第1536話・第三回文化祭・その三
Side:久遠一馬
夕方になると雰囲気が変わる。賑やかな祭りから厳かな儀式のような神聖な感じが広まる。神仏がリアルに信じられている時代だなと再認識する。
今日は上皇陛下から、なにも要望がなかった。事前にある程度の話を詰めていたこともある。どうもこちらと側近との交渉が大変だと悟られたようで、ご自身で事前に要望をきちんと口にするということをされた。
平伏は不要とか、いつもと変わらぬ様子が見たいとか、学校で日頃食べている給食が食べたいとか。
側近は渋い顔をして、後でこちらにあれこれと注文を付けたんだけどね。上皇陛下のお求めと異なるというと引き下がった。
代々続いた慣例を変えるのは上皇陛下とて難しいところがある。ただ、例外というか、ここは内裏でも仙洞御所でもないからね。直に要望をされると周囲も目をつむると言ったところか。
一例を挙げると干した鰯を焼いたもの。これたくさん獲れるうえに保存が利くし安いので学校の給食でよく出る定番のおかずなんだけど、古くからあまり好まれていなかったといい顔をしなかった。
結局、出汁として使っていることもあることや、ウチでは定番ということで一応納得したようだけど。
学徒のみんなへのお声掛けはなかったものの、書画や工作などの展示物も楽しげにご覧になられていた。先日の武芸大会の後には文化工芸部門の展示もご覧になられていて、その時もそうだったけど、不特定多数の人の様々な作品を見るのはオレが思う以上に楽しいらしい。
古今和歌集のようなものは古くにあるけど、そうでなければ和歌ですら歌会などに参加した人の作品以外は知ることもない。
子供たちの書画なんかはセオリーとかと外れているものもあるし、見ているとその子たちの日常などが垣間見えるから面白いんだよね。
「ああ、立派な太鼓だね」
「ええ、職人衆から寄贈されたものよ」
さて、夜のメインイベントである那古野神社へ山車と共に向かうことになるけど、恒例となった山車馬車以外にも馬車の荷台に太鼓を備え付けた新しいものもあった。
出来がいいのでアーシャに聞いてみたけど、やっぱり職人衆が作ったものか。
色とりどりの山車馬車があり、中には担ぐ形の小型の手作り山車もあるね。初年に準備期間が短いことで始めた灯篭のようなねぶたのような山車も健在だ。今ではこの時代でもある人形と灯篭を組み合わせたものまである。
準備が終わると、提灯を持ってみんなで那古野神社まで運行だ。
見上げると星が綺麗だ。学校から練り歩く途中で見物する人もいるし、合流する人たちもいる。
暗くて表情が完全に見えないけど、上皇陛下のお顔は悪くないようにお見受けする。
ここでは当たり前のことなんだけどね。上皇陛下にとってはこれも二度とない経験となるだろう。
帝は今頃内裏でお休みになられているだろうか? 去年の祭りを思い出して夜空を見上げているかもしれない。ままならないことだと理解してもなんとも言えない気分になるね。
Side:駿河の公家
数多ある提灯と山車の明かりに心奪われるようじゃ。院もお喜びになられておる。蔵人らは困った顔をすることも多いが、院の御意向に致し方なしというところか。
にしても近衛卿らは多少なりともご理解しておられたようじゃが、蔵人らはまだ理解しておらぬの。所詮は都から出ぬ者らか。世の流れが見えておらぬわ。
武衛殿や弾正殿の機嫌を損ねれば、己らのみならず主上すらお困りになるというのに。あれこれと命じるばかり。もう少し言葉を選べばいいものを。
そもそも東国の者にとって、都は遠く離れた地にあればよいのじゃ。鎌倉の世から都に関わりとうない者など幾らでもおるわ。
今の尾張に違いがあるとすれば、尾張はまことに畿内と関わらずとも困らぬことか。武衛殿などもう官位も十分だと言うたという噂よ。これ以上官位を得ても得るものがないということであろう。
主上や院の権威を十分だと言うて離れる者をいかがする気なのか、聞いてみたいものよ。
もっとも吾らは都の行く末など口に出せる身分ではない。さらに荘園もあってなき今となっては、己が家を存続させていくことのみ。
それに……、院や主上がいかに考えておるか知らぬが、公卿らとて己が荘園を守るばかりじゃ。吾らの苦労など理解しておるのかすら怪しいところよ。
今の吾らは世話になっておる今川家に義理がある。今川家と、新たに今川家が仕えることになった織田家とその主である斯波家。この者らの治世で生きねばならぬのじゃ。
「かような国があるのだな」
那古野神社にて神事が始まる。院はそれをご照覧されつつ、国のあらゆる者がひとつとなるこの国にお喜びになられておる。
ただ、やはり蔵人らはあまりいい顔をしておらぬな。
おかしなものじゃと吾ですら思う。主上と院。いかなる者も及ばぬ尊き御方のはず。ところが公卿や側近らは、尊き御方を己が思うままに動かそうとしておるように見える。少なくとも外におると、そうとしか見えぬ。
無論、理由もある。かつてはふたりの帝が生まれ争うた頃もあった。古き習わしには左様な理由ゆえにあるものも多く致し方ないところもある。
されど……。決して口に出せぬが、主上や院をここまで苦しめておるのは他ならぬ吾ら公家や公卿ではないのか?
先の花火大会の折に、都から来た公家らが、尾張が尊皇の志により献上しておる品と銭を当たり前のものと考えつつあることに心底驚いた覚えがある。
さらに院は尾張のような戦のない国を望まれておると聞き及ぶ。にもかかわらず、何故、醜い争いばかりする都にお戻りにならねばならぬのか。都におる公卿や公家が困るからではないのか?
本来、主上や院を支えるべき公卿や公家が妨げとなるなど、あってはならぬこと。罰が降らねばよいと心底案じてしまうわ。
もっとも、それは都を捨てた吾も同罪であろうがの。
周囲の皆が祈ると院もまたそれに倣い祈りを捧げる。
吾も祈るとするか。
都や公卿などいかようになってもいい。されど、院と主上だけはお救いしていただきたいの。たとえこの国が日ノ本を統べる時が来ても、院と主上だけは……。
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