第1542話・具教さんとの相談
Side:久遠一馬
暦は十一月に入っている。賦役の季節だ。尾張、美濃、三河、伊勢、主に雪の降らない地域は暇な人がいないだろう。
尾張では河川の整理が一部で始まる。もともとこの時代では河川を整備することが少なく、氾濫して川の流れが変わることだって珍しくない。川の堤防を築き、浚渫をして水位を確保するようにする治水と、ここは要らないだろうという支流なんかをなくすべく工事をする。
まあ、尾張、美濃、西三河あたりはだいぶ街道整備が進んだこともあり、河川の賦役が増えたということだろう。あと東三河の豊川放水路。ここはすでに工事が進んでいる。
今後は基本的には領国ごとに効率の高いところから賦役をしていく。特に新領地だと新しい領主がどうするんだと不安になるからね。早く働かせたほうがいいという事情もあるけど。
新領地では駿河と遠江は領内の寺社の処遇にようやく目途が立ったので、大規模な賦役が出来る。甲斐は現地で街道の整備をやらせているけど、晴信さんの支配地域でしか出来ないのと、まだまだ検地などもしていないので、ほんと飢えさせないために働かせているような状況だ。
「国を治めるというのは難しきことよ。父上が尾張に来て以降、特に思うわ」
そんなこの日は具教さんが来ている。以前と違い気軽に尾張に来られなくなったことで若干のストレスを感じている様子だ。
「お察しいたします」
長年のやり方を変えようというんだ。仮に正しいと考えても抵抗感はあるだろうし、分からないことだらけになる。尾張という先例があるものの、北畠家だと大変だろう。まあ、琵琶湖や比叡山のある近江よりは立地は恵まれているけどね。
あっちは下手をすると小競り合いから大乱になる。最悪の場合は尾張からも援軍すら必要なレベルだ。よくまあ、大事にしないで改革を進めていると感心している。
「赤子を穢れと言われたことで怒っておるそうだな?」
「もうお耳に入りましたか。ただ、怒ってはいませんよ。不愉快ですけど。はっきり言うと怒るほど期待もしていませんので」
宇治山田の件などを一通り相談したあと、具教さんが口にしたことに苦笑いを浮かべてしまった。別に怒ってない。ただ、朝廷にあまり関わりたくないとは思っているけど。
「そのほうが怖いわ。武衛殿や弾正殿が怒っておる最中にそなたが突き放すと、止める者がおらなくなる」
「朝廷の件は上様にお任せしていること。私の一存で動くことなどございませんよ」
突き放すとか言われてもなぁ。オレは私情で政策を変える気はない。それにもともと朝廷とのことは義輝さんを通すようにする形にしている。交渉には確かに織田家の者も同席するけど、はっきりいうと今後さらなる支援は元から考えていない。
定期的な献上でさえも、減らしてもいいのではという意見が家中にはあるくらいだ。なんで自分たちだけ朝廷に献上しないといけないんだという不満が家中にある。
関所を封鎖する警固固関の儀をしたことが家中には知られているからね。義統さんも信秀さんも積極的に広めていないものの、この手の噂や情報は伝わってしまう。
朝廷の問題に公の場で触れる評定衆はいないものの、過激な時代だ。陰ではあれこれと言われているようなんだ。
「それとな、神宮がこの件を気にしておる」
「神宮が? なんでまた」
「あそこも穢れについては同じだからな。そなたの逆鱗に触れるかと少し気にしておるようだ」
神宮か。これもまた情報が伝わるのが早いな。ただ、個人的にそこまで関わることがないだけに、気にしていると言われてもね。
そもそもオレは不愉快だと上皇陛下の側近に話したことはない。蔵人殿たちと会うことは、上皇陛下に拝謁する時以外はないんだ。まあ、資清さんたちとか織田家の皆さんには少しそれらしいことは言ったけど。
この件に関しては、子供が生まれたあとにオレと信長さんが、『穢れに触れた者は定められた日数は院に拝謁をすることを許さぬ。その間、穢れに触れるべからず』と蔵人たちから京極さんたちを通して命じられたからだ。
どうも彼らの言い分としては、常に上皇陛下に呼ばれてもいいように穢れには触れるなということらしいけど、オレも信長さんも従っていない。それどころか出産後落ち着いた頃には、義統さんと信秀さんまで来てくれたくらいだ。
そもそもそんなことを言うなら、医師であるケティたちと会うなということになる。まあ、蔵人殿たちはウチの体制も医術に関しても知らないというか教えていないので、そこを指摘されることはないようだけど。
ちなみに側近と言えるか分からないが、上皇陛下の侍医である丹波殿とは話がしたいと頼まれて何度かケティと共に会った。彼は穢れがどうとかより医術・医学に関して興味を示していて、割と建設的な話をしている。
もちろん、立場上穢れに触れられないはずだけど、細かく穢れがないかとか注文を付けてこない。病院を見たいけど立場上難しいと嘆いていたくらいだ。
日の光にあたることなど以前に山科さんに教えたからね。その話とか、手洗いうがいなど尾張で推奨していることなどで意見交換したね。
そういう意味では上皇陛下の周辺の人も対応に温度差がある。
「私としてはもとより神宮に口出しなど致す立場ではございません。ただ、私は穢れてもいいので民や家臣と共に生きるつもりです。相応しくないというならば神宮には参りませんけど」
少し話が逸れたが、神宮のことまで口を出す余裕はない。ただ、一々穢れがどうこう言われるなら行かなくていいとは思うけど。
「お気になさらずともよいと、お伝えください。私の一存で神宮にご迷惑をお掛けするなどあり得ませんので」
また伝言ゲームで勘違いをしても困るのではっきり言っておく。オレはこちらの都合で朝廷や神宮の歴史と慣例を変えろなんて言う気はないんだ。
ただ、放っておいてほしいとは思うけどね。触れてはならないほど尊いなら触れないから。変に欲を出して、オレを自分たちの価値観に変えてしまおうとしないでほしい。
郷に入っては郷に従え。合わせられるところは合わせる。それは変わらない。ただ許容出来ることと出来ないことがあり、優先順位がある。オレは朝廷や神宮の慣例を妻や子や家臣より上にする気はない。
まあ、オレが舐められているんだろう。ほいほいとお金を出してなんでもありがたいと言っていたから。仮に細川晴元が相手だったら言わないんだと思う。
晴具さんが言っていた。朝廷や公家とは上手い嫌われ方を覚えないと駄目なんだろう。オレはまだまだ未熟だね。
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