第1534話・第三回文化祭

Side:久遠一馬


 太陰暦なので十月も十日を過ぎると、もう季節は冬と言えるだろう。


 宇治山田のことも少しずつ進んでいる。とりあえず必要な商人の確保は目途が付いた。それに大湊が北畠に臣従しているので、大湊と尾張で北畠を支援することで神宮と近隣が困らないようには出来る。


 町割りは少し手間取っているようだけどね。治水という観点と費用の問題もある。このあたりは慎重に検討するようだ。それと広い道と拡張性のある町。この概念がこの時代ではあまりないことも手間取っている原因らしいけどね。


 はなの子犬たちは、柿、栗、桃という名前になった。柿と栗がオスで桃がメスになる。みんなで相談した結果だ。親しみやすい名前ということと、実がなる植物ということで子宝に恵まれて幸せになるようにという願いもある。


 ケティの産んだ武典丸も九か月になってそろそろ言葉を話しそうだ。兄弟や姉妹、孤児院や家臣の子供たちと周りに同年代の子がたくさんいるからね。言葉を発したら教えてくれるように頼んである。


 メルティが産んだ絵理は相変わらず大人しい子だ。いつもお兄ちゃんお姉ちゃんたちがたくさんいて楽しい様子に見えるね。


 お清ちゃんが作ってくれたどてらっぽい着物を着て、みんなで楽しげに遊んでいる。


「年々賑やかになるなぁ」


 この日は学校の文化祭だ。屋敷の周囲からしてすでにお祭り騒ぎになっている。


 昨年は今上帝であらせられる親王殿下が急遽文化祭をご覧になりたいと仰せになられたので、日付を早めたからね。出来ないこともあった。


「皆が楽しみにしていましたから」


 エルの言葉に同意する。那古野はオレたちを含めて移住してきた人が多い。那古野神社を含めて、それ以前からの住民と新しい住民が一体となって祭りを盛り上げる。そんな光景がなんかいい。


 まあ、オレの知る文化祭とは違うものになりつつあるけどね。でもさ。学校や病院を中心とした町のお祭りとなったのはいい誤算だろう。


 町はいつもの数倍は人が多い。遠方から来ている人もぽつぽつ見られるし、近隣から来ている人もいる。沿道には露店や屋台もあって賑やかだ。


「院が来られるからどうなるかと思ったけど、大丈夫そうだね」


 懸念は上皇陛下が文化祭に来られることだろう。警備はもちろんだけど、穢れを遠ざけろとかいろいろと注文がある。ただ、上皇陛下からはなるべく普段と変わらぬ様子を見たいという要望もある。


 そのあたりの加減とか難しいし、現場としては大変なんだけどね。これもまた経験だろう。




Side:とある職人


 那古野の町は賑やかだ。工業村も、この日は尾張たたらなどの止められない仕事以外は休みになっている。あそこは尾張たたらを外のやつらにも見せるからな。いつもと違う忙しさがあるだろう。


「昔を思い出すなぁ」


 オレは名のある職人だったわけじゃねえ。そこらにいるような職人だ。オレの親方が、ちょっとした伝手で工業村を造った時に誘われたんで一緒に働くことになった。


 そんな親方も去年亡くなったがな。オレは跡を継いでそのまま織田家職人衆となった。


 昔はその日暮らしで銭もろくにねえ。住んでいたところの祭りで振る舞われる酒や料理が楽しみでな。


「おっ、美味そうだな。ひとつくれ」


 尾張ではすっかり増えた屋台で焼いていた魚をひとつ食う。ああ、塩がしっかりしてあって美味い。


 今じゃ銭に困らなくなった。あんまり使い道がねえけどな。酒や飯はいいものが食えるようになった。


 そういや、祭りで酒に酔って喧嘩する奴も随分と少なくなったなぁ。刀なんぞ抜けば、すぐに警備兵が来て捕えちまうからな。


 那古野の町にはオレたちが作ったものがあれこれと見られる。鉄をふんだんに使った道具や馬車に大八車だ。沿道にある屋台も。最初はオレたち工業村で作っていたものなんだ。今は外の奴らに任せているがな。


「あら、五郎蔵殿。祭り見物かしら?」


「あっ、はい。たまにはこうして町を歩いてみるのもいいなと思いまして」


 声を掛けられて驚いた。久遠様の奥方様である小智様だ。望月家から輿入れされて、それ以前からおられる奥方様らと遜色ない働きをしておるお方だ。久遠家には並の女では嫁げぬと言わしめたお方だからなぁ。


「今年はまた賑やかね。職人衆のおかげだと我が殿も喜んでおられたわ」


「いえ、あっしなんかはそんな……」


「そろそろ嫁もほしいわよね。いい人がいないなら、今度探してあげるから」


 工業村の数少ない困ったところは、嫁を貰うときに織田様の許しがいることだ。中には外に洩らせない技や知恵が山ほどあるからな。それにあそこは銭も造っている。


 久遠様が職人衆の若い奴と女衆が一緒に飲める宴を時々開いてくれるが、オレはなかなか嫁に来てくれるような人と出会えてねえ。


 小智様はそんなオレのことを存じておられるようで、クスッと笑うとオレの嫁を探してくれるという。


 身分が違うんだがなぁ。久遠様は今や公方様にも認められた雲の上のお方だ。ところが久遠様と奥方様たちは最初にお会いした頃と変わらねえ。


「楽しみにしております!」


 工業村の中では使い物になるか分からねえこともよく試している。久遠様や奥方様はそんな仕損じた話を聞くのを好まれる。『失敗こそ学ぶことがある』とは久遠家の教えだ。


 それ故に工業村の中では、外だと親方に叱られたり笑われたりするようなおかしなことだって真面目に試している。


 そんなことが新しい技と知恵として役に立ったことだってあるんだ。


 だからというわけじゃねえけど、オレにも分かることはある。久遠様は試しているんだ。この町でいろんなことをな。この文化祭という祭りもそうなんだろう。


 上手くいくように願い、オレは楽しむ。それくらいしか出来ねえけどな。



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