第1543話・あれから……

Side:久遠一馬


 北畠家と六角家から織田農園と賦役の報告が届いた。この春から秋までの期間の報告になる。良かったこと今一つだったこと、いろいろとある。


 織田農園に関しては実際に復旧した田畑で本格的な作付けが出来たのは今年からなので、約束通りに農作物の買い上げを優先的にすることになるけど、北畠家と六角家や現地の人たちが困る値段で買い上げるわけにはいかない。もちろん全量買い上げて持ち出すわけにもいかないしね。


 持続可能な地域の発展を考慮して農作物の購入をする必要がある。また北畠家と六角家両家に税金を納めるのは織田になるので、それを見越した値段にする必要もあるね。


 旨味という意味ではそれほどないけど、安定的な農作物の確保と両家の発展と改革を考えると大きな意味がある。


 織田農園と賦役の課題に関しては、去年からやっていて、甲賀辺りでは成果が出ているものの、やはり北近江三郡あたりは課題も多い。


 六角家あたりは街道整備に力を入れようと頑張っているものの、問題は寺社や土豪など権利関係が複雑なことだろう。特に東海道のような古くからある街道だと土地と利権のしがらみは強い。


 まあ、苦労がある分だけ進んでいるという証でもあるけどね。こちらとしてはあまり焦らないようにとアドバイスをすることすらある。すでに経済的な恩恵は北畠家と六角家にもあるんだ。今はやれることを着実にするしかない。


「三好はねぇ。どうしたらいいのやら」


 それと織田家やウチでも頭を悩ませているのは三好家だ。商いを通じた経済的な支援はしているし、義輝さんの後ろ盾もあるので支配地域の安定化はしている。


 ただ、あくまでもこの時代のやり方であり、未だ若狭にいる管領細川晴元と細川京兆家の影響力も決して無視出来るものではない。


 経済的にはこちらが主導権を握っている。とはいっても朝廷を筆頭に古来から先進地である畿内の潜在力はまだまだ大きく、関わっても嫌われるし、関わらなくても嫌われる。ほんと、人という生き物が嫌になる瞬間かもしれない。


 地方は中央の下で大人しくしていればいい。発展するのは自分たちが先だ。まあ、そういう認識は古今東西あるんだろう。別にこの時代だからというわけでもないし、珍しくもない。


 ただ、現時点では三好家からこれ以上の支援なんかを求められていないので、そこまで深刻でもないけど。


 積み重なった歴史の業がマグマのように溜まっているのは感じる。


 それと東の北条家、こちらとは伊豆で織田農園をすることで合意した。場所の選定と内容を決めて年明けには賦役を始めたいようだ。


 随分と時間が掛かったなと思うけど、こんなものだろう。在地の武士や寺社の根回しもいるし、北条領どころか関東全域への影響を考える必要もあるからね。


 とにかく経済と暮らしの格差をどうするか。北条家であっても頭が痛い問題で苦労をしている。


「千代女、悩み事か?」


 仕事を片付けつつ休憩となったので、気になることを聞いてみた。なんかここ数日、千代女さんの様子が微妙におかしいんだ。具合が悪いならケティたちが気付くはずだし、あとは悩み事かなと思って聞くタイミングを探していた。


「いえ、ちょっと月のものが遅れているだけでございます」


「そうか。ちょっと休んだほうがいいかな」


 深刻な悩みじゃなくて良かった。妊娠したのか、ただの不順か。あとで密かにケティたちに聞いてみるか。こちらにはオーバーテクノロジーがあるので大掛かりな検査機器がなくても、密かにデータを集めて検査や診断が出来るんだよね。


 ケティたちの聴診器などは見た目が普通でも、中身がオーバーテクノロジーで別物になっているものもある。


 主にデータを採取していて、シルバーンで解析するとすぐに結果は出るはずだ。毎日顔を合わせているし、すでに把握済みだろう。


「いえ、ご懸念には及びません」


「いいから。上の者が休まないと下の者が困るから。休んで」


 とりあえず休ませよう。ケティたちが休ませていない以上、心配は要らないんだろうけどね。


「はい……、畏まりました」


「気疲れってのもあるしね。ちゃんと休むことも仕事のうちだから」


 ウチのみんなは少し真面目過ぎるからなぁ。過労なんて美徳には絶対させない。


 元の世界の日本の悪しき風習だからな。




Side:塚原卜伝の高弟


 もう冬か。気が付くと今年もあとふた月を切った。師は今年も尾張で年を越すと仰せになったので、鹿島に文を出して年越しの支度もせねばならぬ。


 特に困ることもないが、弟子としてやるべきことはそれなりにある。


 師と共に尾張武芸大会に足を運んでから七年の歳月が過ぎた。巷では未だ衰えぬと言われる師であるが、それでも年々老いている。


 ただ、師はそんな老いとも真摯に向き合い武芸に励んでおられる。ご自身の鹿島新當流を惜しみなく教え、久遠流や陰流を自ら学ばれる。かような日々を誰よりも楽しんでおられるのだ。


「おや、偶然だね。先生は来てないのかい?」


 所用で清洲城に登城すると、今巴殿と出くわした。


 この御仁だ。師を変えたのは。武芸だけではない。師が人として武士として変わったのは、紛れもなくこの御仁と久遠家の皆様と出会うたからだ。


「ああ、師は牧場村に行っておる。子が生まれた祝いにな」


「そうかい。じゃ、アタシもあっちに行こうかね」


 荒れる世を嘆きつつ、ご自身は己が武芸を磨くことしか出来ぬと言うておられた師を変えてしまわれたのだ。


 帝となられた親王殿下や院にも直言を許されることとなり、公方様からは身分を越えて頼りにされておる。


 この尾張に腰を据えて新たな世を築く。それが師のやられておることだ。


「そうだ。島から美味い酒が届いたんだ。あとで届けるよ」


「それはかたじけない」


 今でも師は久遠流の弟子であると公言して今巴殿の弟子だと言う。されど、今巴殿は師を「先生」と呼び、師弟というより無二の友のように見える。お二方を見ておると、驚くことが多い。


 特に政など分からぬわしには、危ういことをしておるようにも思える。されど、今この国でなければ出来ぬことがあるのは理解しておるつもりだ。


 わしは自らの名を残そうなどと思わぬ。ただ、師の目指す先を支えてお仕えしたい。


 それだけでよいのだ。


 それだけでな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る