第1540話・リアルな結末は静かなもので
Side:季代子
火を起こして鍋をかけると、食材を切っていく。水は川の水を使うしかない。なるべく煮沸して使うようにしているわ。何事も用心が必要なのよね。
私は時間がある時は食事の支度に加わる。現在は衛生兵が兼任している給養係、食事の支度をする者たちの監督と指導も兼ねている。
軍隊にとって補給と食事は生命線と言ってもいい。特に食事を作る給養係は裏切りを許されない。衛生兵としてきちんと教育と指導をした者たちと、バイオロイドの監視員を潜り込ませているわ。
今夜のメインはアジの干物を焼いたものと、キノコと野菜の味噌汁。
自然だけは豊富にある北国にとって、キノコと山菜の保存は塩さえ手に入れば容易になるわ。それがなぜ出来ないか。この地では塩が安くないからよ。塩作りは手間と労力もかかる。また薪を要する場合はそれもコストになる。史実の入り浜式塩田も潮の満ち引きを利用するのでこの地では難しい。
私たちは塩を大量に持ち込むことで保存食を用意したのよ。
「お方様、安東殿が参りました」
時は夕暮れ。あとは米と麦を混ぜたご飯が炊けるのを待つだけというタイミングで少し驚きの報告が舞い込んだ。
「確かなの?」
「はっ、某、顔を覚えておりまする」
蠣崎殿が確かめたか。つまり臣従かしら? まあ、会えば分かるわよね。後を任せて私は安東愛季と会うために自身のゲルに戻る。
「降伏致します。家中の者らの助命と暮らしが立つように、何卒よろしくお願い申し上げまする」
降伏という言葉に少し驚く。
「構わないけど、まだ戦えるでしょうに」
「勝てば退けなくなり、負ければ後がありませぬ。さらに海を失うとこの地は生きていけませぬ。我らが能代と土崎を取り戻したとて、また黒船で攻められると太刀打ち出来ませぬ。さらに南部や他の者に降るのも望みませぬ。しからば他に道はなく」
「いいわ。歓迎しましょう。城と領地は召し上げになるけど、臣従をして暮らしが悪くなった者はいない。安東殿は水軍も使える。期待しているわ。条件とか少し話しましょうか」
決して喜んではいないわね。屈辱を隠している。そんな顔をしているわ。ただ、籠城出来る自信がない。その一言に尽きそうね。
まだ十代半ば。仕方ないわね。それでも頭を下げることを選んだ。立派なものだわ。
あとは、安東家中がどこまで一致結束して降ったのか。まあ、細かいところはこちらとしては離反しても問題はない。この始末を終えたら、こちらも一息つけるわね。
Side:久遠一馬
冬だ。作付けの早かった大根が今年は豊作らしい。このまま順調に育ってほしいものだ。
「駿河と遠江はようやく合意することになったわ」
今日は熱田からリースルが武尊丸を連れて来ている。武尊丸は他の子たちと遊んでいるものの、リースルとはいろいろと話すことがある。
駿河と遠江の商人、彼らのことで動いていたのは寺社奉行のひとりである千秋さんと商人組合を差配しているリースルだ。商人は寺社のひも付きであるため、どうしても寺社奉行と商務奉行の協力が要る案件だったんだ。
「ご苦労様だったね」
この件も実は外野がいろいろと騒いだ。みんなで意見を出し合うということを進めているのもあって、直接関係ない人も意見を言うことがあった。
処罰が甘いと怒る人もいるし、配慮するべきだという人もいる。価値観というものが立場や身分でまったく違うからね。みんなが納得以前に妥協する結果にすることが難しい。
「歓迎していない。それが先方に伝わったのよ。こちらの商人組合でさえ処罰が甘いと不満もあったわ」
寺社も商人も地縁や人の縁でその土地に根付いている。この地で商いをするにはオレたちを無視するなんて許さないと息巻く人もいたけど、ならばこちらは織田の利と品を渡さないというと、途端に軽んじるのか配慮はないのかと騒ぐ。
粘り強い交渉の中で、最後は織田にとって自分たちはいなくても困らないと理解させたようだ。
「今川殿も密かに動いたみたいだしね」
「模擬戦の影響ね。わたくしたちが同じ条件で戦っても強い。それを理解して諦めた者は多いわ。今川家は危機感を感じていたようね」
あれは義信君のためにやったことなんだけどね。同じ条件なら負けない。それはウチと織田家と敵対した者たちの最後の心の拠り所だった。正直、あまり追い詰めたくないんだけどね。
今回はいい方向に動いてくれてよかったよ。
「あと宇治と山田から逃げ出した一部の商人が、早くも許しを請うべく根回しを始めたわ。元商人本人は出家して戻らず、後継ぎと残りの一族が戻りたいそうよ。財産没収でもいいからとにかく戻りたい。許しを請いたいそうよ」
「あれ? 早いね。神宮と伝手のあるどこかが匿うんじゃないの?」
リースルの用件はこっちが本命だね。逃げたのはそれなりの商人たちだ。逃げる先くらいあてがあると思ったんだけど。
「手配書を織田と北畠家の領内で出したのが効いたわ。どこも織田と北畠家の罪人なんて歓迎しないもの。みんな清洲の大殿と殿を恐れている。北畠家は大御所様も亜相様も織田と争うとは思えないこともあるわね」
ああ、あれか。堺の商人が土地を変え名前を変えて来たから、その教訓もあって北畠家の名前で手配書を出したんだけど。
「うーん。仲介して動いている人次第で許してもいいんじゃないの? こっちとすると損害の弁済と賠償金を支払わせたらいい。ウチとしては駿河・遠江と同じく数年の商い禁止だね」
別にオレはけじめさえつけてくれたらいい。不正な利益を上げると後で取り上げられて重い賠償金を背負わされる。そのくらいが今のところは無難かな。
対応はちょうど話がまとまった駿河と遠江と同じでいい。
「北畠家の根回しはまだよ」
「こっちから確認しておくよ」
大御所様が許すかだよなぁ。無礼だと怒っていたし。まあ賠償金は北畠家に入るようにしたほうがいいだろうね。それで鉾を収めてくれると思う。
「おっ、どうしたんだ?」
「まーまとあそぶの」
「まってるの」
ふと気づくと大武丸たちがみんな揃って廊下から部屋を覗いていた。新しい遊びかと思ったら、リースルを待っていたのか。
妻たちはみんなウチに来ると一緒に遊んであげるから、楽しみにしているんだよね。
「リースル、もういいよ。あとは夜にでも話そう」
「ええ、分かったわ」
リースルと顔を見合わせて笑ってしまった。
寒い廊下で待っている子供たちを見てしまうとね。侍女さんが申し訳なさげに頭を下げた。随分と話し込んでいたから、待ちきれなかったようだ。
「さあ、なにをして遊ぶ?」
「うんとね!」
リースルが立ち上がると、子供たちに囲まれた。リースルは裏方が多くて最近忙しかったこともあり、来てなかったからなぁ。
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