第1549話・北の国の冬

Side:山科言継


 まるで示し合わせたように話が進んだわ。内匠頭の恐ろしきところよの。広橋公がお膳立てした場を見事に使ってみせたわ。


 こちらとしては穢れをいかに扱うか。織田の者と話を詰める必要があるのじゃ。故に広橋公はご自身で知る限りのことを明かした。


 されど、穢れの元凶を見つけておったとは。末恐ろしいとしか思えぬ。


 ああ、広橋公はすでに蔵人らと共に帰京した。一旦戻り、主上にも一連のことをお耳に入れねばならぬからの。ただ、蔵人の始末が済んだらまたこちらに来ると言うておるが。


 吾は蔵人の代理をせねばならぬ。姉小路卿と京極殿と今後のことを話す。


「山科卿、いかがいたしまするか?」


「今後はあれこれと細々としたことは命じぬ。院の御内意であらせられる。ただ、もう少し皆が院に拝謁する機会を増やしてほしい。せっかく尾張におられるからの。この地を知りたいと仰せじゃ」


 それほど変わるのかと幾分驚いた顔をしたが、なにより院の御内意がある。


「はっ、それはようございまするが……」


「贅を尽くした宴でなくとも構わぬ。日々の夕餉でもよい。尾張では増えておる昼餉でもよいのだ。民と同じ飯を食うことや茶を飲むことでも構わぬ」


 まったく蔵人らめ。無理難題を言いおって。院は政などなさる気がないのだ。出来ぬとご理解されて譲位なされた。すべては花火をご照覧になり尾張を知るため。それを潰していかがなるというのだ。


「案ずるな。なにかあれば吾が責めを負う」


「畏まりましてございます」


「院の勅勘には驚いたであろうな。されど、あれは御身の蔵人故の厳しき沙汰。内裏の者でない臣下にあれこれと命じることをよしとなされなんだのじゃ」


 まずは斯波と織田の者と同席する機会を戻さねばならぬ。ああ、武衛と弾正と内匠頭にも頼んで置かねばならぬな。なにか面白き趣向のことがあらば、遠慮なくしてもらわねばならぬ。


「変われば変わるものでございますな」


「上から命じてばかりで世が治まるわけではあるまい? 近衛公も慌てておられたわ」


 此度の件は幾つかの失態と偶然が重なった。そもそも院は政をすることが古くからの慣例となる。今代の院はそれをするおつもりはないものの、蔵人を筆頭に周囲は変えることなく慣例のままに残してしもうた。


 さらに都から出ることもなく、公卿や公家しか相手にしたことがない蔵人が出張ってしもうたことも失態であったな。


「本音を言おうか。これがまとまらねば吾と広橋公は戻るに戻れなんだ。本心から安堵しておるわ」


 吾も此度のことで少し学んだ。近衛公が行うこと、少し急いておるのではと思うておったが、あれもまた必要なことであったな。


 斯波と織田の道を塞ぐ気などないのじゃ。されど帝と朝廷は残さねばならぬ。たとえ形を変えることになろうともな。




Side:安東愛季


 家中の者も幾ばくかの者が承服しかねると離反したが、それでも多くの者は降った。能代と土崎を落とされたことが大きい。思うところがある。されど、誰ぞに借りを作り退けたとて次があるとも限らぬ。


 致し方ない。その一言に尽きる。


「尾張でございますか」


「ええ、私たちは年始を前に尾張に戻ることにしているの。無理にとは言わないわ。ただ、正式な臣従を望むなら安東殿の同行を許すわ」


 城と領地没収。俸禄になるというが、検地が出来ぬ冬になる故、来春までは据え置くという。ただ、わしを含めた久遠家の主立った者は、すでに出羽を離れて津軽大浦城に来ておる。


 さらに驚いたのは、この地もすぐに離れてしまうということであろう。季代子殿の言葉に驚いてしもうたわ。


 二月には戻るというが、二月以上おらぬのでは口先だけで降った者が勝手をするぞ。


「その間、出羽はどなた様が治めるのでございまするか?」


「安東家に任せる。能代と土崎には商いもあるからこちらの家臣を残すけど、春まではさすがに出来ることが多くないわ。なるべく民を飢えさせないようにしなさい」


 なんと、それではあまり変わらぬのではないか。備えをすれば春に謀叛を起こせるぞ。良いのか?


「その間にいずこの者かが攻めてくればいかが致しまするか? また謀叛の恐れも……」


「そうね。能代と土崎は守りなさい。あとは捨て置いていいわ。無理に勝とうとしなくてもいい。無論、備えは残すけど。それと領地が多少減っても、安東殿に責めは負わせないわ」


 このお方はわしの考えを察しておる。それでも良いと言うのか。


 わしを疑うておるのか? 信じておるのか? 分からぬ。わからぬが、国人や土豪が勝手をしようとあまり気にしておらぬようだな。いかようにでも出来るということか。


 聞けば、蝦夷で従えた蠣崎らや大浦の者も同行するという。皆、臣従を尾張でするのだそうだ。


 あとは弟と残った重臣らに任せるしかないか。逆らうわけにはいかぬ。




Side:季代子


 安東家を従えて大浦城に戻ったけど、今年はここまでね。


 私たちは尾張に行く必要がある。船で半月余り掛かるわ。夜などは密かに動力を使ってもいいけど、あまりに早過ぎるのも困る。のんびりとした船旅になるわね。


 出羽国は降伏や臣従をしたところも春まで現状維持、ほとんどが様子見でしょうね。


 まあ、こちらを知ると謀叛なんて起こす気はなくなると思うけど。知ることの出来ないレベルの国人や土豪は大勢にあまり影響はないので構わない。


 すでに北国は雪も降っていて、日本海で船を出すのが難しい季節。私たちの乗る大型の貨客船はオーバーテクノロジーを含めてまだなんとかなるけど、荷を運ぶ船は無理ね。


 津軽一円の賦役は継続出来るだけの物資があるけど、雪深いこの地では春が来るまで出来ることは多くない。そもそも除雪をしないと街道すら維持出来ないもの。とはいっても十三湊から大浦への街道と岩木川の治水工事は続ける。


「浪岡家から文を預かって参りました」


「そう、ご苦労様」


 尾張への帰国の報告を兼ねて浪岡北畠家に使者を出して、ついでに文でも届けることを申し出た。中身を見られることを想定するだろうし。それほど重要な文ではないでしょうけどね。こちらがきちんと北畠本家と通じていることを示すのは悪くない。


 さて、留守にしている間に誰か動くかしら? この地で冬季間の戦はまずありえない。とはいえ絶対ないとも限らないはず。


 まあ、長い目で見ると懸案とは言えない。むしろ、賦役や新しい政を留守中にどれほどうまくやれるのか、そこが重要ね。


「尾張でございますか。遥か遠い地と思うておりました」


「遠いわね。でも行けない場所じゃないわ」


 蝦夷陸奥の倭人衆は尾張に行くとなったことで、少し思うところがあるようだ。正式な臣従をしていないものの、禄はすでに出してある。長旅で自ら行く必要があるのかと考えている者もいるようだわ。


 食うに困らず家の体裁と身分が保障されるなら、そこまで拘る気がない者もそれなりにいるということね。


 むしろ、物資の価格差と賦役の影響が見え始めていることで、南部側や浪岡側との領民が騒ぎ始めている。問題はこちらでしょうね。


 安東家が寝返ると少し面倒になる。まあ、西津軽一円は守れるだろうけど。


 ともあれ、我が殿のいる尾張に帰りましょうか。



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