第1532話・変わらぬ運命

Side:陶隆房


「毛利如きに敗れるとは……」


 僅かな者と落ち延びたが、最早ここまでか。


 あ奴だけは許せぬと思うてしまうが、これも御屋形様に刃を向けた報いか。


「殿……」


「御屋形様の遺言通りとなってしまったな」


 あのお方は昔から、わしなどとは見ておるものが違った。故に腑抜けとなった後は、さらになにを考えておるか分からぬままであった。


 大人しゅう隠居してくださると思うたところもある。尼子を倒し大内家を盤石のものとしたかったのだ。


 されど、わしでは駄目だったのだ。山口の町を再建させたが、かつての賑わいとは遠く及ばぬ。大内家にあったはずの勘合符は見つからず、富もいずこに消えたのか分からぬまま。


 国人や土豪からはわしがひとり占めしたのではと疑われ、逃げ出した商人や職人は戻る気配もない。


「無念でございます」


「よい、御屋形様の遺言通りだとすると毛利では大内を超えられぬ。口惜しいが尾張にくれてやるわ。冷泉……、隆光であったか。あ奴がおる。大内家は奴に任せる」


 今なら分かる。毛利では大内家は超えられぬ。元就めに出来るのはせいぜいわしの猿真似くらいよ。


「誰ぞ、介錯をせよ」


 わしでは御屋形様と同じところには行けまいな。叶うならば一言でよい、御屋形様に不忠を詫びたいところだが、大内家をかようなことにしてしまったのだ。わしの行く先は地獄と決まっておろう。


「殿、我らもすぐにお供仕りまする」


 まあ、いい。やれるだけのことはやった。これがわしの天命ということであろう。


 お別れでございます。御屋形様。




Side:久遠一馬


 十月に入った。そんな今朝、シルバーンから陶隆房が厳島の戦いで敗れて自害したと知らせが届いた。


「結果は変わらなかったな」


 ちょうどエルとメルティとセレスを筆頭にしたアンドロイドのみんなしかいないので、少し話をする。元の世界の歴史とは変わったところもあったが、陶隆房は史実より不利な中でよくここまで持ちこたえたと言えるだろう。


「ひとつの時代の終わりですね」


「ええ、毛利元就。いい武将だと思うわ。でも大内家を超えるのは無理ね。私たちが動いちゃったせいもあるけど」


 エルとメルティも決して喜んではいない。敵ながら天晴と言える人物でもない。とはいえ亡くなった人を貶める気もないんだ。


「毛利隆元、彼が生存すれば史実よりは変わるのではありませんか?」


 西国は大内から毛利へと変わるだろうことに少ししんみりとするも、セレスは史実と違う可能性を口にした。


「どうかしら。彼は大内家の治世を理解して実現出来る人材だわ。でも状況があまりに恵まれていない。それに武功も大きくなく偉大な父に負い目があるとも言われている。長生きしても大内家と同じ文治派と武断派で割れかねないわ」


 ただ、メルティはその可能性が決して高くないと見ているようだ。まあ、彼ひとりで出来ることは多くないだろう。それはオレたちも骨身に染みている。


 エルたちですらひとりで出来ることは限られているんだ。そう考えると史実の偉人がいかに凄いかが分かる。


「遺言が当たっているな。大内卿の遺言がさらに力を持ちそうだ」


 オレが気になるのは義隆さんの遺言だ。あれ、大内家所縁の商人や僧侶から広まっていて全国に知られている。


 行啓と御幸があり、東海沿岸と甲斐・信濃を得たことでオレたちの動きは日ノ本すべてから注目されることになる。


 影響を注視して気を付けないと駄目だな。


「殿、おはようございます」


「ああ、おはよう。今日も寒いね。みんなに寒くないように厚着をするように言って」


「はい、畏まりました」


 侍女さんが起こしにきたので、オレたちは話を止めて起きることにする。陶隆房の知らせが尾張に届くまでは言えないことだ。いつもと同じように起きて支度をする。


「ワン! ワン!」


 ああ、散歩の時間だとロボ一家が待っていた。ただし妊娠中のはなはいない。もういつ生まれてもいいくらいらしく、寝床にしている部屋で大人しくしているようなんだ。


「ちーち、おはよ!」


「おはよう」


 天気のいい日の散歩は子供たちも一緒だ。まだ歩けない子は侍女さんが抱きかかえての散歩になる。


 すっかり秋の空だ。そろそろ冬の気配すら感じる。


 ロボ一家や子供たちに侍女さんたちの顔を見て、みんないつもと変わらないことにホッとする。


 大内家や陶隆房のことは決して他人事じゃない。


 織田家ではみんなが意見を言い合える環境を整えつつある。とはいっても身分もあって難しいところもあるけどね。同じ過ちだけはしないようにしたい。


 それが、生きている者の務めだろうし。




Side:北畠具教


「まあ、良いではないか。織田の真似は出来ぬと皆も理解したであろう。それより曙殿、この先いかがすればよいか知恵を貸してくれぬか」


 宇治と山田の町が荒れたことは父上が収められた。叱咤以上のことは出来ぬ。それはわしも承知しておること。致し方あるまいな。父上は左様なことよりも、荒れた町をいかがするか考えておられる。


「あまり難しく考える必要はないと思うわ。勝手をする商人はもういないし、町を再建して商人を集めればいい。いなくなった商人の代わりはすぐに見つかるわ。お望みとあらばこちらから推挙もする」


 織田に逆らわなんだ商人は宇治と山田から逃げておる。大半は織田領に行ったが、織田に頼んで呼び戻すか。


「ああ、町は通路を少し広めに町割りをしたほうがいいわね。狭いと火事になりやすいし」


 町割りか。あまり考えたことがなかったことよ。清洲や蟹江のようにするべきであろう、また銭が掛かるか。


 宇治と山田を手中に収めたとはいえ、すぐに実入りが増えるわけでもない。織田も決して楽ではあるまいが、力の差が大きいと痛感するわ。


 無論、中伊勢の織田農園は上手くいきつつあり、復旧を終えた田畑では実りを迎えたところもある。秋と冬には大根を植えており、そこも収穫が今年はさらに増えるはず。


 家臣らもようやく己の所領を変えようと考え始めた。されど自ら所領を手放す者はおらぬ。尾張を見ればいずれそうなると覚悟をしておると思いたいが、紀伊や伊賀などは未だに変わらぬままだ。自ら率先して動く者がおらぬ。


「織田のように多くの民を集めて賦役が出来ればよいのじゃがの」


「宇治と山田をどんな町にしたいか。まずはそこからね。あとはいつまでに町を再建したいか。その費用が幾らかかるか。そこを家中で考えてみるべきね。好機でもあるのよ。これで近隣と同じになるとこの地も栄えるわ」


 父上も同じことを考えておったようだ。北畠では織田のように多くの民を集めた賦役を幾つもするのは難しい。織田農園にて借りた銭があるが、あれは使い道が決まっておる。


 かというて、織田の政では税を取り過ぎるのは良うないとなっておる。まあ、商人の店や屋敷は各々で再建させればいい。まずは町をいかにするか。それが先決か。


 頭が痛いことばかりよ。




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