第1537話・冬も間近で

Side:久遠一馬


 もう冬と言ってもいいだろう。それほど寒い日だ。


「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」


 そんな寒さを吹き飛ばすような、元気な男の子。リリーがたった今、産んだ子だ。


「あかごだ!」


おのこだ!」


「ないた!」


 ただ、それ以上に周囲が賑やかだけどね。子供たちと孤児院の子たちが一緒になって大騒ぎ中だ。


「いいこいいこ」


「クーン」


「クンクン」


 元気に生まれてくれてありがとう。ロボ一家も花と生まれたばかりの子犬たち以外は連れてきているので、本当に賑やかだなぁ。


「殿、那古野の若殿が参られました」


「分かった。すぐ行くよ」


「私も参ります!」


 生まれたとすぐに知らせが走ると、今回もありがたいことにお祝いに駆け付けてくれる人が多い。オレが出迎えなければならないんだけど、お市ちゃんも来客の出迎えを手伝ってくれるようだ。


 最近ではお市ちゃんより年下の妹や弟たちを連れてくることもある。畑仕事をしたり家畜の世話をしたり、一緒に遊んだりとかつてのお市ちゃんと同じくらいいろいろなことを体験している。


 それに手洗いとうがいをみんなにさせるなどもしていて、小さい子たちは当然のように習慣としてやってくれている。


「ちーち」


「遥香も一緒にいくか?」


「うん!」


 ああ、着物の裾を掴んで寂しそうに見上げないでほしい。置いていけなくなる。仕方ないので遥香を抱きかかえて信長さんの出迎えにいこう。あまり褒められたことじゃないけど、信長さんなら分かってくれるだろう。


「おお、すでに来ておったのか。いつもそなたは早いな。市」


「はい! 赤子は皆で迎えるのです!」


 出迎えた信長さんは、一緒に出迎えたお市ちゃんにまた先を越されたと笑っている。


 そういえば、お市ちゃん。出産を穢れという感覚ないんだよね。そもそも血を穢れとするのもない。出産を何度も見ていることや、ケティたちの手伝いをしたいと病院に行くこともあるから、その辺の大人よりウチの医学を知っていることもある。


 血を穢れというのは信長さんもないね。あと戦の前に女性を避けるという習慣も織田家だとなくなりつつある。年配者は今でも気にする人がいるようだけど、清洲城だと普通に女性が働いているからね。


 出陣前の忙しい時に女性は駄目だからと清洲城に来ないとか、重臣とか立場ある人だと出来なくなりつつあるという事情もあるけど。


 まあ、戦をする時も占いなどで日取りを選ぶとかしなくなったしなぁ。そもそも戦は必要に応じて応戦することが多いので、そんな暇がないんだ。


「わかとのさま!」


おのこでございます!」


 信長さんが来たとなると、すぐに子供たちが集まる。偉い人だけど、よく会うし、今でも遊んでくれることがあるんだ。


「そうか。なによりリリーも子も無事が一番だ」


 あまり政治的なことには関わらないリリーだけど、牧場の作物を贈ったりすることもあるのでいろいろな人が来てくれる。


 あと紙芝居でも有名なんだよね。土岐家家臣との一件が有名になり過ぎてさ。本人は恥ずかしいと言うけど、止めてほしいとまでは言わない。


「ほとけさまにけんめいにいのったの」


「オレも!」


「ははは、それは良いことをしたな」


 楽しげに話す信長さんと子供たち。変わった価値観もある中、神仏への信仰はあまり変わっていない。


 まあ、ウチにいるとろくでなしの坊主とかと会う機会がないからね。沢彦さんとか学校関係者は立派なお方ばかりだし。


 那古野では先日の文化祭に続き、またお祭り騒ぎになるだろう。ウチも振る舞い菓子と酒を用意して盛り上げる。


 寒い冬をみんなで乗り越えよう。




Side:安東愛季


 黒い船が能代湊を攻めてきた。左様な知らせに城の中は騒然とした。あり得ぬ話ではない。されど、雪が降る前に来るとは思わなんだ。


 能代湊はすぐに敵の手中に落ちた。金色砲と思わしきものに皆、手も足も出ずに逃げるばかりでほぼ無傷で明け渡したのだという。


 無論、わしはすぐに取り返すべく兵を挙げる支度をしたが、津軽から海沿いを久遠が南下してきたという知らせにそれどころではなくなった。


「威勢のいいことを言うてこの様か」


 幾人かの家臣は己の所領が危ういと慌てて領地に戻ったが、兵を挙げて守ったという知らせは皆無だ。氏素性の怪しき者など蹴散らすと騒いでおった輩に限って、降伏か退去かと迫られて降伏したと聞く。


「兄上……」


 湊城と土崎湊もすでに落ちた。湊家の家督を継いだばかりの若い弟の話では、聞いたこともない轟音が鳴り響き、馬は暴れ、兵は逃げ出し、守れなんだという。


 籠城ではなく討って出た弟の意気込みは認めるが、おかげで籠城もろくに出来ずこちらに逃げ込んだ。


「籠城じゃ! 籠城!!」


 重臣の年寄りが頼んでもおらぬのに勝手に命を出しておる。父上が重用しておった者であるが、この年寄りの進言により今の窮地があると理解しておらぬのか。


 そもそもアイヌ同士の小競り合いから久遠が出てきて蠣崎も出た。力の差か、蠣崎が愚かなのか知らぬが、負けた上に蝦夷の地をすべて奪われるなど大恥もいいところだ。


 兵を挙げて取り戻すべしというた者らも、意気込んで蝦夷に行き逃げ帰った者らも誰も責めを負わぬ。いや、若いわしでは責めを負わせられなんだというところか。


 わしも久遠など許さぬと怒りが収まらなんだが、この年寄りを見ておると、こやつらのせいではないかと思えるようになった。


「そなた、能代の久遠の下に参れ。久遠がなにを望むのか探るのだ」


 籠城だと? 後詰めもないというのにいかに籠城する気だ? さらに高水寺の斯波が動かぬとも限らぬ。久遠も斯波の代将というではないか。昨年には親王殿下を尾張にお招きしたとさえ聞いた相手ぞ。


 さらに言うならば、蝦夷も大浦も籠城すら出来ておらぬではないか。


 これではいかん。湊城から逃げ込んだ弟を久遠の下に密かに遣わすことにする。いきなり殺すような真似はするまい。能代でも土崎でも敵将や兵を討つどころか追い立てるように追放しておっただけだと聞くのだ。


「はっ、畏まりました」


「無理に意地を張らずとも良い。こちらに久遠を攻める意思などない。そう言うてよい」


 分からぬのは久遠の真意だ。あまりに強すぎて動けば領地を得てしまう故にここまで来てしまったが、蠣崎も大浦も降っておると聞く。わしも降す気か?


 思うところはあるが、水軍が役に立たぬのではこちらに勝ち目は薄い。駄目でも話をするというて雪が降るまで時が稼げればよいのだ。


 ともかく動かねば、あの年寄りと並んで腹を切ることになりかねぬわ。


 己の至らなさと愚かさで腹を切るなら構わぬが、年寄りの責めを負って腹を切るなど御免だ。



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