第1556話・北からの船

Side:安東愛季


「なんと賑やかな国だ」


 奥羽からすると尾張とは遥か西の国。まさか自ら来ることになるとはな。


「民の着物すら違うとは……。皆、身分がある者なのか?」


 海と湊にある多くの黒い船に目を奪われておると、ひとりの北方倭人衆が湊におる民の着物について口にした。


 確かに民とは思えぬ着物を着た者が珍しゅうない。奥羽では着物は貴重だ。貧しき民など薄汚れた着物を後生大事にしておるほどに。


 それが、ここ蟹江湊というところでは、色鮮やかな着物を着た民がおる。身分がある者かと思案する者もおるようだが、そうではあるまい。


「諸将の皆様。長旅お疲れでございました。上陸次第、検疫を行なっていただき、そのまま今宵は当家の屋敷にてお休みください」


 確か名は雪乃であったか。六花りっかの方殿の言葉にわしも安堵した。いかに優れた大船とはいえ冬の海は厳しきものがあったと思う。同行する船が他にも三隻ほどおり、万が一沈んでも助かるとは言われたがな。


 船を降りると迎えの者がおった。検疫というたか。病などを持ち込まぬようにすることを経て屋敷に向かうことになる。


「ここはいつもかように賑わっておるのか?」


「そうですな。本日は御家の船が到着しましたので幾分賑わっておりますが、概ね同じようなものですぞ」


 聞きなれぬ尾張言葉に戸惑いつつ、町を眺めた。京の都が荒れ果てておるというのに、かように華やかに賑わう町があったとは。西からくる船の商人らが、都以上の町だと騒ぐのも分かるというものだ。



 ふと幼い童が、幾人かで湊に走っていくのが見えた。あのような幼子が大人もおらず町を歩けるとは。人買いに攫われぬのだな。


 町には揃いの鎧を身に纏った兵も多く見られる。湊といえば荒くれ者で騒動がようあるというのに、ここは穏やかだ。


「ここには温泉がございます。本日は温泉でゆるりと休まれよ。明日か明後日に清洲に参ることになりまする」


 広い屋敷につくと、長旅の疲れからか横になる者もおった。まずは揺れぬところで眠りたい。わしを含めて皆、本心は同じであろう。


 今更、足掻いたとて我らの命運は変わらぬ。大人しゅう見極めてやろうぞ。織田と久遠がいかなる者らか。




Side:久遠一馬


 師走も半ばに差し掛かるが、季代子たちを乗せた船が到着したと知らせが届いた。


「ほう、随分と領地を広げたものよ」


 オレとエルは船から届いた報告書と地図を持って清洲城に来ている。信秀さんと義統さんに奥羽の説明が必要なためだ。事前に許可は得てあるし、定期連絡はウチの船で届いていたけど、安東家の臣従を含めて最新情報が満載だ。


「出羽の安東は聞いたことがあるの。古くから水軍で名を馳せておるはず。されど相手が悪かったの」


 義統さんはさすがに名門というだけあって、遥か奥羽の武士に関してもそれなりに詳しい。奥州に季代子たちが乗り込んだのが今年の春だから、一年も経たずに津軽半島西岸を制して出羽安東家を従えるとは思わなかったようだ。


「南部家は春まで停戦か。武田家はまた顔を青くするであろうな」


 この場には信長さんと義信君や、信康さんたち評定衆も手の空いている人は揃っている。信長さんは夏頃に来た船が知らせた南部家との争いが続いていることに、少し面白そうに笑った。


 奥州北部に広い勢力を誇る南部家は甲斐源氏だ。つまり武田家の遠い親戚になる。それが斯波家の名前で動くこちらと敵対しているとなると、少し肩身が狭くなる。無論、武田家が敵対しているわけではないので罰を与えるとかはないけどね。


「北東の海路はこちらで押さえられますね。あまり締め上げると奥羽や越前、越後が困るでしょうけど」


 日本海という名前はこの時代では使われていない。そして日本列島は東西に広がるという認識であり、関東や奥州は東にあるという感じだ。尾張の北は美濃や飛騨になるかな。なので日本海は尾張では北の海と言われることが多い。


 控え目にいって東日本の流通をこちらが押さえつつあることは確かだろう。


「それはよいが、蝦夷と奥羽の武士。一馬いかがする?」


「私としてはあまり武士の家臣は増やしたくないのですけど……」


 とりあえず決めるべきは臣従組の扱いだよなぁ。蝦夷はともかく奥羽は日ノ本の支配領域だ。今後を考えると織田家の家臣にしてほしいところなんだけど。


「ならばわしが召し抱えるしかあるまい。そのまま与力として季代子につけるか」


 奥羽を北から平定するためにはウチの領地には出来ないんだよね。蝦夷は日ノ本の外なのでいいんだけどさ。奥羽は斯波家家臣である織田の領地として季代子たちも統治しているんだ。


「思うたほど貧しくないの。甲斐よりいいのではないのか?」


「いえ、貧しいですね。雪が深いのと海路の交易が大きな利になっているだけです。人の数も少なく未開の地が多い。海路を抜きにするととてもやっていけませんよ」


 ただ、義信君は貧しいと聞いていた奥羽が思ったより実入りがいいことに驚いている。尾張だと貧しいと言えば、甲斐をイメージするからなぁ。


 津軽半島西岸と安東家の実入りは大半が海路の交易だ。国内の生産性はお世辞にもいいとは言えない。蝦夷の産物を搾取価格で得て、畿内や西国に売ることで成り立っている地域といえば言い過ぎだろうけど。


「これはまだ公にしておりませんが、蝦夷で砂糖の生産に成功しました。さらにいくつか売れる品も用意してあの海路をこちらで握って維持するつもりです」


 南部家を降せれば太平洋航路も使えるんだけどなぁ。でも日本海航路は残さないと、ただでさえ雪深いことで発展が難しい地域なのに。


 実は寒冷地用の米や麦。すでに用意してあって試験栽培は終わっているんだけどね。蝦夷では交易品を優先させている。


「越後は構わずともよいが、越前は宗滴もおるからの」


 義統さんも承諾してくれた。海路の利益であの地を開発していく必要がある。越前は宗滴さんが尾張にいるからね。あまり露骨に朝倉を追い詰めると、こちらと誼を通じようとしている義景さんが困るだけだ。


 斯波家としては許すとは言えないけど、追い詰めて越前を得ても義統さんにはもう祖先に対するけじめ以外のメリットがない。


「私はこれから大御所様のところに報告に参ります。浪岡家からも使者が同行したようなので、こちらからも報告が必要でしょうし」


 少し驚いたのは、浪岡北畠家から使者が同行していたことか。手紙でも届けると声をかけて当初は手紙を預かる方向だったが、使者の同行を頼まれたようなんだ。


 どうもあまりに常識外れに強い季代子たちに戸惑い困って、直接使者を出したみたい。


 浪岡北畠家。ほんと中立としてきちんとこちらと付き合ってくれたからな。このまま穏便に済ませたいところだ。


 季代子たちを労うのは明日かなぁ。苦労を掛けたのでこれから年末年始はゆっくり休んでほしい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る