第1533話・スピードの違い
Side:久遠一馬
具教さんから宇治山田について手助けを求める文が届いた。まあ、現地で春たちが助言しているようで、それの根回しだろうけど。
「あそこも川がねぇ。宮川だっけ?」
神宮と宇治山田の地図を見るが、あの辺りも尾張と同じく川筋の整理と治水が要るんだよね。輪中、川の中州のように周囲を川で囲まれた土地がこの時代は思った以上に多い。
「現状の北畠では川筋の整理は難しいかもしれません」
まあ、あっちには技能型の秋もいる。北畠の予算内で出来ることを提案すると思うのでこちらの手間は掛からないけど、エルの表情も少し渋い。
神宮に関しては止まっている式年遷宮や、朽ち果てている社の再建も出来ることならしたいけど、お財布と相談だよなぁ。
治水はとにかくお金が掛かる。川筋の整理は尾張でも美濃や飛騨、それと河口にある願証寺との関係からようやく計画を立てているくらいだ。
人命優先で避難する仕組みを作ったほうがいいだろうね。織田家でもようやく避難マニュアルと避難訓練を始めた段階だから大変だろうけど。
ちなみに避難マニュアルを作るのも大変だった。身分社会であり、それぞれに役目もある。なによりも命を大切に逃げろと命じても、主を差し置いて逃げられないとか、家宝を守らないといけないとか、いろいろ意見があったんだ。
「にしても宇治山田の商人が、春様らに恐れをなして逃げ出すとは……」
「亜相様の策だよ」
伊勢だと春が強硬派みたいに思われているんだよねぇ。実情を知る一益さんがなんとも言えない顔をしている。
まあ、春はオレより厳しい一面もある。とはいえ問答無用で戦をしているわけじゃないのに。
「殿、今川も本気で駿河遠江を説き伏せに掛かっておりまする」
また別の報告は望月さんからだ。こちらの抜け荷をしないようにとの要請を無視した寺社と商人。それと要請に対して乱暴な態度や言葉で返したところ。彼らの扱いが面倒になっている。
信秀さんや義統さんは、この件で配慮をする気はない。今川家の臣従を認めたことまでで十分だと考えているらしい。織田家だと勝手ばかりする寺社と商人の価値が微妙なこともあるしね。
まあ、寺社奉行ではある程度の妥協案を出して検討している。
「正直、どうでもいいんだよね」
中でも面倒になっているところは、『氏素性の怪しい下郎に従わぬ』とか暴言の限りを尽くしたところもあることか。あっちは使者ですら危ないのでお坊さんに使者を頼んだくらいだ。
駿河遠江の寺社や商人の間で、織田の処罰が厳しいのはそいつらのせいだと責任のなすりつけ合いが起きている。
宇治山田の件もそうだけど、今の織田家だと多少の商人が消えてもあまり困らないんだよね。こっちは。尾張や美濃や西三河の商人が育っている。極論だけど、こちらから商人を出して向こうのシェアを奪い、商いを完全掌握することも出来ないわけじゃない。
これに寺社の寺領の扱いとか、待遇の問題もこれに絡むからほんと面倒なことになっているんだ。
もっとも駿河は、富士浅間神社の富士家が大人しいのでそこまで困っていないようだけど。争う気はなくてもごねて多くの利を得ようとしているのは、まあこの時代に限らず当然だからね。今川家も大変だ。
「殿、生まれました!!」
おお、生まれたか!
みんなで様子を見に行くと、そこでロボとブランカの初孫である子犬たちが生まれていた。もちろん、近寄らないで離れた隣の部屋からこっそり見守るだけだけどね。
母犬の
ロボとブランカは、もうおじいちゃんとおばあちゃんか。ロボとブランカか? 二匹は子供たちと一緒にお昼寝しているらしい。
今日はお祝だな。こういう慶事がなにより嬉しい。
Side:シグルドリーヴァ(リーファ)
「意地ってのは、面倒なもんだね」
安東愛季。こちらとしては恨みもなにもない。向こうも蝦夷での一件で思うところはあるだろうけど、大きな因縁はない。ところが一旦戦端が開いてしまうと双方ともに収めることが難しい。
蝦夷でこちらが勝ち過ぎたからね。そこで引くと愛季自身の求心力がなくなる。もっともまだ十代半ばの愛季本人が一族や家臣の意思に反した行動をするなんて無理がある。
ただ、こちらとしてはそれを利用して統一していかないと、日本列島をすべて掌握して変えるのは出来ないという事情もある。
「……お方様」
「陸の兵が来る前に能代湊を押さえるよ。降伏させるならそれでもいい」
津軽半島の日本海側を海路と陸路で南下する。最終的にはそんな作戦になった。細々とした領地を押さえるつもりもないけど、表面的だけでも降していかないとこちらが制圧した地域が冬場に孤立してしまう。
自分なら冬場でも船を出せるけど、他の者が荷を運ぶ船を冬の日本海に出すのはリスクが高すぎる。
目の前には能代湊が見える。十隻の恵比寿船でここまで来た。湊は混乱しているようね。事前にこちらの動きを察知させないように動いたからだろう。
「砲撃用意!」
艦砲射撃で湊と船を攻撃してそのまま上陸する。安東方の水軍も慌てて湊から出て迎撃の支度をしているけど、遅いね。
「撃て!」
今回の砲撃は榴弾を用いる。船や湊を破壊する必要もない。砲撃の音と海面に大きな水柱を作って恐怖心を煽り、敵を蹴散らしてしまえばいいだけだ。
轟音と共に撃たれる大砲に倭人衆が少し青い顔をしている。この時代の日ノ本の海戦と桁が違うからねぇ。
「敵方、逃亡しております!」
人は未知のものに恐怖する。安東方はこちらが冬前に能代に来ると思ってなかったこともある。さらに見たこともない大砲を前にして冷静になどなれるはずもない。迎え撃つ態勢も整っていないままに大砲を受けてしまい、あっさり瓦解した。
「上陸するよ。蠣崎殿、降伏する者は貴方のほうで面倒を見てもらう。辛い立場でしょうけど、やれるね?」
「はっ、お任せくだされ」
当然ながらこちらの船は接岸なんて出来ない。小舟に移っての上陸は多少のリスクがある。故に大砲で蹴散らした。あとはスピードが大切だ。敵に援軍が来る前に湊を制圧してしまう。
兵員はこの時代の通常の船でも輸送しているので問題はない。あとはここで私たちが睨みを利かせておけば、陸路を南下する部隊が来るまで持ちこたえられるだろう。
物資は十分にあるからね。
さて、雪が積もる前にもう少し働くとするかね。
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