第1555話・師走のひと時
Side:久遠一馬
大勢の子供たちがウチの屋敷にやってきた。屋敷の玄関で出迎えたら少し緊張気味の子もいる。
「一馬殿、お世話になります!」
相変わらず元気なお市ちゃんが連れてきたのは、斯波一族と織田一族の子供たちだ。
「さあ、寒かったでしょう。お上がりください」
お市ちゃんが始めた子供たちの集まる会は今も定期的に続いている。今回はウチの屋敷で集まりたいとお市ちゃんに頼まれたんだ。ちょっとした遠足気分なんだろうか?
那古野の屋敷で珍しいのは温室くらいだろうか。ただ、お市ちゃんにウチの屋敷を子供たちに見せたいと言われたらね。断れないよ。
とりあえず広間に案内する。畳が敷いてあって、南蛮暖炉ことダルマストーブで暖めてある部屋だ。南蛮暖炉は触ると火傷をしないように周囲を木製の柵で囲ってある。小さい子がいるとどうしても危ないからね。これは子供が生まれて以降ウチでやっていることだ。
みんな興味津々な様子で見ているけど、屋敷自体は特に派手な装飾とかないんだよね。
「一馬殿は商務総奉行以外にも、皆の役目も助けておるのです」
侍女さんたちが温かい麦茶をみんなに出していると、お市ちゃんはオレのことを紹介するように子供たちに教えている。もちろん、それだけではない。エルたちの仕事ぶりとかウチの働きを子供たちに聞かせていく。
「姫様は以前から皆の役目を知ってほしいと教えておられますから」
お市ちゃんの乳母さんが世間話程度に説明してくれる。いろいろやっているのは聞いていたけど、そこまでしていたとは。
「クーン」
「この子たちがロボとブランカです!」
騒がしいのを聞きつけたわけでもないのだろうが、大武丸たちが来ると一緒に姿を見せたロボとブランカに子供たちは喜びの声を上げた。清洲城には
清洲城でオレもよく会うけど、子供たちもよく会うんだろう。
ロボとブランカは子供に慣れているからか、囲まれても動じない。お市ちゃんとはよく会うしな。孤児院の子供たちもくるから子供は珍しくないんだろう。
この後はメルティのアトリエと温室を見せて、エルたちがオルガンや楽器で演奏をして聞かせることになっている。お昼も用意してある。オムライスだ。みんな喜んでくれるかなぁ。
Side:岡部親綱
先日、雪斎和尚が清洲に与えられた屋敷に移ったと聞いたので様子を見に行ったが、具合もだいぶ良うなったようで安堵する。もっとも決して無理はするなと念を押されたうえに役目に復帰するのは駄目だと言われておるようだがな。
織田の政は我らとはまったく違う。国人、寺社、土豪などに配慮をすることもあまりない。さらに言うならば、尾張者は武士から坊主どころか民に至るまで寺社に対して厳しい。古く権威があるからとありがたがることなどなく、堕落して本分を疎かにしておるような寺社には見向きもせぬ。
駿河や遠江でも厚遇されぬと不満を持つ寺社は多いが、織田はならば勝手にしろという考えであり、それを知ると困るとごねるのだ。
「寺社の化けの皮が剥がれましたな」
「あれも所詮は人の集まりよ。まともなのは雪斎のように僅かな者のみ。わしは僧籍におった故に存じておるが、そなたらを含めて知らぬ者は驚いておろうな」
今川家中も左様な寺社に幻滅しておる者が出ておる。『寺社の領分には手を出すな』と言うておった者らが、『手を出さぬ故勝手にしろ』と命じられると、それは困ると泣きつくのだ。あれでは奴らの語る神仏すらまことかと疑いたくなるというものだ。
ただ、御屋形様は驚いておらぬ。すでに承知のことだとは。
「武士も坊主も名目が違うだけということでございますか」
「本来ならば違いはある。されど、今の世ではいずこの坊主も肉を食らい酒を飲み女を抱く。さらに僧兵など抱えて人を殺めるのじゃ。内匠頭殿が尾張に来た頃に、あまりに傍若無人な坊主どもに驚いたというのもよう分かる」
