第1539話・その決断は……

Side:安東愛季


 そこまで敵が迫っておるとは……。


「殿! 来年の雪解けまで籠城をして、南部と共に討って出ればよいかと! 恐らくは南部も津軽を取り戻すべく兵を挙げましょうぞ」


「和睦もすると言うておるのだ。さらに降ることも認めるとも。それらを本気で考えるべきでは? 大敗した蠣崎でさえも、使者を前に発言を許される程度の身分で仕えておるのであろう? 斯波代将を名乗る織田の者が信じられず、話もしておらぬ南部が信じられるというのは少し迂闊であろう」


「そもそも籠城で持つのか? 蝦夷を制して半年でここまで攻めてきた者ぞ。南部に関しては同意する。こちらを盾にして己らだけ勝とうとするのではないのか?」


「重要なのは勝てるのかということと、勝ったとして、いずこで和睦するかだ。蝦夷は取り戻せまい?」


 家中の意見は分かれたか。


「仏の弾正忠と呼ばれるほど、虎を仏へと変えた久遠か。与太話かと思うておったが……」


 仏の弾正忠の名はここ出羽でも知られておる。慈悲と情けで国を大きくしており、戦となれば修羅の如く敵を打ち負かすという。かつて尾張の虎と言われていた弾正忠という者を仏へと変えたのが久遠内匠助。今は新たに官位を得たようで、久遠内匠頭とも織田内匠頭とも名乗っておるようだがな。


「夏まで帝であられた今の院が、無位無官にもかかわらず是非とも会いたいと所望したという。あまり敵に回したい男ではないな。来ておるのは内匠頭の妻なのであろう? 女の身で尾張の武衛様に認められたほどの者。こちらを謀ることだけはあるまい」


 そうだ。左様な話もあったな。西から来る船の商人が面白おかしく語っておった故、皆も聞き流して笑うておったが。


「代々の土地を手放せと言うのか!」


「もう手遅れだ。海沿いはその条件で降っておる。我らだけ和睦して助かるのか? さすれば恨まれるぞ。海沿いの者らに恨まれれば、ここは厳しい。いいのか?」


「それも考えねばな。和睦するならば先に降った者らをいかがするのか」


 まだ、戦をすると突っぱねてくれたほうが、こちらはまとまったのであろうな。情けか謀か。仏の弾正忠の噂を聞く限り情けか。そのせいで皆の覚悟が決まらぬ。


「わしは籠城するべきじゃと思うがの。向こうも苦しい故に和睦や臣従を許すと言うておるのではないのか?」


 年寄りはやはり和睦や臣従は望まぬか。


「されど、戸沢や浅利が久遠に与したらいかがする? さらにだ、こちらから攻めて能代や土崎を取り戻せるのか? あの金色砲とやらを相手に。苦しいのかもしれぬが、金色砲を使ったのは確かだ。もう使えぬとは言えぬぞ」


「向こうも苦しかろうが、こちらはもっと苦しい。海を失うと我らに先がない」


 そう、戦うならば、能代と土崎は是が非でも取り戻さねばならぬ。勝てるのか? 蝦夷からここまで負け知らずと思われる相手に。


 そもそも、こやつらは若輩のわしが命じて最後まで従うのか? 調略が及べば寝返るのではあるまいか? 決して口には出せぬが、それも恐ろしい。


 皆がわしをみた。わしに決めよということか。苦しいな。一戦交えて降るか? それとも和睦か、降伏か?




Side:久遠一馬


「はっはっはっ、よい子じゃの」


 孤児院に晴具さんと菊丸さんがやってきた。赤ちゃんが生まれたお祝いに来てくれたんだ。


「大御所様、よいのでございますか? 院の蔵人らは赤子を穢れだと騒いでおりますが」


 実は偶然にも先に菊丸さんが来ていて、赤ちゃんに会っていると教えると、晴具さんも会いたいと言ったので会わせているんだけど。


 ちょっとした疑問が浮かぶ。


「なんじゃ。かようなことか。穢れなど恐れて国が治められるか。まったく、誰のおかげで天下が治まっておると思うておるのか。己らの手を汚さず、武士には平気で穢れろと戦を命じるのだ。にもかかわらず穢れ故、近寄るなという。勝手な者らよ。都の者らはな」


 思わず飲んでいた温かい麦茶を吹き出しそうになった。この人、公卿なんだけど。


「上手くいっておらぬのか? 捨て置け。捨て置け。そなたほどの者ならば蔵人など相手にするな。あやつらは口を出す以上のことは出来ぬ。いずれ院に問われたら言うてやるがいい。穢れと言われたので拝謁出来なんだとな。武士は穢れと共に生きておる。それが不満ならば会えぬと言うてやってもよいの」


 隣にいる菊丸さんもびっくりしていて、与一郎さんは引きつった顔をしているね。物凄い本音だ。南朝のトップとして尽くした北畠家の本音なんだろうか。


 まあ、気持ちはよく分かるし、人のお祝を穢れだと騒ぐことを聞いて少し苛立っていたのも事実だけど。顔を見て悟られるとは、オレも未熟だ。この人が凄いとも言えるけど。


「大御所様ほどの御方でも左様な考えをされるとは……」


「菊丸殿には分からぬのであろうな。されどな、かつて南朝と北朝に分かれた者らとて、皆、朝廷に尽くしたのだ。にもかかわらず敗れたほうに待っておったのが現状じゃからの。祖先から伝え聞く話を思うと、帝とて人の子よ。穢れじゃと? 左様なものを避けるだけで世が安寧となるならば、やってみせればよいのだ」


 笑顔で赤ちゃんを見ながら語るには、あまりに過激な内容だった。不満、争いの種って、どこにでもあるんだなぁ。


 無論、晴具さんも菊丸さんが将軍様だと知っていて言っている。こういう場で菊丸さんを相手になら本音が言えるということだろう。


「戦はなくならぬとわしは思う。朝廷が朝廷である限りの。そなたはそれも変えてしまいたいのであろう? わしは最後まで味方となろう。いずこまで生きられるか分からぬがの」


 気づかれていた。朝廷に関してははっきりと明言していないのに。


 思わず控えているエルとリリーを見ると目が合った。認めてもいいだろう。そんな顔をしていた気がする。


「大御所様の御言葉、肝に銘じておきます。是非とも良しなにお願いいたします」


 公卿でありながら、国司でもあり守護でもある。そんな立場で武士と同じく国を治める。恐ろしい人なんだなと思う。敵に回れば。


 歴史や領地の広さ、戦の勝敗で測れないのが人というものだ。本当に肝に銘じておこう。






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