第1535話・第三回文化祭・その二
Side:久遠一馬
賑わう町を歩き、学校までたどり着いた。那古野の外れに造った学校だけど、今では周囲に町が出来ている。
万が一の際には病院にて伝染病患者の対策もするので、周囲をあけておきたかったんだけどね。まあ仕方ない。その分、敷地は多くとってあるので問題はない。
「とのさま!」
「いっぱい、うれてるよ!!」
おお、学校に入って少し歩くとウチの屋台があった。恒例となった孤児院の子供たちによる屋台だ。他にも学校の学徒による屋台があって、賑わっているね。
ウチの屋台、屋敷の近くでもやっているはず。楽しみにしていてくれる人が多いんだ。
「みんな頑張っているね。よろしく頼むよ」
「はい!」
この時代では家業と異なる仕事を体験出来るだけで珍しいことだ。そういうこともあって学校でも職業体験をさせている。ちょっとしたこういう経験が相互理解に繋がる。大きな変化は出ていないけど、ゆっくりと成果が出るはずだ。
「ああ、駄目よ。ちゃんとしないと火傷するわよ」
リリーが産休中ということで、プリシアがウチの屋台と学徒の屋台の監督をしているようだ。慣れた頃が危ない。学徒はそれなりに大きな子もいるからね。プリシアの指導も大変そうだ。
院が到着されるのはお昼頃だということになっているので、オレはそれまで学校内を見て回ることにする。
「こんなに寄付と寄贈してくれる人がいるのか」
驚いたのは寄付や寄贈した人の名前を貼り出す掲示板だった。名のある武士や寺社から商人や職人の名前もある。中には○○村の○○という完全にオレの知らない人も多い。
去年も文化祭に協力してくれた商人の名前は貼り出したけど、数の桁が明らかに違う。
「今年は一年を通して協力してくれた者たちの名を貼り出していますので。学校で学ぶのだからと謝礼を持ってきてくださる方も多くいますから」
ああ、そういうことか。エルに言われて思い出した。学校は基本無料で授業を受けることが出来る。ただし、謝礼を出してくれる人もいるんだよね。
もちろん、ちゃんと学校で受け取って運営費に回している。給食費とか諸経費は結構かかるからね。教師陣は織田家による俸禄だから別会計だけど。
「地域で支えるというのは慣れているってことか」
「そうですね」
周囲の扱いが寺社に似ているね。病院もそうだけど、学校も寺社と同じで地域で支えるという認識がこの時代の人は強いんだろう。
「成果が見えたからなぁ」
去年と今年なんかは、学校出身者が織田家でも活躍している。読み書き計算と綺麗に清書が出来れば、今の織田家だと引っ張りだこだからなぁ。
あと学校と直接関係ないけど、留吉君の活躍も結構大きい。孤児から立身出世して親王殿下のお声掛けまであったことで、尾張では一番の立身出世ではと噂されることすらある。
教育というものについて、織田家中でその評価が一変したんだ。おかげで学校は賑わっている。
「さあ、そこの御方。これはいかがか? 飛騨の材木のいいところを使った品だよ! アタシと織田家職人衆が教えたからね。長持ちするよ!」
場所が変わるとギーゼラが数人の職人衆と家具の展示即売会をしていた。これも今年からの試みだ。職人の育成も学校で基礎的なことを教えているんだけど、出来のいいものは売ったらどうかと指導をしている職人衆から意見があったみたい。
病院にしろ学校にしろ、末永く続けていけるようにと関係者がみんな考えてくれる。
こういうのを見て歩くだけでも楽しい。
Side:沢彦宗恩
若殿の師として勤めておったことが昨日のように思い出される。あれから数年、尾張は恐ろしいほどに変わった。
親王殿下に続き、院までもが尾張に御幸なされた。最早、わしなどが及ぶようなことではない。元よりわしは院に目通りを許されるような僧ではないのだ。
にもかかわらず、わしは院の御傍で学校についての問いに答える役目についておる。アーシャ殿だけにこの役目をさせるわけにいかぬということもあるのでな。なにかあった場合には責めを負う者がいるのだ。若いアーシャ殿や内匠頭殿の代わりにな。
これはアーシャ殿を除く教師陣、皆で決めたことだ。
「皆、良き顔をしておるの」
ありのままの尾張を知りたいという院の願いの強さは周囲の者が困るほど。此度も周囲に人を配してはおるが、ご尊顔を拝するほど近くにおる者でさえ平伏せずともよいというのは、他ならぬ院の
確かに平伏などしては民の頭しか見られぬからの。
「まことに。良く学び、励んでおるようでございます」
ああ、助けとなってくれる者も多いの。駿河から参っておる公家衆もまた我らの苦労を察して節々で助けを出してくれる。
老若男女問わず、学校で学んだ者らがその実りを披露する。かような場の価値をすでに理解しておられるようだ。
「おお……」
子らが皆で武芸の型を披露するのを見た院は、一糸乱れぬ見事な動きに驚きの声を上げた。集団演武とここでは言うておるが、塚原殿の指導もあり、年々素晴らしきものになっておるのだ。
公家や院と関わりがあるといえば蹴鞠や和歌も教えておる。また職人や商人として必要な学問も教えておるのだ。かような学校は日ノ本には未だかつてないもの。
そのままあれこれとご覧になられたところで御休息となり、日頃学校にて出しておる飯を膳として院にお出しする。これは院が学校に御幸なされた際にご覧になられたことで、食してみたいと仰せになったものだ。
決して贅沢な飯ではないが、久遠の知恵も使うておるもので評判はいい。
「海が近いからか。魚があるのは良いの」
この日は米と麦などの雑穀を混ぜた飯に、きのこと野の菜を和えたものと、魚のつみれの味噌汁などがある。魚も干した鰯だ。尾張では民が食うようなもので決して上物ではない。
ただ、院はかような食膳でも不満げな様子はなくお喜びになられておる。学問や武芸を学び飯が食える。その価値をご理解なされておられるのであろう。
都では日々の食膳ですらご苦労をされておると聞き及ぶ故、それもあるのかもしれぬがの。
ともあれ、なんとか恙なく進んでなによりだ。
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