尾張では神仏を信じる者ほど坊主の堕落ぶりに怒っておると聞くが、御屋形様はむしろ冷めておられるな。もとより堕落した坊主に期待などしておらぬのやもしれぬ。
「大殿が仏と言われるわけでございますな」
「ああ、慈悲もあり道理も貫く。世を見据えて因縁あるわしですら許す。まさしく仏の化身と言うても過言ではあるまいな」
尾張や美濃では己を戒めておる坊主が増えておるという。さもありなん。このままでは坊主のことなど誰も信じぬようになってしまうからな。
戦わずして降ってみじめな思いをするかと案じておったが、左様なこともない。この国には同じく戦わずして降った者が多いのだ。先んじて降った斎藤山城守など、下剋上の謀叛人とまで言われておった男だぞ。それが今では美濃の代官を任されて隠居後も役目を与えられるほど。
「蔵人と争いいかがなるかと思えば……」
「ああするしかあるまい。この地は朝廷への義理を欠かしておらぬ。今後は勝手に致すと言われれば朝廷は権威すら失いかねぬ」
古き世の帝か。わしも深く考えたことはない。軽んじるのはいかがなものかと思うが、尽くすかと言われると答えに窮する。
蔵人のあまりにこちらのことを考えぬ振る舞いには、尾張者が怒らぬことに驚いたが。
まあ、それもよくよく聞けば、内匠頭殿や大殿が怒らぬ以上は捨て置くと冷めた答えが返ってきただけだがな。
今川家も冷遇されることはない。むしろ務めるべき役目が多く苦労をしておる。思うところもあるが、これでよい。我らは古き朝廷と違い、今の世を生きるのだ。
Side:湊屋彦四郎
師走は忙しい。今や尾張は近江より東の商いを率いる立場。各地から入る知らせや商いの嘆願はすべてわしのところにくる。
わしは隠居して、少し美味いものを食うて暮らしたかっただけなのじゃがの。
「何卒、良しなにお願い申し上げます」
顔なじみである神宮の神官に頭を下げられると少し思うところがある。かつては大湊の商人としてかの者に頭を下げたこともあるのだ。それがこうも立場が変わるとはな。無論、公の場ではない。とはいえ久遠家重臣という立場が神宮をも頭を下げさせるとは。
用件は宇治と山田の抜け荷の扱いだ。神宮が見て見ぬふりをしておったことなどで、責めを負わされるのではと慌てておるらしい。回りくどい言い回しで長々と口上を述べておるが、一言で言えばそうなる。
北畠に助命嘆願をしておる元商人があることないこと言うて、神宮を巻き込もうとしておるのだろう。わしにまで頼むとは向こうは焦っておるとみえる。
「我が殿は宇治山田の処遇に口を挟みませぬ。とはいえ他ならぬ神宮の使者。わしからお伝え致しまする」
北畠家とは内々に話が付いているとはいえ、我が殿は寺社や商人に厳しいと世評がある。北畠家が許すと言うても我が殿が許さぬと言えば大事になるからな。こうして根回しのために下げたくない頭を下げておるのであろう。
「うふふ、蔵人の件で焦って使者を寄越したようね」
神官が去るとエミール様が面白そうに姿をお見せになった。偶然であろうが、隣で覗いておられたようだ。
「やはりあれも関わりがあるのでございましょうな」
「だと思うワケ。北畠と織田で手配した商人を匿っていたこともある。神宮も抜け荷に加担したと考えても驚きはないもの」
院が蔵人を解任され、都に戻された事実は重いか。蔵人ですら許されぬのに、織田を騙した商人を見て見ぬふりをした神宮が許されるのか。左様な恐れを抱くのも致し方ないことか。
念のため殿に報告の書状を上げておくか。争う気のない神宮と事を構えることはあるまいが。
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