第1541話・変わるということ
Side:久遠一馬
今日は大武丸と希美の三歳の誕生日だ。子供たちの誕生日は可能な限りお祝いすることにしているので、割とちょくちょく誕生日のお祝いをしている。コミュニケーションの一環でもあるんだよね。
それとリリーの子は
「そうか。なら決まりだね」
北畠家から返答が届いた。宇治と山田の商人。戻る場合は利益分の弁済と賠償金を払わせることになった。あとウチとして個別に数年の商い禁止を言い渡して、数年後に素行調査などをして解除するか決める。
あそこはね。嘘ついて横流しした額が大きいので弁済と賠償金が莫大になるけどね。働いて返させないと失われる利益だ。何年かかっても返させればいい。
正直、オレ自身は悪質な嘘を一度でもついたり騙したりした人を信じる気はない。なので許すという言葉は使わないだろう。そもそも、そんな商人と会うこともないだろうけどね。いちいち末端の商人と会うような立場ではない。
罪人や悪徳商人の更生なんて誰も考えていないし、オレも考える気はない。ただ、どうすればみんなの利益になるか。それだけだ。
当然、まっとうな商人と同じ立場にはなれないだろう。そもそもこの時代では平等な商取引という仕組みすらまだない。信用の出来る商人を優遇して当然なんだし。仮にオレが許してもそんな商人が大きな顔をすることは当分ないだろう。
「甲斐はもとより、信濃も相も変わらず厳しいようでございますな」
冬になったことで飢えや寒さから亡くなる人が出ないようにと、可能な限り手配した。ただ、資清さんの表情は渋い。
悲しいほど利益にならない地域があるんだ。
「幾つかの作物が育つみたいなんだけど。利になるのはまだ先だからなぁ。甲斐はウチの者もあまり入れないし」
信濃ではヒルザが中心となり作物の選定を進めている。史実の信濃で育てていた蕎麦や高原野菜、唐辛子、高麗人参なんかを候補にしている。手間とコスト、技術的な問題などを検討して来年以降どうするか決める予定だ。
ただ、困るのが甲斐だ。相変わらず信秀さんからウチの奥さんたちは甲斐への入国が禁じられている。他に仕事もあるということもあるけど、風土病の完全な解明は難しいからな。万が一を考え、あの地域に行くなと言われている。
山の村の家臣も信濃に入って炭焼きの指導をしているけど、何分、広い地域と未だに治安が良くないことで進捗状況は良くない。
山岳地域が増えたことで、飛騨も含めて鉱山とか結構あるんだけどねぇ。プロイとあいりのふたりが山師の育成をしているし、武田方だった山師とかもいるんだけど。
根本的な問題として鉱山開発は優先順位として高くない。というかこちらで開発を抑えている。ウチの技術と知識でガンガン掘ることも不可能じゃないけど、山間の地域は鉱山が廃れると過疎地になるのが目に見えている。
長い目で見ると地域の開発をきちんと考える必要があるんだ。それと、国内の資源はなるべく将来のために残したほうがいい。これは元の世界でも同じことだけどね。
結果として山岳地域の鉱山開発は後回しにしている。効率で言えば平地の田畑を復旧したり開拓したりするほうが先だ。
いいこともある。この一年で街道はだいぶマシになったと報告を受けている。特に南信濃はウルザとヒルザがいることもあって、織田家としても優先的に街道整備してくれた。
「駿河、遠江は治水次第でございますからな」
ほんと日本列島の課題は治水だ。ダムを造らない時代なので、ため池や遊水地は完全に撤去出来ないし。川筋の整理と堤防を築くのも要る。ああ、港の整備も急務だ。
まあ、賦役として工事をすると成果が目に見える形で出ているので、織田家は余所が驚くほど工事をしているんだけどね。北畠家とか六角家の人が視察すると驚かれるし。
「さて、あとは明日にして。誕生日の宴の支度をするか」
今日の仕事は終わりだ。オレも宴の支度をする。みんなで準備してみんなで楽しむ。これがオレのやり方だ。
Side:与一郎
「このままでは良うないな。近江以東の者らがここまで朝廷と上手くいかぬとは、オレも思わなんだ」
塚原殿の屋敷で鍛練をされた上様は一休みすると、左様なことをおっしゃられた。
「某も存じておりませなんだ。申し訳ございませぬ」
「致し方あるまい。されど、考えてみると納得するわ。公卿だろうが公家だろうが同じ人、争いもすれば勝手な振る舞いもする。主上と院が従えてくださればよいのだが、それを許さぬのもまた公卿と公家の積み重ねであろう。難儀なものよ」
傀儡という言葉が頭に浮かんだ。そこまで酷くはあるまいが、朝廷は朝儀やらなにやらと公卿が同意せねばならぬ仕来りもある。さらに主上や院が動いて大乱となったことも古にはある。難しきことであろう。
「武衛様と弾正様はすでにお怒りのことと……」
「京極と姉小路が都におわす関白殿下に知らせた。なにかしら動くであろう」
京極殿がおってよかった。下手をすると取り返しのつかぬことになるぞ。京極殿と姉小路殿がなんとか収めておるのだ。
「にしても蔵人か。世の流れと己らの立場を考えよと言うのは酷か。オレとて旅に出ねば同じであったろう。そう思うと哀れにすら思えてくる。かの者らは都を出たが故に、慣例や習わしを都におる時以上に頑なに守り世に示すとでも考えておるのであろう」
おそらく上様のおっしゃる通りであろう。荒れた世で成り上がり者が裕福な暮らしをしておる。誰のおかげでこの地を治められるのだと考えて当然だ。
さらに礼儀作法から慣例まで己らが正しいと教えを受けておる者らだ。勝手なことをしておる尾張に正しき姿を示すべしとでも考えておる、かの者らの意思は固かろう。
無論、尾張との関わりが朝廷にとっていかに大切か、近衛殿下が言い含めたはずであるが、なればこそかの者らは己らの正しきものを尾張に求めたのであろう。
変わるべくは朝廷ではない。鄙者だ。
それがかの者ら、いや都におる公卿や公家の総意と言うても過言ではあるまいな。されど、尾張は朝廷に関わることすら避け始めておる。はっきり言えば朝廷を担ぐ必要などないのだ。この国は。
「朝廷が朝廷である限り戦はなくならぬか。全くもってその通りであるな」
この件の根幹は果てしなく根深い。武士と公家の争い。いや、それ以上のなにかがある。
これが、世が動く時ということなのであろうな。
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