる。鉱山とかも少しはあるけど、食料生産が優先なんだよね。


 国内の資源はなるべく残したいのもあるしさ。




Side:北畠晴具


 遥か奥羽にある浪岡家。北畠顕家公を祖とする分家とはいえあまりに遠い故に使者を寄越すことすら稀じゃ。此度は内匠頭の妻が連れて参ったが、あちらに戻るのは年明けとなるという。さすがにひと月ほども待つのは困るのか、当初使者は陸路で戻ると言うておったが、わしが引き留めた。


「今の尾張は我らでも理解するのがやっと。御使者殿はわけが分からぬままでございましょうな」


 帰りも久遠の船で良かろう。それまでに尾張と今の世を教えてやらねばならぬ。家臣らもそれを理解しておるようで、致し方なしと言いたげな顔をしておるわ。


「よう分からぬ故、教えを請うと使者を出したのだ。無下にも扱えぬ」


 尾張に倣い、国を変えておる伊勢も見せてやるべきか。されど、その前に那古野や清洲を見聞させて織田の宴に連れて行ってやらねばならぬな。意地を張りたいならば構わぬが、それもあまり望んでおらぬようじゃからの。


「東の果てとは思うておりましたが……」


 内匠頭が持参した津軽の詳細が書かれた書状に家臣が少し驚いておる。思うたよりいいと見るべきか、食うのに精いっぱいの地と見るべきか。迷うが、ひとつ言えることは久遠と争うだけの力が浪岡にはないということじゃ。


 海で久遠に勝つのは無理がある。海を押さえると苦しい地なのは使者の様子から見ても確かであろう。


「南部も所領は広いようじゃが、まとまれぬのでは意味がない。東の果てから世が変わるぞ」


 こちらも他家のことをあれこれ言えぬがの。一族衆ですら異を唱えると戦となる。代替わりがあれば、先代が重用した者と新たな当主が争うのも珍しゅうない。織田が各々に領地を治めさせるのを止めたわけがよう分かる。


「一度目の戦でまとまれば、相応の武威は示すことが出来まするが……」


 我が家臣はまだ左様な甘いことを考えておるのか。確かに一度くらいはまとまるかもしれぬな。されど二度目はない。いかほど兵が集まるかは知らぬが、鉄砲や金色砲を初めて見るような雑兵は間違いなく逃げ出す。以後まとまることはなかろう。


 下手に南部に義理立てしてしまわぬように、言い含めておかねばならぬな。和議や降伏の仲介くらいならばよい。されど影でこそこそと動くなどもっての外よ。


「いずれにしても武士が己の所領を治める世はもう終わる。不満もあろうが、今より僅かでも豊かな世が待っておると知ると、命を懸けて抗う者は多くない。あとは遅いか早いかの差しかないわ」


 家臣はいかんとも言えぬ顔をした。己の所領もいずれ手放す時が来る。それは覚悟しておるということであろう。


 他にこの乱世を終わらせる術がないのだ。ならば懸けるしかあるまい。


 内匠頭が見据えておる世にな。



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